汚れた手狡猾な男だと知っていた。知っていたはずなのに、その誘いから逃れられず、こんなことをし続けてきている。
「なんだ、起きてるのか」
布団の上、自分のしている行為に吐き気を感じて顔を覆い頭を抱えていると、隣に寝ていた男が声をかけてきた。その言葉に返事はしない。向こうもそんなことはわかっていたようで、くっ、と笑う声と共に言葉が続く。
「なにを思い悩んでやがる。嫌ならやめちまえばいい。そうしないのは、てめえにだって得があるからだろ?」
「……それ以上、何も言うな」
振り絞った声でそう告げる。着物を乱したままの男が上体を起こし、薄ら笑いを浮かべながらにじり寄ってくる。
「善人面したてめえだって聖人じゃねえ。欲が高じるのだって当たり前だ。何を悩む?」
「言うな……」
「今さら誰かを抱くのも、愛するのも、出来やしねえんだろ?ふっ、人殺しの手じゃ……な」
「言うんじゃない!!」
切羽詰まった険しい顔で睡骨は男に、煉骨に叫ぶ。煉骨がまた嗤った。
「善良な人間を抱くのに抵抗があるなら悪人を抱けばいい。同じ人殺し同士でな……」
煉骨が睡骨に手を伸ばす。その手を睡骨は払いのけた。
「私はお前たちとは違う!!」
「くく……そうは言いながらも後ろめたさがあるから、おれの誘いに乗った。違うか、睡骨」
「っ………」
「いつやめたっていいんだぜ?こっちの相手は別にお前じゃなくてもいい。おれと寝るかどうかを決めるのはお前自身だ」
不気味な笑みを浮かべながら煉骨が言葉を紡ぐ。一言一言が感情を抉り、睡骨の眉間に刻まれた皺が深くなる。
「なら何故お前は私を選ぶ」
「ん?」
「私でなくともいいのだろう。どうして私を誑かす」
「はっ、なんだそんなことか」
嘲るような口調でそう言うと、煉骨は睡骨へと顔を近づけ、じっと静かに見つめた。長い睫に縁取られた切れ長の鋭い目。不思議と睡骨は視線を逸らすことが出来ない。まるで金縛りかなにかにあってしまったようだ。身動き出来ずにいる睡骨の、固く結んだ唇にそっと煉骨が唇を重ねる。互いに目は閉じない。相手の瞳に、自分の姿が映り込んでいるのが見えた。緊張感に満ちた口づけは一瞬触れ合うのみだったが、確かな感触を唇に残し、音もなく離れていく。
「理由なんざ単純だ。てめえを気に入ってるからさ、睡骨。善悪なんていう下らねぇもんに悩みながら、おれを抱く顔を眺めるのは楽しいぜ」
「……外道め」
「ふっ、いまさらなに言ってやがる。それに……」
煉骨が睡骨に手を伸ばす。近づいてくる指先を、睡骨は困惑した表情で見つめる。
「外道だからてめえの良心が痛まねぇんだろ?」
紡がれる言葉に睡骨は何も言わない。払いのけられなかった手が睡骨の頬に触れる。にい、と煉骨が嗤った。
とさっ、と小さな音がして、衣擦れの音が部屋に聞こえ始める。悪人が善人を襲う音。愛はない。ただ、利害の一致だけが、そこにある。