夜鈴ちゃんとの出会い「おいおい…こりゃ一体、どうなってやがるんだ…?」
狐百合が管理しているエリアで密かに営業しているという、闇カジノの存在を耳にしたのが3日前。
手早く情報収集と場所の特定を済ませ、麗琳の元へ掃討命令が下ったのが前日。
入口に立っていた見張りと思しき男を絞め落とし扉を蹴破って地下へ降りたのが今しがた。
中の状態を目にした虎羅が放ったのが冒頭の一言である。
カジノだったであろうその空間は、テーブルの多くが叩き割られるなどして見るも無惨な姿になっていた。
チップやトランプが散乱し、赤い絨毯の床も所々破れてめくれ上がり、天井のシャンデリアも今にも落ちそうな状態でぶら下がっていた。
「何があったんだ…?」
数歩遅れて入ってきた流沈も、無言で中を見渡す。
「…先客か」
中にいた人間は、死んでこそいないようだが意識を失ってそこかしこに転がっている。
そんな部屋の片隅に、唯一まだ立っている人影があった。
「誰だ。ここで何があった」
虎羅の声に反応して、その人物はゆっくりと振り返った。
青と白を基調にした漢服の少女だった。否、ここに居るということは「女性」と言った方が正確だろう。
白髪のツインテールを揺らし、青と金の瞳が虎羅と流沈を捉えた。
「…何とか言え。何者だ」
言葉を発しない女性に少々苛立った様子で虎羅が再度問う。
すると彼女はおぼつかない足取りで、徐々に2人に近づいて来る。
「おい……大丈夫か……?」
その様子に、警戒の中に少しの心配が生まれた。
様子を伺おうと一歩踏み出した虎羅に、彼女は突如飛びかかってきた。
「うおっ」
咄嗟に避けたが、正解だった。
虎羅を捕えず空振りしたその手が、絨毯を裂いた。
「こいつ……!」
只者ではない。虎羅と流沈が戦闘態勢に入る。
「女ひとり相手に2人がかりはしのびねぇが……何モンかわからん以上手加減はしねェぞ」
女はまたしても動きを止めた。しかし、次の一手を探るように2人との距離を測りながらじりじりと歩を進める。
「……のよ」
「何?」
僅かに声を発した。
「このカジノが悪いのよ私のお金取るから」
「「……は?」」
突如叫び出す彼女に、2人は呆気に取られる。
「私のお金取られちゃったんだもん」
「…カジノの被害者ってことか?」
「いえ……彼女は、真っ当に賭けて真っ当に負けておりました……」
彼女の足元に転がるディーラーと思しき男性が、弱々しく訴えた。
「それが、負けた瞬間暴れ出しまして……」
「逆ギレじゃねぇか」
虎羅が冷静に突っ込んだ。
「じゃぁ、この有様はお前がやったってことで間違いねェな?」
「そうよ!ここのせいで私のお金なくなっちゃったんだもん!当然の報いよ」
「…潰しに来た俺らが言うのも何だが、同情するぜ」
まだ意識のあるディーラーに支配人、もしくは経営者について問い詰めるが、彼は末端の人間らしく詳しい情報を吐かせることは出来なかった。
流沈が裏手の方まで見て回ったが、それらしき人物は見当たらないと言う。
「まぁ、逃げたというのが妥当な線だろうねぇ」
「クソッ、任務失敗じゃねぇか!」
余計なことを、と目の前の女を睨みつければ、彼女も負けじと睨み返してくる。
「何よ、私に何か文句でも?」
「大アリだ、こちとら仕事の邪魔されてんだよ」
「知ったこっちゃないわ、私は自分のお金を取り戻そうとしただけよ!」
「カジノの意味調べてから出直しやがれ」
「はー…あったまきた!私のことバカにして」
覚悟しなさい!と、決めポーズのようなものをかましたのも束の間。
大した予備動作もなく踏み切ると、彼女は虎羅目掛けて飛びかかった。
「ッ」
素手での攻撃をいなすと、虎羅も反撃に出る。
彼女目掛けて振り下ろされた拳は、すんでのところで避けられたために床を打ち砕くに留まった。
いつの間にか背後に回った彼女の手には、テーブルの破片、といっても脚一本にテーブルの面が一部付属した、破片と言うには大きすぎるモノが握られていた。
勢いよく振り下ろされたそれを、虎羅が正面から受け止める。
競り合いになったところへ、彼女の更に背後から流沈が長い脚で蹴りを繰り出した。
