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真っ直ぐな目が印象的な女だった。
「たまには好きって言ってくれないの?そっちから!」
「いい歳してそんなこと。わざわざ?」
「いいじゃーん!」
自分の持っていないものを持っている人間に惹かれた。
「役者の好きとか愛してるとか嘘っぽくないか。」
「え〜?分かるよ私は絶対!キヨの言ってくれた言葉が、それが演技じゃなくて本心だって。」
ささいな会話で本心を見抜く癖に、心地は悪くならないところが好きだった。
「……なんか言われて言ったらありがたみが無さそうだから言わん。」
「も〜……ん?言われたから言わないってそれ、逆に私の事めちゃくちゃ好きって言ってるの気がついてる?」
「私は分かってるつもりだけどな〜白澄のこと!」
よく言えるよなそんなこと堂々と。俺は何も言っていないのに。
……俺だってわかってるつもりだったのに。
でも今となってはお前が何をもってこうなったのか、何を考えていたのか何も分からない。
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「……なんですか社長。」
事務所の社長に呼び出されたのはめぐみがビルから飛び降り、自殺未遂をしたと報道された次の日。
「なんだも何も、これはもう見たんじゃないか?」
目の前に差し出されたのは3流雑誌のゴシップ、自分と薄いモザイクの入っためぐみの写真。
その隣にはでかでかと「売れっ子脚本家Mの自殺」「原因は恋人の俳優締木白澄か。」と添えられていた。
「まさかこれ信じてるんですか?」
「信じる信じない以前の問題だ。世の中にこんなものでてしまったらイメージが下がる。それに。」
社長が指さした先には「N氏へのインタビュー」
その下に「締木さんはとても高圧的でMさんととても上手くいくとは思えなくて。揉めてMさんがこんなことになったと聞いても納得はします……」とつらつらと綴られていた。
「お前この監督と以前一悶着あっただろう。」
「なんですか、どこからどう見てもあの監督の采配は最悪、作品が駄作に成り下がるところだった。挙句俺と俺以外の俳優の演技にも過度にしゃしゃり出る。いいものを作るには口出しされても仕方の無い采配だっただろう。」
「……あの監督の実力がどうじゃない。俳優は監督の指示に従って演技をする。それが役者だろう。」
「違う。それじゃあ俺があの役に選ばれた理由は?俳優の解釈が入らないと意味が無いだろう。そうやって俺はやってきた。」
「だからそれが間違っていると言ってるんだ!」
社長が大きく机を叩いた。
その後分かりやすく大きくため息をつく。
「お前の演技は評価している。スカウトしたことだって後悔はしていない。でも会社の評判を下げられるのは困るんだ。」
俺の実力は本物だろ、それなのに
「……役者は監督の道具じゃないだろう。」
あの場所は
「あの監督表立っては公表されてないが、大物俳優の息子でな。正直なところうちに圧力がかけられている、お前のおかげで。」
こんなに息苦しい場所だっただろうか。
「……。」
「せめて巻本さんが目覚めて原因の声明を出してお前のせいじゃないと証明されれば、こちらも言い出せるんだが。」
「お前はしばらく謹慎だ。仕事も断っておく。」
「……チッ。」
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その後は散々だった。
めぐみの両親には娘を騙しただの演技をしている並に罵倒を食らった上二度と娘に近寄るなと、見舞いにもいけない始末。
あいつの弟の武蔵も「母と父があれではなぁ俺には何も出来ん。」とこちらが何も言っていないのに見放され。
俺が一体何をしたんだ。
あのボンボンの監督にもっとヘコヘコしろと?
