夏の眩惑強い日差しが降り注ぎ、室内の温度を上昇させる。あまりの暑さに普段は巻いている頭巾も今日は外して、煉骨は机に向かっていた。汗が書面に落ちないよう、気を付けながら筆を進める。庭の外、遥か向こうに見える立ち雲。夏の盛り、炎暑であった。
「煉骨」
外廊下を歩いてきた蛮骨が、障子を開け放った煉骨の部屋を訪ねる。夏用の小袖を身につけ、涼しげな様子で敷居を跨ぎ、障子を閉める姿を横目で見ながら、煉骨は筆を手にしたまま返事をした。
「なんだ、大兄貴」
視線を机上からあげずに口を開く。言外に「相手をする間も惜しいほど忙しい」と伝えたつもりだったが、分かっているのかいないのか、蛮骨は気にする素振りも無い。あっけらかんとした様子で、腕を組みながら口を開いた。
「お前、朝からずっと部屋に籠ってんのか」
「ああ。今日中に終わらせちまいたい仕事だからな」
「もう昼過ぎだぜ。まだ終わらねえのかよ」
「今朝とは別なものを今は書いている」
「ふうん」
じっ、と煉骨を見つめる大きな瞳。何か考えているような視線が静かに刺さる。それを気にも留めず受け流しているように見せながらも、煉骨の頭の中は蛮骨のことが気になって仕方がなかった。
(なにを考えている……?用がありゃそう言やいいし、立ち去るならさっさと立ち去りゃいいものを……)
見つめてくる目が気になって仕方ない。不可解な沈黙に、気が散り始めたその時だった。
「あっ」
筆で綴る文字を誤る。もう半分ほど書いた書面だったが、仕事に関わる重要なものであるため書き損じを残すわけにはいかない。舌打ちをして、今しがたまで書いていた紙を手で軽く握り潰し屑籠に放る。貴重な紙を無駄にしてしまった。
「書き間違いか?」
「……そうですが」
蛮骨の問いに物言いたげな様子を隠すこともなく返事をする。お前のせいだとはとても口に出来ないが、しかし何故黙ってここに立っているのか問い詰めたい気持ちは滲ませた。
「じゃあ少し休憩でもいれようぜ」
そう言って蛮骨がしゃがみこみ、煉骨に体を寄せる。その行動で蛮骨の目的にようやく煉骨は思い当たった。休憩とは名ばかりで、自分に構えという蛮骨の態度に、煉骨は眉根を寄せる。
「悪いが今日は忙しい。ほかをあたってくれ」
「お前がいい」
「だから……」
「お前に抱かれたい気分なんだよ」
飛び出た思わぬ台詞に目を丸くする煉骨。言葉も失うほど驚いた様子を見せると、蛮骨は悪戯っぽく笑った。
「一発、中に出してくれりゃそれでいいぜ」
卑猥な台詞にごくりと唾を飲み混む。つうっ、と首筋を汗が伝った。暑さか、それとも緊張か。じり、と蛮骨がにじり寄ってくる。黒髪からふっと漂った汗の香りに下半身が微かな反応を見せた。
「……さっさと終わらせて、それでよろしければ」
このまま蛮骨に流されるようにして、ことに及ぶのは癪だった。忙しいが、仕方なく相手をしてやるという体裁は保つ。蛮骨は見透かしたように笑うと「いいぜ」と短く返事をした。その様子に煉骨は少し黙りこみ、探るような物言いで口を開く。
「手っ取り早くやるなら、座ったままでもいいか」
蛮骨の反応を伺うように、ちらりと顔を見る。忙しいところを手を止めて、向こうの要望に応じるのだ。少しはこちらの要求も呑んでもらいたい。
煉骨の言葉に蛮骨は少し考えたように黙る。だがすぐに「わかった」と頷いた。合意と捉え、正座していた足を崩す。胡座をかいた煉骨の目の前に、膝立ちになった蛮骨が身を寄せた。腰を落とせば、そのまま対面座位の体勢になる。下から突き上げるのでも、蛮骨自身に動いてもらうのでも悪くはない。どちらの姿も興味がある。
煉骨が手を伸ばし、蛮骨の着物を留めている帯をほどいた。するっ、とはだけた夏衣の下から、健康的に焼けた肌が現れる。そのまま下着にも手をかけた。急いてる気持ちを悟られないよう、努めてゆっくり手を動かす。褌を取り去ったところで、下着を身につけていた箇所だけ肌の色が異なることに気づいた。
「………これは……」
「ん?」
「……。いえ、なんでも………」
そう言えば、今朝は蛇骨と川へ行くと言っていた。そこで日に焼けたのだろう。数日前に見た時は無かったはずだ。
くっきりとついた肌の色の境目。それに目を奪われ、指でなぞる。若々しさに溢れた日焼けの跡は、目にしていない水浴びの光景を想像させた。鼠径部に残った色の薄い部分は艶かしく、隠されたものを暴いた時のような興奮を覚える。壮気に溢れながらも秘められた官能性は、この男の本質に通じる気もした。
頭上から聞こえた笑い声で、はっと我に返る。膝立ちになって行為を待つ蛮骨がこちらを見下ろし笑っていた。小さく舌打ちをして、日焼け跡をなぞっていた指を蛮骨の背後へと伸ばす。腰を緩やかに撫で、そのまま臀裂の隙間へと這わした。
日差しが強くなっていく。暑さと、それ以外の理由でもって体温が上がっていく。仕事は今日中に終わるだろうか。一度中に出すだけでこの体を手放せるか、怪しくなってきた。だが蛮骨に夢中になって仕事を放ってしまうのも悔しい。重要な仕事を差し置いて誘惑に負けてしまう自分、それを眺める蛮骨の表情は、想像するだけで面白くない。
年下の気まぐれな誘惑に唆されてたまるものか。なんとしても一度きりで終わらせる、そう心に決める煉骨。指でほぐした後孔が物欲しげにうずいた。そろそろ頃合いだろう。差し入れていた指を引き抜き、筋肉質だが細い腰を、ゆっくりと股の間へと降ろす。体が繋がると、抑え気味の短い喘ぎ声があがった。少年らしさが残る色気のある声にぞくりとする。何度抱いても刺激が強い。この声を聞くと自制心が大きく揺らぐ。
夏の熱で焼かれた肌に甘く噛みつく。誘惑への抵抗に、男が笑う声がした。