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    Nmkjr_B

    @Nmkjr_B

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    「叶うなら君をまるごと」軸の焉時SSになる予定だったもの。

    2020.08.24作

    ##焉時

    手を引いて、アーベント 纏った帆布のローブから機械油の匂いがして、「少女」は海沿いの工場が並ぶ港町を思い出す。外の国との貿易を行っているあの場所は、最先端を取り入れて、技術を日々進歩させていた。月の浮かぶ今だって、感情のない鉄の塊が、耳障りな音を立てて布を織っていることだろう。
     ごわごわとした感触に違和感を我慢できず、「少女」は身じろいだ。下ろしたての布は初め皆そうであるが、このローブは特に彼女に馴染まないようで、被ったフードは歪んで角張った曲線を描き、くるぶしの上までもを隠す残りの丈は、定規で線引きされたかのように、堅苦しい重さを委ねている。
     「少女」はブーツの紐が結べず手間取っている。上手くリボンの形にならずに解けていく革紐からも、新しい匂いがした。浮いた踵に違和感を覚える。レースアップのそれを青年が選んだのは、目的地までの演技のためだ。まだ、舞台の幕は上がらないのであるが。
    「ほら、もう発つぞ」
     フードの端で彼の顔が見えない。言葉は厳しいものの、手が差し出される。「少女」はそれにそっと、五指を重ねた。
     ──何時か何処かで見た、貴族のエスコート。その手に手を重ね、今から行くのはコキュートス。「貴方に一目でも逢えるのなら、辺獄だって永遠に歩き続けるわ」なんて何処で読んだっけ──。
     さくりさくり、と落葉を踏む軽やかな音。葉が落ちて剥き出しになった枝の間から、青白い月明かりが道を照らす。「少女」はぼんやりと足元を見ていた。
     気を抜いたら転んでしまいそうなのだ。硬いヒールのある靴など、彼女は履いたことがない。ましてや、綺麗に紐を結ぶなど出来やしないし、出来たこともない。不格好な蝶はようやく出来た努力の証だ。
     彼女は手を引かれながら、一歩後ろを歩く。これくらいがちょうどいい距離のような気がして、次第に顔が上がる。まだ彼の顔は見えない。ローブが白縹に染まり、藍色の枝影を重ねては、新たな季を謳う。
     ずっと何も言わず、小さな一歩分下がったままで隣にも来ない「少女」に青年は疑問を抱く。
    「時雨?」
     急に止まり、気遣うような声を掛けられると、彼女は目を丸くする。やはり、彼の顔は見えない。
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