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    tam_azusa

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    tam_azusa

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    1月のどむさぶ鍾タル
    ご都合秘境ネタ

    鍾タルどむさぶ ご都合秘境未知の秘境というものはいつだって己の探求心を掻き立てる魅力的なものだ。闘争を求めてファデュイ執行官という地位についているとはいえ、タルタリヤもかつては新天地を目指して冒険することを夢見る一人の少年だった。
    好奇心は猫をも殺す――などという言葉があるが、いつだって命がけの刺激を求めている身としては望むところだし、だから冒険者教会の近くを通りすがった時、旅人とパイモンがキャサリンから受注した依頼を遂行するために協力して欲しいという頼みに、快く了承した。
    なんでも発見されたばかりでまだ誰も踏み入っていないらしい……それらの調査が主な目的だ。
    「強敵がいるかどうかは、わからないけれど……」
    「はは、かまわないよ。戦う事が出来れば申し分ないけれど、探検だって楽しいものじゃないか」
    「よかったな、旅人。でも未知の秘境だし、準備はしっかりして行った方が良いと思うぞ! 誰か他に手が空いている奴がいればいいんだけれども~……あっ!」
    ふよふよと宙高く空を漂うパイモンが、ある一点を指さす。
    たくさんの本が並ぶ万文集舎の前で話し込んでいた飛雲商会の子息に、その友人である退魔方士の一族の少年、そしてかの往生堂の客卿の後姿があった。元気の良い呼び声と共にそちらへと飛んでいくパイモンを追いかけようと駆けだす旅人の後ろをついて行く。
    この時はまだ、危険性を考慮こそすれど厄介な事態になるまでは誰も考えてもいなかったのである。


    秘境といっても危険度は様々だし、中で何が起きるかは入ってみるまで分からない。既にならず者に根こそぎ持って行かれた後で何もないもぬけの殻であることもあれば、非常に危険な魔物が潜んでいたり、難解な謎解きを攻略しないと先に進めなかったり。
    旅人にも申告した通り、常に刺激を求めているタルタリヤにとっては未知の秘境に足を踏み入れるという行為自体が好奇心をくすぐるものであり、あらゆる困難も障害も乗り越えようというだけの経験も気概もあった。
    しかし、それはあくまでも危機に陥った時にも対応できるというだけであり、困難そのものが訪れないように事前に防ぐことはとても難しい。不可能に近いと言っても過言ではない。
    入ってしばらくの間はヒルチャールやスライムが何体かいる程度の、秘境の中ではよく見かける光景だった。
    奥へと続く門を開錠していき、結構な深度まで下った先――奇妙な装置を発見したのだ。四角い箱の上に丸いボタンが一つだけつけられた、まるで『押せ』と言わんばかりの。
    当然、罠の線は全員考えた。けれどどれだけ念入りに辺りを見回しても他に手掛かりはこのボタンしかなく、押してみるしかないという結論になったのだ。

    「それでまさかこんな風になるなんてね。命に別状はなさそうだけれど……」
    「ええ。なんといいますか、皆様……とっても可愛らしいです!」
    「キャサリン、からかわないで」

