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    ななしのひと

    情緒が落ち着かないタイプ
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    ななしのひと

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    縁知るもの資料館の片隅に展示されたものに、少年は惹かれるようにして目を留めた。
    光を反射して煌めく刃、少し傷があるものの精巧に造られた長めの柄。古い武器であるそれは刀ではない。名称には鉾と記載があるが、展示されたそれは、少年の知っているものよりも数倍の大きさがあった。
    展示物の隣に置かれた説明書きを見る。普段ならば流し見すらしないのに、何故かこの鉾にはとても興味を引かれた。資料館の記述によれば、ここから少し離れた場所から発掘されたものらしい。 戦国時代のものと推定されており、大人三人がかりで持ち運びされるほど重く、用途は不明とされている。
    何故だか面白くなくて思わず手を伸ばした。それは本来、このような場所に飾られるものではないと思ったからだ。
    「それは触ってはいけない」
    声がかかる。手を止めて振り向けば、穏やかだが強い眼差しをした男が近づいてきていた。ここの資料館の人間だろうか。黒い髪を後ろで結わえたその顔に、何故か懐かしさを感じた。
    「修学旅行生の子かな。もう皆、先に行ってしまったようだから、早く追いかけた方がいい」
    そうは言いながらも、その男も怒ったり焦らせるような素振りは見せない。ゆっくりとした足取りで、彼は少年の横に並び、展示された大鉾を共に眺める。
    「ここの人間か?」
    「ああ。学芸員をしている」
    「こいつのこと、詳しいのか」
    「詳しいというほどではないが……」
    「知ってるなら教えろよ。ここに書いてないこと」
    不遜な態度の少年に、男は苦笑しながらも嫌な顔はしない。落ち着いた柔らかい声で、男は鉾について語り始めた。
    「この鉾は工事の最中に、山の中腹から発見されたものだ。山の内部は以前、洞窟のような形をしていたと調査で判明していて、そこが崩れたことで埋まったものだと考えられている」
    鉾を眺めながら男は話す。少年もそれを黙って聞いている。
    「山の近くにはお堂があったことも、近年の発掘で明らかになった。当時この辺りの地域では、山は霊山として奉られていたという伝承が伝わっており、この鉾も何かしらの儀式のために使われたのではないかと考えられて……」
    「これはそんなもんじゃねえだろ」
    少年が男の説明を遮る。その言葉に、男は嫌な顔をしなかった。
    「飾られるためにあるんじゃねえ。これは殺すための道具のはずだ」
    はっきりとした少年の言葉に男は黙り込む。そして少しの間を置いたあと、静かに重く口を開いた。
    「……刃には血の痕跡があることも分析で判明している。儀式で誰かを生け贄にした名残ではないかとの見方もあるが……」
    男の目つきが変わった。先ほどまでよりも強い口調で、話の続きが口にされる。
    「男三人がかりで持てるような重く不安定なものを、神聖な儀式で使うとは考えにくい。この重さはもっと実用的なものだろう。人を……たくさん殺すための」
    男が少し目を伏せた。微かな怒りを帯びていた瞳に、憂いの色が混ざる。
    「どんな人間がそんなもので人を殺していたかはわからないが………」
    憂う瞳は少年を見つめる。少年も、視線を鉾から隣の男に向けていた。
    「きっと特別な人間だったのではないかと、私は思う」
    静かな間が生まれる。二人は互いを見つめたまま、何も言わない。相手の存在に感じるものがあるのに、その正体がわからなかった。
    資料館のフロアは他に誰もいなくなっていた。しん、とした空間でしばらく二人は佇んでいたが、先に口を開いたのは少年だった。
    「……特別な奴か。どんな人間がこれを振り回してたかは知らねえが」
    視線が大鉾を見つめる。懐かしむような柔らかな目で、少年はふっと微笑んだ。
    「きっと、大事にしてたんじゃねえかな」
    言葉の終わりと共に、視線は鉾から外れた。少年は微笑を浮かべたまま、再び学芸員の男を見つめる。
    「生き抜くために、一緒にいる相棒みたいな存在だったと思うぜ。それが人殺しの道具でもな」
    少年の優しい言葉に男は黙り込む。そして表情をふっと崩して、穏やかに笑った。
    「そうだな。そうかも……しれないな」
    「おーい!!」
    突然、人のいなかったフロアに声が飛び込んでくる。声は続いて少年の名を呼んだ。同じ制服を着た学生が数人やって来てフロアを覗き込み、少年を見つけて呆れた顔を浮かべる。彼がいないことに気づいて呼び戻しに来たのだろう。
    「おっ、行かねえと。じゃあな」
    そう言って軽く手を上げ、同じ年頃の子どもたちの輪に入っていく少年。長い三つ編みが揺れて、仲間たちと談笑しながら彼はフロアを出ていった。
    きらりと滴が光り、男の頬をゆっくりと伝っていく。自然と流れた涙の理由がわからず、不思議そうな顔を浮かべながら男は目を拭った。首を傾げながらも、何故か胸の中はとても晴れ晴れとしている。
    少年の姿は既に無い。ほんの一瞬の邂逅にも関わらず、その姿はとても眩しく映って見えた。
    男は静かに微笑んでフロアを立ち去る。主を失って久しい鉾を背にし、星のように現れ去っていった少年を見送って、いつもと変わらぬ穏和な日常に戻って行く。
    人のいなくなった静かな部屋。もう使われることのない大きな鉾だけが、かつての縁を知っている。
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