そんなのはゴメンだ。
俺の人生は数日でどん底まで叩き落とされた。
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あれから4年。
数少ないツテを使って何とか舞台音響やライティング補助をして生活をした。
どうしても舞台からは離れたくなかった。
あいつと出会った場所から離れたくなかった。
少ない繋がりすら失ってしまう気がしてこの場所に意地でしがみついた。
そして転機が訪れるのは突然だった。
末次真黒という演出家の薬物売買の取引場を目にした。
4年だ、人を変えるには十分だ。
もう四の五の言ってはいられなかった。何とかして舞台に戻りたかった。
自分が役者をしていたいという欲なのか、あいつの知っている俺でいたかったからなのか自分でもよくは分からなかった。
少なくとも人を脅してまで掴んだ役ではいあがろうとそんな惨めな手を思いつくくらいには追い詰められていた。
「俺ァ知ってんのよ、身に覚えがないってことはないでしょ。」
「……。」
返す言葉が帰ってこない、ということは。
「……マジなの?これ。はぇ。」
「まだ配役決めてないんだろ、流石に主役くれなんて言わないぜ〜?だから頼むよ。」
「……分かった。」
案外あっさりとした返答に拍子抜けしつつこうして自殺行為への出演が決定した。
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自殺行為への出演が決まった数日後、1本の電話がかかってきた。
表示された名前は“巻本 武蔵”。
年に数回メッセージでやり取りをしており、近況を話すことはあったが直接電話をしてきたことなんてあっただろうか。
数コールの後電話に応じた。
「もしもし、なんだ珍しいな電話なんてどうした。」
「もしもし、変わらずか?」
「ああ、まあ……いや。ぼちぼち?」
「そうか、まあ変わりなくても変わっていてもなんでもいい。締木、なんで今日お前に俺が電話したか分かるか?」
“今日”が何か忘れもしない。
忘れもしないがなぜこいつが俺に連絡をしてくるかは分からなかった。
「……あいつが起きなくなって今日で4年だ。あいにく脚本家でも物書きでもないんでな、それくらいしかお前の連絡に心当たりがないが。」
「十分だ、お前。締木……。」
「まだ姉に会いたいって思ってるか?」
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もちろん俺は面会拒絶されていて会えるわけがなかった。
だが武蔵の話では最近は以前に比べれば両親の落ち込みや来る頻度も少し落ち着いており、何より自分には誰も面会に来ないタイミングがわかるから会わせてやれるぞ、と申し出てきた。
だがなぜ今?
何を企んでいる、この男はそんなに人の愛だの恋だのの橋渡しをしたり、親切をするような男だっただろうか。
「金ならないぞ。」
「要らん、そこそこあるからな。そうだな、まあ次書くもののネタにでもさせてもらうさ。」
相変わらず掴めない、なんなんだ。
しかし話に乗らない理由もないためおれはあいつの入院する病院へ向かった。
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面会者を記入する欄に武蔵の下に偽名を書きあっさり病室へ向かうことが出来た。
病室には眠るめぐみ、最後に見た時より痩せているように感じた。
「相変わらず目覚める素振りもないがな。」
武蔵は言う、植物状態の人間が生存しているのは大体平均5年。もうすぐだと。ずっとこのままだと姉もこの先どうなるか分からないと。
「……ああ電話だ。少し席を外す。」
そう言って武蔵は外へ出て行った。
「……大根役者が。」
着信が、と言った電話には何もうつっていなかったのを締木は見ていた。
出ていった武蔵を背に眠る彼女に向き直る。
呼吸器はつけられているが安らかに見えた。
今にも起きて「びっくりした?」と言ってきても不思議では無い。
「めぐみ。」
小さく名前を呼んだ。もちろん返事はなかった。
「俺久しぶりに舞台決まったんだけど来ないのか。」
「自殺行為っていう傑作、らしいぞ。脚本家として興味無いか。」
「今の状態で言うには結構ハードなタイトルだけよな。はは。」
「多分中身みて驚くだろうな、俺も台本見て驚いた。ネタバレは控える。」
「来るならそろそろ起きてもらわないと厳しいんだけど。」
「なぁ。」
「なんでこんなことになっちまったんだろうな。」
病室にボソボソと話す自分の声だけが響く。
彼女の手を握る、こんなに骨ばった手を俺は知らない。
「……全部遅いか。これでもお前との先色々考えてたんだよ。本当に。お互いにいい歳だし。」
「俺は舞台に戻る。なまってなんかない、ずっと見てたんだからな。」
「だから早くお前もこっちに戻ってきてくれ。」
現実はドラマじゃない。
握りしめた彼女の手が締木の手を握り返してくれることは無かった。
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