    ――そして押してみた結果が、今目の前にあった。
    璃月の冒険者協会にある小さな休憩室にて、好奇心でキラキラと目を輝かせるキャサリンと、苦笑を浮かべる嵐姉を前に小さな少女がうなだれていた。
    心底困り切った顔で、見たことのない……けれど見覚えのある少女がソファに座っている。まだ幼く、見た目は十歳ほどだろうか。スネージナヤの故郷に居る末弟のテウセルとそう変わらない。
    しかし輝くような金色の髪と瞳は、かつてこの璃月の危機を守り抜いたかの旅人とそっくりだった。
    「確かに秘境には危険なものだけじゃなく、頓珍漢な仕掛けがあったりするけど、こんな子供になってしまうなんてねぇ。初めて聞いたケースだわ」
    「まさかこんな珍妙な術を使う妖魔がいるなんて、想定外だった……!」
    「妖魔の仕業かはともかく、僕だって稲妻の小説の世界でしか、このような展開が起こる事はないと思っていたよ」
    彼女の両隣に座る者達もまた、同じ年くらいの幼い少年の姿をしている。清流のような深い青の髪に、雪を連想させる淡い青の髪。……行秋と重雲の弟達だと言われたら、誰もが信じたであろう、そんな姿だった。
    「こんな奇怪な事をするなんて、目的は何だろうね? 侵入者の無力化とか?」
    「若い肉体を欲する者は古今東西どこにでもいるだろう。璃月でも若返りの秘術を探求する者はいたと聞く。その為の鍛錬の場所だったのか……」
    「無力化とか若返りって言ったって、子供になるなんて訳が分からないぞ!! そもそも公子野郎はそこまで子供になっていないし、鍾離に至っては何ともないし……」
    依頼を受け、仲間を探していたのは旅人であり、実質今回のパーティのリーダーでもあった彼女が装置を押した瞬間、視界を焼かんばかりの強烈な光に包まれて――――次に目を開けたときには、幼い姿になってしまっていたのだった。
    「俺は……おそらくシールドの展開が間に合ったからだろう。全員を守る事が出来なかったのは落ち度だ、不甲斐ないな」
    珍しく歯切れの悪い鍾離にタルタリヤは肩をすくめる。こうなってしまったからにはどうしようもない、と。
    ソファに座っている三人よりは大人びた見た目ではあるが、現在のタルタリヤも少年らしい面影が濃く現れ、背丈も小さくなっていた。正確な年齢までは断定できないが、だいたいファデュイに入隊したあたりの年齢になっている気がする。
    「全員子供になってしまったわけではないのですね。シールドで身を守った鍾離先生以外は、およそ五年ほど肉体が若返っているということでしょうか」
    「そういうことだと思う。パイモンにはなんともなくて本当によかったね」
    「そ、そうだな……オイラが五年も若返ったら赤ちゃんになっちゃっていたぞ」
    「それは食べられる量が減っちゃうから困るな……」
    「おーい!? 心配するところはそこじゃないだろ!」
    そもそもパイモンのその身体は成長するものだろうか。
    とはいえ、ひとまず冒険者協会がある璃月港まで戻ってこれて多少は落ち着いたのか、いつもの冗談を口にする旅人にひと安心した。
    「全員大怪我をすることもなく情報が得られただけで何よりよ。秘境の地脈異常に当てられておかしくなってしまったケースは、だいたいは時間が経てば戻るものだけど、もし明日になってもその姿のままであれば再度報告を頂戴」
    「ええ、皆様命に別状はなくてなによりでした。ひとまず今日はゆっくりと休んでください」
    数々の冒険者を見て来たらしい彼女達にとっては慌てふためくほどのことでもないらしい。対する旅人たちは当然慣れていないのか、肩を落としている。ちなみにタルタリヤは普通の人が踏み入れ無いような地に足を踏み入れたことは何度もあるが、大抵は命の危険が伴う戦場だ。今回のような珍事に遭遇するケースは初めてといっていい。
    報酬の入ったモラ袋をキャサリンから受け取りながらも、流石に無事とは言えないわけで旅人の表情はまだ固い。仕方がないなと、故郷の弟妹達にするように腰を下ろして、その顔を覗き込んだ。
    「相棒。その姿のままでは外を出歩くのも大変だろう。俺が宿を手配してあげるから、後でそちらに向かうといいよ。勿論モラのことは気にしないでくれ」
    「……いいの?」
    「いいもなにも、俺達はそれぞれこの国に寝床があるけど、旅暮らしの君達はそうじゃないだろう。小さな子供を野宿させる方が問題だよ」
    「確かにこんな姿の旅人じゃ、危ないもんな……いくら強くたって子供なんだぞ」
    パイモンの言葉に旅人も黙って頷いた。何かと目立つ異国の顔立ちもあり、ならず者に目をつけられるのは想像に難くない。身体が縮まなかった鍾離以外は、タルタリヤが街を奔走して購入してきた――都合よく服まで小さくなってはくれず、秘境を出てすぐに重雲に服を借りて店に駆け込んだのだ――質の良い璃月製の子供服を着ており、どこぞの令嬢かと思うような身なりとなっていた。大人を連れずに出歩くには目立ちすぎる。
