【芸術家は2度】君と暮らす【交流】 西暦3023年の日本帝国に存在するジョン・ドゥ、櫟結弦が顕現したのは、数年ほど前のことだった。
顕現させたのは、当時中学三年生だった少年。名前は宗形暮といった。
双子として生まれた暮は、常に兄である朝の陰に隠れていたらしい。本人の口から直接聞いたわけではないのだが、それはおそらく暮自身の望みではなかった。でなければ、どうして、彼はひとり膝を抱えて泣いていたというのか――結弦の著作である童話『かえりみち』を開きながら。
「…………」
おどろいたように見開かれた黄緑色の瞳。まなじりから、ぽろぽろとこぼれ落ちる少年の涙を目の当たりにしたときは、さすがの結弦も大層おどろいたものだった。生前の未練と切なる願いを胸に長い時間をさまよい続け、ようやく今世への顕現が叶ったと思ったら、自身を顕現させただろう少年が泣いている。
見た感じだけでいえば、齢十三ほどの姿で顕現した結弦よりも、彼のほうがひとつふたつほど上だろうと思えた。しかし、ベッド脇で膝を抱えていた少年を見おろすように立っていた結弦は、その場に膝をついて暮少年の頭を黙って撫でた。
結弦に言葉はなかった。事情もわからなかった。ただ、ひとりで涙を流す彼に寄り添おうと思った。
たちまち、暮少年は堰を切ったように泣きだし、結弦もまた、その頭をそっと撫で続けた。
今になって思うと、結弦が顕現した当時の宗形家は混乱を極めていた。幼少期から暮が渇望していただろう、父母の関心や周囲からの期待。それらすべてを一身に浴びていた朝が下校時に誘拐されて、まだ間もないころだったのだ。父母が朝の捜索に躍起になる中で、ますます暮は家族からの愛情を感じられなくなっていたのだろう。
どれほど、さみしかったことだろう。どれほど、むなしかったことだろう。生前、自身に乱暴を働いた孤独な少年の目を思い出した。
ジョン・ドゥとして顕現した結弦は宗形家で世話になる一方、朝を捜すことに忙しい父母に代わって暮の身の回りの世話をした。生前に調理をした経験はほとんどないが、それでもせめて、暮においしい食事で気晴らしをさせてやれないかと努力した。
「暮、食事はできてるぞ」
「……父さんと母さんは?」
朝食の席に起きてきた暮の第一声に、結弦はたまゆら口をつぐんだ。
「警察署へ行くそうだ」
ぽつりと返せば、暮もまた「そう」と、抑揚のない声をこぼした。
「なんだ。君は僕の作る食事では不服か?」
暮が落胆する理由とは異なると知りながら、結弦はわざと言った。そして、できたての――二人分の朝食が並ぶテーブルの天板をこつこつと叩く。
「冷めないうちに食べよう。僕は君のとなりにいるさ」
――君が僕を不要とするときがくるまでは、ずっと。