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    dada

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    dada

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    お題「告白のためにあれこれ準備したのに、予期せぬ出来事の連発で全く思い通りにいかないまま想いを告げたけれど、ぐだ子は嬉しそうに笑って受け入れてくれて、それまでの苦労が吹き飛んでしまう金時」

    無色透明の願望器「まさかすぎた」
    「おう……」
    「絶対無いと思ってたのに」
    「悪かった!お天道様に誓って、もう、二度としねェ。ソイツは約束するからよ、その」
    「…………正直、反省してるだろうし。そんなに責めてるわけでもないんだけど。でも」

    キラリと黄金色に輝く杯が立香の手の中で揺れる。現界した聖杯。莫大な魔力リソース。所持者の願いを叶える、見覚えのありすぎるそれ。
    街灯なんか一つも無い、夜の闇に支配された山間だった。あたりに満ちる空気は冷たい。一部だけぽっかりと開けた木々の隙間には、遠くで煌めく街並みが見える。音の無い駐車場で、背後に停車させたゴールデンベアー号だけが月の光を反射していた。
    聖杯が回収されれば当然、特異点は消える。二人っきりで隣り合って、端の方が揺らいでいる夜景を眺める。もうすぐ強制退去の時間だろう。

    忙しない一日だった。朝はこの峠で急に開催されたレースに参加した。日中はあの煌めく街中で謎の料理対決の審査員をした。女性サーヴァント達が躍起になって作ったアクセサリーの1位を決めたり、特異点に突然現れた遊園地や水族館で起きる騒動を解決したりもした。
    立香がこれまで経験した特異点と比べれば全然危機感のない内容ではあったが、されど特異点だ。残しておけば歴史に影響を与えかねない。目的がわからないまま走り回って、中ボスっぽいサーヴァント達の証言を集めて、それで最後に思い当たったのは、今日一日ずっと立香の隣にいた人物だった。

    「…………わたしに何か、不満があった?」

    キシ、と、立香が落下防止の柵に体重を掛ける。目線だけで金時が様子を窺うと、彼女はただ前を見ていた。それでも密かな緊張が伝わってきて、思わず胸ポケットに指を這わせる。いつも入れているはずのタバコは、今朝部屋に置いてきてしまっていた。

    「そうじゃねェよ。大将に不満なんか、これっぽっちもありゃしねぇ」
    「じゃあ、どうして」
    「別段、深い意味なんかありゃしねぇさ!人間、たまには派手にパーティーとかしたい時もあるジャン?そーいうチャンスがたまたま」
    「嘘だよ。金時そんなタイプじゃないもん。それにずっと聖杯探し回ってたって、さっき道満に聞いた」

    拗ねるような声に、金時が口角を引き攣らせた。満面の笑みで立香に耳打ちしていたのはそういうことだったのか。喜んで協力するなどと言い出すからおかしいと思っていたのだ。人手が足りなさすぎて申し出を受け入れた浅慮が悔やまれる。

    「ちゃんと理由、教えて欲しいよ。ダメなとこあるなら直すから。……結構、ショック受けてるんだよ、わたし」

    橙色の髪がさらりと落ちて、俯いた立香の顔にかかる。ただでさえ小さな体がさらに小さく見えて、金時は長く息を吐いた。それからボトムスのポケットに手を突っ込んで、動きを止める。何度か指先で中のものの端を引っ掻いて、しかし振り切るように腕を差し出す。

    「……悪ィ。勝手に、見ちまった」
    「こ、れ……………っ!?」

    取り出されたのは、ぴっちりと折り畳まれた紙だった。恐る恐る開いて、立香が硬直する。一瞬だけその反応を確認した金時は視線を戻して、それから手のひらで目元を覆った。

    立香の目の前にあるのは、いつだったかマシュとダ・ヴィンチと一緒に盛り上がった、女子会で作ったメモだった。認識が追いついたあたりで立香の顔色が一瞬で変わる。

    『ねぇこれ、ちょっと露骨すぎな〜い?誰を想像してるか』
    『いけません、ダ・ヴィンチちゃん!先輩、私はとても素敵だと思います。いつか絶対に叶えましょうね!』

    ニヤニヤしていたダ・ヴィンチと、目を輝かせていたマシュの姿を思い出す。顔を通り越して耳まで熱い。
    けどおかしい。沸騰する脳内で、それでも立香は否定する。このメモは、確かダ・ヴィンチに回収されていたはず。

    「ど、こで、見つけたの」
    「……オレっちの部屋の、机の上……大将の忘れもんだって気付かずに、普通に開いちまった……」

    ペロリと舌を出してウインクする天才少女の幻影が、立香の脳内を過ぎ去っていった。悪ィ、ともう一度小さな呟きが頭上から漏れてくるが、多分悪いのは彼ではない。

    「じゃ、じゃあ、つまり金時は、これ見てわたしのために……あっ、気晴らし的な?ごめん、気を遣わせてたんだ」
    「いや。そうじゃねぇよ」
    「えっ」

    完全に想定外の返しに立香が顔を上げる。さっきまで居たたまれなさそうな雰囲気だったはずの金時は、真っ直ぐに目の前に広がる夜景を見ていた。

    「アンタの為なんかじゃねぇ。オレは、オレの為に聖杯に願ったんだ。大迷惑の大馬鹿モン、そう思ってくれてりゃいい」

    どこか寂しそうな響きに、立香が紙片の最後に記載された文字をなぞる。また二人並んで、静かに消えゆく景色を眺める。

    「……そうなんだ。じゃあ」

    口火を切ったのは立香だった。
    顔を見ることはできなくて、立香も金時と同じように前を見る。冷え切った聖杯を掴む指にもう一度力を入れて、息を吸う。

    「……最後のやつは、叶わないのかな」

    バイクの後ろに乗せてもらって、ちょっとしたツーリングをしたい。
    二人でおいしいものを食べたい。
    ショッピングもしたい。なんか気合い入れたアクセサリーとか買う。釣り合いが大事!
    普通に、色んなデートスポット回りたい。
    ──────それで雰囲気の良い場所で、告白されてみたりしたい。

    夢みたいに騒がしかった特異点の名残も消えて、静かすぎる夜だった。
    隣で男が息を飲む音まで聞こえる程に。

    理想のデートが書かれたメモを握りしめたまま、立香は黙って、ただ、次の言葉を待っていた。


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