さぼてん視点 天と須詰めザワクロ さぼてん視点 変な二人
変な奴らが転校してきた。ヒエラルキーがどうとかうるせえ金持ちのボンと双鬼高校の須嵜。ボンが金をばら撒き須嵜が拳を振り回して瀬ノ門の頭はあっという間に天下井になった。喧嘩が強いのは須嵜だが、須嵜が天下井を立て天下井も当然ってツラをしている。俺は天下井を煽てへりくだり便宜を図って元頭からナンバースリーに滑り込んだ。便利に使われてやれば見返りもあるし、SWORD地区校のテッペンを取りに行くなど瀬ノ門では考えもしなかった野望に魅せられた。天下井がぶち上げ、須嵜が威を見せて俺が図面を引く。なかなか悪くない役回りだ。自然とあいつらと長く過ごすようになると、当初感じた以上に本当にへんな奴らだった。
天下井は俺たちを駒だという。瀬ノ門も三校連合のどいつもこいつも上だ下だのヒエラルキーに当てはめて自分以外は駒だとぶちかますが須嵜にとっては天下井自身が駒だと考えている節がある。
誰だって他人の駒だ。当たり前のことに金と自論を被せて一方的な事のように語るサマは嫌いじゃないが鮫島あたりには見透かされている。確かに天下をとっちまえば天下井の金は用済みで、須嵜に天下井は不要になる。今だって正直天下井の立場は微妙だろう。いくらイキがろうが高校生だ。金より拳の強さが物を言う。
だから天下井が須嵜に捨てられるのを恐れるのは理解できる。それだけはないって俺だってわかるのに天下井はわかっていない。
だからか、天下井は須嵜が他の野郎に興味を持つと割って入って執拗にそいつをぶちのめす。喧嘩中に妙な空気になったり視線の固定時間が長くなるとさっさと片付けろと喚きちらす。須嵜より強いやつは瀬ノ門にいないから須嵜が負ければ終わりだ。それで焦んのかと思ったが違う。天下井は須嵜を最強だと信じきっている。須嵜が負けるとはカケラも思っていないのだ。あれはとっとと片付けて隣に戻れ、他の野郎に関わってるなとヒスってんだ。気づいた自分を恨んだ。一度気づくと天下井の行動が全部そうとしか見えなくなった。
天下井は「上」にこだわる。連合の奴らに金でマウントを取り自分と須嵜から距離を置かせる。瀬ノ門のなかだって同じだ。俺に須嵜の親父の話を聞かせたのは天下井の次に距離の近い俺へのマウントだった。何を心配してるのか考えたくない。自分のモンだって主張するくせに須嵜自身とは距離がある。天下井は主張こそ激しいが詰めが甘いのだ。金持ちのボンは隙が多い。
わかりやすく吠えたてる天下井とは逆に静かな須嵜こそ天下井以外全員を警戒している。番犬そのままにいつも天下井に向かう視線を牽制し変な動きをしないか見張っている。俺だって天下井に足をかけようとすればフリだって須嵜にぶっ飛ばされるだろう。
本当に変な奴らだろう?天下井は自分を守る須嵜の視線の先しか見ねえで、須嵜は天下井に向かう視線しか気にしていねえ。面倒なことしてないで相手を正面からみればいいのによ。
ザワクロ さぼてん視点 リップクリーム
放物線を描いて窓から緑色のスティックが飛び出していく。手から弾かれたサボテンは二本で百五十円と口の中で唱える。薬局で買える二本で百五十円、緑のパッケージがお馴染みのメンソレータムリップクリーム。唇を痛そうに舐める須嵜に貸してやろうとしたのだが天下井にぱーんと弾かれてしまった。
椅子の須嵜が天下井を見上げる。ちょうど入ってきた天下井は勝手に動いたというように自分の手を見下ろしている。サボテンは窓から外を見下ろし、雑然とロッカーや自転車が積み上げられた眼下に小さなリップスティックを見つけることを諦めた。
鬼邪高との敗戦以来やたらと仲良くなった天下井と須嵜だ。天下井は須嵜が他人のリップクリームを使うことが気に入らなかったんだろうなとサボテンは思う。だから自分がこうして背を向けてる間に天下井が須嵜を連れていくなり適当な言い訳をするなり自身の高級リップクリーム(あるだろ多分)を貸してやるなりしてくれないかと願う。甘酸っぱい空気は他所でやってほしい。サボテンの願いとは裏腹に二人が動く気配がない。
「悪かったな」
「へ?」
自分に向けられたらしい天下井の声に振り返る。飛んできた白を咄嗟に受け止めた。四角形のリップスティック。一本いくらだろう。メンソレータムよりは高そうなビニールが巻いたままの新品。
俺が貰ってどうすんの?須嵜の手を掴んで部屋を出ていく天下井を見送る。
「どーもー」
へらっと声をかける。反応はない。
須嵜が唇を痛そうにしてるのは天下井も気づいていて、これを渡そうとしていて。俺が貸そうとしたから弾き飛ばして、未練そうに見下ろしてるから須嵜にやるつもりだったのを寄越した? へ、と鼻から笑いが抜けた。続けて腹が震える。笑いが込み上げて止まらなくなる。