彼女はそれをまたギリギリのタイミングで躱し、手に持っていたテーブルの破片を流沈に向かって投げつけた。
まるで白い猫が走り回るかのように、彼女は2人を翻弄していった。
「クソッ、ちょこまかと!」
「まずいねぇ、そろそろ我らのお姫様が痺れを切らす頃だよ」
「…遅いと思って来てみたら、2人とも何やってるノ」
「麗琳……」
「ほらね」
2人が中々戻ってこないので、車で待機していた麗琳が様子を見に降りてきたのだ。
2人と睨み合う女性の存在を確認して状況を把握すると、麗琳は呆れたように溜息をついた。
「君達2人がかりで女1匹処理できないなんテ…」
「更に最悪なことに、カジノの経営者は逃亡済みだ」
「…誰だか知らないけど、余計なことをしてくれたネ」
「ふん、アンタたちの仕事のことなんて知らないわよ」
べー、と舌を出す。
「この2人を相手にしてその立ち回り。見た目より手練のようだケド、君、何者?」
「よくぞ聞いてくれたわね!」
麗琳の問に待ってましたと言わんばかりに胸を張る。
「私の名は夜鈴(イーリン)!今はとあるおうちでお世話になっているわ!」
「その"とあるおうち"のことを聞いてるんだケド?」
「おうちのことは、他人に軽々しく喋っちゃダメってパパさんから言われてるもの!私は言われたことはちゃんと守るのよ!」
「……そうかい」
それだけ聞ければ十分だ。彼女は"同業"である可能性が高い。
(こちらの動きを先回りして妨害しに来たカジノ側の人間か、あるいは騒ぎに乗じてちょっかいをかけにきた敵対組織の人間か…)
麗琳が思考を巡らせる。どの道カジノ自体はもう潰れており、用のある経営側の人間は逃亡済み。残っているのは事情も知らぬ末端の雇われ者のみと来た。
「もうここに居る意味は無い、引き上げるヨ」
虎羅と流沈に合図を出し、踵を返す麗琳に夜鈴が声をかける。
「何よおチビちゃん、逃げるの?そこの2人は私と戦ったけど?」
「……?」
かけられた言葉に、麗琳が足を止めて振り返る。
「おやおや」
「そうだ、アイツ他の人間から小さいだの可愛いだの言われると滅茶苦茶キレるんだった……」
「あっは!気にしてるんだねぇ、そんなところが余計に可愛いのに!」
「言ってる場合か!止めるぞ」
目を輝かせる流沈を他所目に虎羅が麗琳の方へ駆け出すより早く、麗琳は夜鈴に向かって飛びかかっていた。
「今……何て言っタ……」
「何よ、ちゃんと戦えるんじゃない。お・チ・ビ・ちゃん♡」
「……殺ス」
脚の細さからは考えられない威力の蹴りを繰り出す麗琳。
夜鈴は身を翻して躱し、麗琳に向けてそこかしこに散乱している瓦礫の破片を投げつける。
飛んでくる破片を掻い潜り夜鈴との距離を縮めると、太腿のベルトに装着された小型のナイフを手にとって夜鈴に飛びかかった。
「やだ!武器使うとかズルくない」
「先に物投げてきたのは君デショ」
「うっさいわね!ばーか!ばーか」
「……言葉の通じない奴と頭の悪い奴は嫌いだヨ」
投げたナイフを避けた夜鈴の死角から更に蹴りを食らわせる。
白い髪を掠めたその脚を掴む夜鈴。身体を捻ってその手から抜け出すと、もう片方の脚を振り抜く。
夜鈴が額にかけていたサングラスが床に落ちた。
「麗琳落ち着け!一旦引き上げるんだろ?」
2人の動きの隙をついて、虎羅が麗琳を捕獲、否、抱き上げた。
「虎羅。命令だ、離セ」
「…お、おう……」
その剣幕に負けて虎羅が力を緩めると、麗琳はひらりと腕の中から抜け出して再び夜鈴へ向かって行った。
「流石の君も、覚醒した女王様には勝てないようだねぇ」
「うるせぇ」
こうなったら気が済むまでやらせるしかないと判断し、2人は戦闘を見守ることにした。
「…キャットファイト…うふふ、可愛いねぇ」
「随分凶暴な猫だなオイ」
どれくらいの間戦っていただろうか。
それまで互角の勝負を繰り広げていた2人だったが、ある瞬間に麗琳の着地の体勢が崩れた。
「ッ!」
「麗琳!」
「チッ、スタミナ切れだ!」
即座に虎羅と流沈が麗琳を庇って立ちはだかり、夜鈴の攻撃を受け止める。
「何よ、今更ジャマするつもり?」
「タイムアップだ。俺らは仕事の途中なんだ、いい加減失礼するぜ」
「逃げるのひきょーもの」
