かくしごとすう、すう、という小さな寝息が聞こえてくる。蛮骨は隣に眠る男の顔を静かに見つめていた。肩の上にかかっている、ぐちゃぐちゃになった着物の合間から肌が覗く。口付けの赤い鬱血の痕がそこかしこに残っていた。全部、つけた覚えがあるものだった。
穏やかな呼吸が漏れる唇。それはさっきまでは短く荒々しく、情事の合間で何度も息を継いでいた。淫らに喘ぐ男の姿を思い出す。初めて見る光景は蛮骨にとっても刺激が強いものだった。
性に溺れて肉欲に身を焦がす煉骨の姿はもちろんのこと、それ以上に衝撃的だったのは、好意的な感情で「大兄貴」と自分のことを呼び、抱いてほしいと迫ってくる様子だった。
煉骨は共に戦う仲間で頼れる参謀で弟分であったが、同時に首領である自分に意見してくる副将でもあった。時には方針が対立することもあり、二人の空気が緊迫感に包まれることも少なくはない。
あのような甘い空気を、煉骨との間に持ったのは初めてだった。多少気が緩む酒の席でだって、煉骨はいつもある程度の分別を残して飲んでいる。常に他人に気を許すことがない男なのだ。
その煉骨が、好意的な感情を全面に出して自分を求めてくる。劣情を隠しもせず、積極的に体を交え、低く甘い囁きで「大兄貴」と呼んでくるのだ。
「ったく……」
はあ、とため息をついて、整った形をした頭を撫でる。数えきれない交合で体力を使い果たしている煉骨が起きる気配はない。起きないのをいいことに、もう一度ゆっくり優しく撫でる。蛮骨もまた、常に他人に気を許すことのない男だった。こんな行動をとる姿を見られてしまっては、兄貴分として煉骨に示しがつかない。自分はいつだって、絶対的な首領として存在しなければいけないのだから。
「ここであったことは全部見なかったことに、か」
煉骨が言っていた言葉を思い出す。もう一度だけ優しく撫でて、ふ、と微かに蛮骨が笑った。
「それが簡単に出来たら苦労しないぜ。頭いいくせに肝心なところで馬鹿だよな、お前」
そう言って静かに額に口づける。解毒とは全く関係の無い行為をとる自分に思わず苦笑した。
『おれを、大兄貴のものにしてくれますか』
煉骨の言葉を思い返す。誘惑され、虜になってしまったのは果たしてどちらだっただろうか。
眠り続ける煉骨から体を離す。他者を愛しく思う蛮骨の姿は、誰の目にも映ることはなかった。