あの坊ちゃん幼稚園児から小学生くらいまでは成長したんじゃねえの。けらけらのたうっていると遅れてきた奴らに気味悪がられた。天下井は須嵜を引っ張ってコンビニの方に向かったらしい。
ザワクロ さぼてん視点 合コン
「明徳女子からー、合コンのお誘いです!」
テンションを上げて知らせると拳を突き上げた雄叫びが上がる。定員は四名。俺は行くとしてあと三枠か一枠か。無反応の天下井を注視すると天下井は須嵜を注視している。須嵜は外を眺めていた。合コン参加枠のキーマンは喧しく盛り上がった男どもが不毛なくじ引きを用意する姿に振り返った。
「なに?」
こいつ、これだけ見られてなんで天下井の視線に気づかないんだ。天下井も須嵜が振り返った途端そっぽを向いている。不器用さにイラっとしたがこの程度通常運転だ。
「当たり引いたやつが合コン参加できるんすよ」
割り箸の先を赤く塗ったものが四本。じゃらじゃらチップスターのボトルに入れてかき混ぜる男に須嵜は感心していた。御神籤とか引くの好きなタイプか。
「いや話持ってきた俺は確定だろ!」
赤い一本をへし折った。一斉に湧き上がるブーイングと合コンコール。奇跡のような機会だから仕方ないがうるせえ。
「合コン」
須嵜がつぶやく。初めからその話しかしていない。完全にくじにしか興味がなかったらしい。静かになった体育館で天下井が須嵜を手招いた。
「行きたいのか?」
どうでもよさそうな声だ。そうじゃねぇんだろうなとそこそこ甘酸っぱい空気を強制共有させられた俺たちはわかる。くだらねえ、行くなと言え。真摯に合コンを求める俺たちの心は一つになった。天下井が行くなといえば須嵜も行かない。でも天下井は絶対いわない。恋愛チキンハート天下井は行くなとは言えなくても須嵜が行きたいといえば絶対参加する。二枠埋まる。天下井はそういう生き物だ。二人で合コンすればいいのに。それじゃお見合いか。お見合いでいいんじゃねえかな。
須嵜は首を横に振った。
「好きじゃない」
行ったことはあるらしい。双鬼時代だろう。そういえば双鬼こそ連合にいれやすい駒だろうに天下井は手をつけなかった。
「天下井さんは参加ですか?」
須嵜の不参加に喝采が沸き、勇者と書いて俺が小声で確認する。
「くだらねえ」
喝采は心の中だけにした。男どもが三本の当たりを求め割り箸を奪い合う。すっかり安心した天下井が須嵜にスマホを投げてどの店に行きたいか選ばせている。飯屋か服屋か見えないがそれは合コンの次のステップのデートだと良識ある馬鹿野郎たちはツッコミを控える。
「公ちゃんが行きたいとこ」
スマホを投げ返して即打ち返され須嵜が首を傾げた。
「亮が行きたいとこ聞いてんだよ」
黙れリア充。咄嗟に出た声は当たりくじを引いた雄叫びにかき消された。
ザワクロ さぼてん視点 高校生
高校生がそろそろ終わる三年の秋。普段見かけることのない教員がぱらぱらと現れ馬鹿どもと進路を相談している。瀬ノ門は工業高校なのでコレでもひっそりと授業は行われていて、それなりに就職先へのツテもある。喧嘩するためだけに転校してきて本当にそれしかしなかったのはウチの頭くらいだ。驚いたことに須嵜は双鬼で既に卒業必要単位を履修していた。
「公ちゃん卒業できないの?」
「馬鹿いうな、卒業できるわ」
出席日数とかどうなっているんだろうか。鳳仙は不良高校なのにまともに出席をとり定期テストもしているらしい。偵察に行った時校舎も綺麗だった。
「進学しないの?公ちゃんは行くと思って俺は勉強してたんだけど」
マジでか。須嵜をすんごい目で見てしまった。周りの奴らも同じだ。
「英語とかもしてんのか?」
「数学も?」
「え、倫理とかやってんすか」
須嵜マジぱねえ。喧嘩であまり頭を殴らせないと受験勉強もできるのか。
「公立は難しいけど」
須嵜の言葉に天下井の顔色が悪い。天下井がまるっきり勉強できないとは思わないがあと数ヶ月で大学受験は無理がある。勉強してんのが天下井なら金で須嵜と同じ私大に行くのは簡単だったろうに、自分に合わせて須嵜にレベルを落とさせるなど不甲斐なさに憤死しかねない。ご愁傷様なことである。
「働く方がお役に立てる?」
瀬ノ門最強の男が幼女に見えた。こんな男に人生預けるんじゃありませんと口走りそうになった。須嵜は押し黙った天下井にわかりやすく気落ちし、天下井に頭をかき混ぜられてくすぐったそうに笑う。
天下井は死に物狂いで勉強を始めるだろう。家でやってくれと切に願う。死なば諸共や一蓮托生は喧嘩に限る。
「ヘンサチどれくらいあるんすか?」
ヘンサチ。偏差値って何の数字だったか。須嵜が五十と答え天下井がスマホ操作後沈没した。外野なので軽薄に覗き込み六十じゃなくてよかったじゃないっすかと肩を叩く。
ソファによろけていた天下井はあの瞳孔が開いたヤバい目で周囲を見回し付き合えと言った。
「学校だしな」
変なテンションで納得している。学校は勉強する場所という認識はあったことに驚いた。