「そもそもお前さんと戦う筋合いはねェんだよ」
まだ呼吸の整わない麗琳を虎羅が抱え上げると、3人はカジノを後にした。
「むきーー腹立つこんな時はストレス発散に限るわねカジノでも行きましょ」
夜鈴もどこかへ消えていった。
「成程…同業者が先回りしていた可能性が…」
「はい。夜鈴と名乗る女でしたが、所属については口を割りませんでシタ」
苦々しい顔で任務失敗の報告をしつつ、カジノで出会った夜鈴のことをボスに共有する。
「ふむ…ん?白髪の女性…夜鈴……」
「心当たりが?」
「うん、少し待っていておくれ」
ボスは手元の電話を手に取ると、どこかへ通話を繋いだ。
「やぁやぁ、久しぶり…うわぁ嫌そう(笑)」
そのやり取りを見て、麗琳はもしやと眉を顰めた。
「うん…うん…そうか、やはりね。いやなに、うちのが少し世話になったようでね…いや、別に大したことじゃないさ。そちらも大変だねぇ、はっはっは…やだなぁ怒らないでよ。またその内そちらへ伺…来なくていい?つれないなぁ。まぁまぁその内。うん。うん。では」
電話を切ると、ボスはにっこりと微笑んだ。
「その子、確かに同業者だけど、本当にただカジノで負けて逆上してただけみたいだよ。常習犯なんだって笑」
3人、正確には麗琳と虎羅はがっくりと脱力した。
「迷惑すぎる」
「んっふふふふふw」
「…というかボス、今の電話の相手はもしかしテ…」
「そうそう、今回の件のお詫びもしたいって向こうが聞かないからさ」
「絶対言ってないデスヨネ」
「今週末、空けておいてね☆」
ようやく自室へ戻ってきて今日の仕事の整理と寝支度を済ませると、麗琳はソファに座っている虎羅の膝に倒れ込んだ。
「どうした?」
「つかれた…」
「お前の一番苦手そうなタイプだったもんな、あの女」
「ほんっっっとにむり」
ぐりぐりと膝に顔を埋める麗琳。珍しいな、等と思いながら、虎羅はそのまま寝落ちしかかっている麗琳を抱えてベッドに向かった。
それから数日経ち、きたる週末。
車の後部座席には、朝から顔色の悪い麗琳、そして両サイドに虎羅と流沈が座っていた。
「麗琳ちゃーん、テンション低いよ〜」
「上げる術があるなら教えて頂きたいデス」
麗琳とは対照的に、ボスは助手席で鼻歌など歌っている。何故か非常に楽しそうだ。
「あの女に会うとも限らねぇし、気にしてもしょうがねぇ。とりあえず着くまで寝てろ」
「眠れなかったのかい?」
「ほぼ完徹だよな」
寝かしつけに奮闘していた虎羅も、目元に若干隈が出来ている。
「そんなに嫌いだったの?可哀想に、あの女僕が殺しておいてあげようか?」
「ややこしくなるからテメェは黙ってろ!」
「煩イ……」
それからおよそ30分後。
「麗琳、着いたぞ」
「ん……」
いつの間にか虎羅に寄りかかって眠っていた。
揺り起こされて目を開けると、麗琳も知っている場所に到着していた。
「……」
「ほら、諦めて降りろ」
「うぅ…」
虎羅に引きずり出されるようにして車から降りると、重い足取りで建物の中に入った。
下っ端の男の案内で応接室に通される一行。ソファに腰掛けると茶が出され、しばし待った後に現れた人物にボスが軽く手を上げる。
「やぁやぁどうも、お邪魔してるよ」
「…本当に来たのか」
「やだなぁ、ちゃんとお出迎えまでしておいて」
現れたのは、青い長髪を三つ編みにした中年の男性。
部屋の主の定位置である1人がけのソファにゆっくりと腰を下ろした。
彼の背後、壁に掲げられた額の中に納められている紙には達筆な字で書かれた"水仙花"の文字。この男が束ねている組織の名だ。
「…見かけない顔が居るな」
「あぁ、流沈は来たことがなかったか。流沈、彼は私の旧友でね。雪 狼(シュエ ラン)と言う。この組織のボスで、ウチとは協力関係にある」
「旧友、か。物は言いようだな」
「まぁ、腐れ縁みたいなものだよねぇ」
任務の兼ね合いでこれまで対面することのなかった流沈に、ボスが狼を紹介する。
「……」
「流沈。同盟組織のトップだ、挨拶しテ」
「…どうも」
「……すみません。コミュニケーションに少々、いやだいぶ難ありでしテ」
「不思議な奴だな…」
