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    カノエ

    @cA__noeL

    フィ晶の幸せを願っていますがそれはそれとして離別が好きです。

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    カノエ

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    厄災を倒した後その場からも皆の記憶からも消えてしまった晶をフィガロが(賢者とは
    知らず)偶然拾ってなんやかんやいい感じになる予定の話のプロローグです。
    すごく少し

    霜天に星 雪というのは存外質量を持つものだ。
     北の国で生まれ育った生き物にとってはわざわざ確認するまでもないそんな事実を改めて実感し、フィガロは無聊に目を細めた。
     立ち入った頃には儚ささえ感じさせる粉雪だったものが、北端に近付くにつれ段々と激しさを増していく。無遠慮な吹雪に晒される、冷たい北の空を飛ぶ感触を懐かしんでいたフィガロだったが、さすがにそろそろ煩わしくなってきた。
     ──まったく、面倒な事だ。
     本日何度目かもわからない溜息を零しながら、小さく呪文を唱えて叩きつける雪の欠片を掃う。
     そもそもの発端は、どこからかネロを連行してきた双子がどうしても星屑糖を使ったチュロスが食べたいなどと言い出したことだ。厄災を倒し自由の身になった後は東の国で料理屋を開いたのだと聞いていたが、当たり前のように双子に所在を把握されているというのはもはやかける言葉もない。
     ともかく、空間移動を使えるオズか雑用としてブラッドリーにでもやらせればいいものを「フィガロちゃんが手ずから採ってきてくれたのじゃないといやなのじゃ!」だのふざけたことを抜かすので、渋々ながらお使いをさせられる羽目になったのだ。弟子というのは何年経とうが師匠に逆らえないものなのである。
     出立前、心底愉快そうにウインクを寄越してきた双子の顔が浮かび、フィガロは思わず舌打ちしそうになった。ミチルやリケにはあまり見せたくないような顔をしている自覚はあるが、今は咎める者もいないし許されるだろう。
     弱肉強食が第一原則のような北の国では弱いものは生き残れない。こんな吹雪の日は余計に、人も魔法使いも魔法生物も、家に籠ってやり過ごすのが得策だ。
     だから、フィガロは自身の目を疑った。
     周囲に他の魔法使いの気配はない。フィガロに気取られないような力ある魔法使いならば、雪の吹き荒ぶ大地を大した装備もなく歩いたりはしない。ならば、視界に映る人影は人間であるはずだが、それが一番有り得ない。
     魔法使いですら対応に苦慮する吹雪の中にただの人間が留まるなど、自殺行為でしかないからだ。
     フィガロは一瞬だけ迷ったが、気が付いてしまったからには今更見過ごすこともできない。再度溜息を吐き、魔法使いは箒を急降下させた。

     降りた先にいたのは一人の少女だった。案の定凍えて全身が小刻みに震えている。
    「《ポッシデオ》」
     素早く呪文を唱え、冷気を遮断する結界を張る。彼女はそこでようやく来訪者の存在に気が付いたようで、俯いていた顔が上がった。虚ろな栗色の瞳が、フィガロの姿をみとめて大きく見開かれる。
    「大丈夫? どこからか逸れたのかな?」
     つとめて優しく問いかけ、血色のない顔を覗き込んだ瞬間。華奢な手に勢いよく腕を掴まれ、フィガロは目を瞬かせた。
     そんな体力が残っていたのかと驚いたのも束の間、今度は声が鼓膜を打つ。目を合わせた少女は瞳を潤ませ何かを叫んでいるようだったが、フィガロの耳には意味のある言葉として入って来なかった。
    「えっと……きみ、なんでここにいるの?このままだと死んじゃうと思うけど」
     とりあえず話掛けてはみたものの、こちらも意味が通じているような素振りはない。ただ、既に紙のように白い顔から更に血の気が引いたように見えたのが気になった。
     ──耳が聞こえないのか……?
    「うーん、困ったな……」
     保護しようにも、彼女の意思を確認できないのでは強制になってしまう恐れがある。
     魔法舎で依頼を受けていた頃なら一先ず連れて行って、という風にもできたのだが、厄災を倒したことで『賢者の魔法使い』は実質的な休止状態だ。一部を除いて故郷へ戻ったり、旅に出たり、行方不明になったりしているため、以前のように大勢の力で解決策を模索する、というのは難しい。そもそもあの場所自体の所有権は中央の国が有しているため、現在私的な事情で利用することはできない。
     そうなると自身の診療所くらいだが、この少女が北の国の民なら家族や親類が探していないとも限らないし、その場合真逆に位置する南の国まで連れて行くとなるとほとんど誘拐と言われても反論できない。空間移動を使えないフィガロは箒で飛ぶしかないわけだが、その様子を目撃されて"魔法使いが子供を拐かした"などという噂でも立てばなかなか対応に骨が折れることになる。ちなみにオズの城や双子の屋敷もちらりと頭に過ったが、面倒事の予感しかしないので瞬時に選択肢から消した。
     どうしたものかと顎に手を当てて唸っていると、視界に震える指先が伸ばされた。言葉は通じずともフィガロが考えあぐねていることは理解したらしく、何とかして意思表示をしようとしているようだ。雪の上に何かを書こうとしているようだったが、か細い線は引いたそばから吹雪にかき消されてしまっている。
     華奢な指からは既に色が消え、積もった雪と同化しそうなほどだ。もう数刻もすれば折れるか、壊死して二度と使い物にならなくなるだろう。
     ──文字が書けるのなら、後から確認もできるか。
     背に腹は代えられない。どちらにせよ、このまま放置するというような選択肢は初めからないのだ。
     フィガロは一つ溜息を吐いて、自身の箒を呼び出した。
    「掴まる……のは難しいか。ごめんね、少しだけ我慢してて」
     冷え切った身体を抱え上げ、ふわりと浮き上がる。少女を膝に乗せるようにして軽く跨り、雪除けの呪文をかけながら上昇する。小高い丘ほどの高さにまで上がるうちに先ほどまでいた場所は吹雪に覆われ、足跡ひとつ残っていない。
     力の抜け始めた華奢な身体をしっかりと抱え直し、魔法使いは飛行を始めた。
    『もう、死んでもいいや……』
     目蓋を閉じた少女が零した呟きは、吹きすさぶ白に溶けて、誰にも届くことはなかった。

    To be continued...
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