応接室内をぐるりと見渡してから、麗琳は声を潜めて狼に問いかけた。
「あの…今日は彼女たちハ…」
「あぁ、今週は学校の行事があるらしく帰って来ていないが」
「そうですカ…」
まだ会いたくない人物が居たようで、不在を確認すると麗琳はほっと息をついた。
茶を1口飲むと、狼が口を開き、ようやく本題に入った。
「そういえば、先日はうちの人間が仕事を妨害してしまったとか。申し訳なかった」
「……いえ」
麗琳が苦い顔をする。
「あれは半年ほど前にうちの前で行き倒れているのを見つけて保護して以来面倒を見ている。戦闘能力は大変優れているため、荒事が苦手な者が多い我が家での貴重な戦力となっているのだが、いかんせん…」
「頭が悪いト」
言い淀んでいた狼に、麗琳が躊躇いなく言ってのける。
「オブラートという言葉は父親から習わんかったのか」
「嫌だなぁ、ちゃんと教えたよ?」
「教わった覚えはありませんネ」
笑う旧友を睨んで小さく咳払いをすると、狼は「まぁ、否定はせん」と諦めたように呟いた。
「何かやらせるとことごとく事態が悪化するので、基本的には戦闘時以外は自由にさせているんだが…どうも賭博癖があるようでな。負けた時に暴れるのだけは勘弁願いたいものだ」
噂をすれば何とやら。
遠くの方からドタドタと賑やかな足音が聞こえてきたと思った瞬間、応接室の扉が勢いよく開いた。
「ねぇねぇパパさん聞いて!!」
「…夜鈴、客人が居るから入らないようにと言っておいたはずだが…」
「そうだっけ?ごめんなさーい」
特段悪びれる様子もなく、部屋から出ていく気配もなく、部屋を見渡して視界に麗琳たちを捉えると夜鈴が目を光らせた。
「あら、こないだのおチビちゃん!また会ったわね!」
鬼の形相で立ち上がろうとする麗琳を即座に虎羅が捕獲した。
「離しテ」
「他所の家で暴れられてたまるか」
腕力で虎羅に勝てるわけもない。麗琳は諦めて不満げな表情のままソファに直った。
「…そうだ、既に顔見知りなら話は早い」
思い出したように狼が口を開く。
「先日話した件については覚えているな?」
「あぁ、まだこちらでは話はしていないけどね。最終決定ということで良いのかな?」
「うむ」
先程まで緩い笑みを浮かべていたボスが、手元の扇子を広げその笑顔に鋭さを見せる。
「どの道こちらは麗琳達に行かせようと思っていたから、ちょうど良かったね」
「…ボス?何の話ですカ?」
突如始まった真面目な話に、麗琳が困惑の表情を浮かべる。
「先日の闇カジノの件、どうやら狼の所とも因縁があったらしくてね。思った以上に相手が大きな勢力だったので、我々で共同戦線を張ることになった」
扇子を畳み、自組織の幹部であり息子でもある麗琳を紅の瞳がまっすぐ見据える。
「麗琳。我が狐百合からは君たちを派遣する。敵対勢力を徹底的に潰して来なさい」
「…承知しまシタ」
「こちらの戦闘部隊は人数が少ない。頼りにしているぞ。夜鈴、しっかり協力するように」
「はーい、パパさん!…で、何すればいいの?」
「…後で説明する」
「…………ちょっと待っテ」
あまりに自然すぎて思わず聞き流しそうになった会話を麗琳が止める。
「あの…共同戦線というのハ…」
「そ、君らとここに居る夜鈴ちゃんで協力プレーだよ!よろしくね☆」
再び朗らかな笑顔で、父は過酷な指令を下した。
「せいぜい足を引っ張らないでよね、おチビちゃん」
当の夜鈴は、挑戦的な目で麗琳を見下ろした。
怒る気力もなく、麗琳はその場で頭を抱える。
「麗琳!おい、大丈夫か」
「…初めて任務に自信が持てナイ…」
「ンッフフフフフフw」
続く?
というわけで、姉様宅の夜鈴ちゃんとの邂逅話でした。思った以上に夜鈴ちゃんがおバカになってしまった。笑
麗琳ちゃんのカタカナ混じりは仕事中の作っている喋り方で、オフの時は割とひらがな多めのゆるい喋り方をします。小説にしないと全く生きないこっそり設定。
あと麗琳ちゃんの会いたくなかった人達はビス学のマオにゃんと未実装だけどお姉ちゃんの虎(フゥ)ちゃんです。狼さんは2人のパパです。
そのうち共闘する話も書きたいな。
こうやって長々後書き書くの古の字書きオタの悪いとこ〜!!!!←