    その小さな身体での戦闘能力がいかほどか計り知れないが、平常時と同じくらい強いわけではなさそうだ。仮にそこら辺の浮浪者程度に困らなかったとしても、夜間に小さな子供が野宿していれば、千岩軍に呼び止められることは間違いない。
    「ああ、それなら僕の家に来るといいよ、旅人」
    そんな彼女の身の安全を心配した提案は、隣にいた行秋によって下げられてしまったのだった。
    「本当か? でもさすがに急すぎるし、お家の人に悪くないか?」
    「うん。行秋の家にまで迷惑はかけられない」
    旅人はあまり人の厚意に甘えることをしない。タルタリヤに対しては公子としてやった所業のせいもあってか食事の席でモラを払わせることへの抵抗は薄らいでいそうだが、それ以外の資金援助は断って来ることも多い。突然の提案に咄嗟に首を振る彼女にも構わず行秋は続ける。
    「気にしないでくれ。うちは広いし、客人を泊めるのはよくあることだ。せっかくだから重雲も来ると良いよ、君に貸したい本がいくつかあってね」
    「本当か? 確かに、身体に異変がある状態のままだし、何かあったときのことを考えると一緒の方がいいだろうか」
    「ああ。わざわざ公子殿のお手を煩わせることもないだろう。――いいね?」
    こちらを見つめて微笑む少年の眼差しは年不相応の凄みがあった。飛雲商会の次男坊の話は時折部下からの報告は聞いている……彼に何度かファデュイの行動を妨害させられている、という、あまりよくない意味で。
    『公子』タルタリヤの素顔を知るものはさほど多くはないが、立場上彼は知る機会があったのだろう。顔を会わせたときからずっと警戒は敷かれてていた。
    「確かに面倒を見てくれる人が多いところの方が安心できるね。そうだ重雲少年、君に借してもらったこの服は――」
    「そ、ち、ら、も。あとで北国銀行に使者を送るから、彼に渡してくれ。それでいいね、重雲?」
    「ん? いや、僕は構わないが……後でなにか礼はさせてくれ。僕達の服も用意してもらったんだから」
    「あはは、それは気にしなくて問題ないよ。必要経費だ」
    とりつく島もない。
    おそらく旅人がいる手前、任務の妨げにならないように大人しくしていたのであろう行秋の態度の変化につい苦笑を浮かべてしまった。報酬を受け取った時点で旅人の依頼は完了した……つまり警戒を隠さなくてもいいと判断したのだろう。
    タルタリヤの紹介する宿ということはすなわちファデュイの『お手付き』であり、そこにこんな状態の旅人を任せたくないのだ。
    別にとって食いやしないが、友人が泊めてくれるというなら旅人を引き留める理由はない。
    重雲は行秋の様子を不思議そうに見ているが、旅人とパイモンはうっすらと察したらしい。申し訳なさそうな視線が向かうが、タルタリヤ自身は特に気にしてはいなかった。彼女が野宿する事態を避けられればいいのだし、友と共に過ごす夜が、悪いものであるはずがないのだから。
    「公子と鍾離殿は――」
    「俺達のことは気にしなくていいさ。先生もそうだよね?」
    「問題ない。公子殿は勿論、俺にもなにか異変が起きればすぐ伝えよう」
    「じゃあ今日の所は解散だな。もしも明日になっても戻っていなかったら……その時に考えよう!」
    良い状況とは言えないが、すぐにでもこの姿を戻す方法はなさそうだ。旅人が代表して受け取った報酬を分け合い、幼くなった三人とパイモンが行秋の自宅へと向かう背中を手を振って見送る。
     
    「……それで、先生。一つ聞きたいことがあるんだけれども」
    この後部下たちになんと説明しようかと、頭を悩ませることはあれど、ひとまずこの騒ぎの中で妙に静かだった男に声をかける。
    「構わない。何だろうか?」
    その姿を頭の先から足元までじっと見つめる。若返ってしまった自分達と違って、鍾離は何の変化も無いように見える。だが……
    「先生、本当に何の影響も受けてないのかい?」
    見ただけではわからない、どこか違和感があるような奇妙さをずっと感じていた。鍾離であって、鍾離ではない、何かが欠けているような。
    そんないぶかしげな視線に、鍾離はわずかに目を見開いたものの、小さく一息つくと「ついて来い」と街中を歩いて行ってしまった。追いかけない理由も無く後に続くと、人気のない路地で脚が止まる――どうやら、聞かれたい話ではないようだ。
    「……どうやら、あの奇妙な術の影響は俺も受けている。幸いなことに五年戻ったとしてもこの姿だった、というだけだ」
    鍾離の返答に、やっぱりね、と頷いた。鍾離の容姿は彼が市井の者に混じって生活するために定めたものであって、本当の彼は六千年という想像を絶する時を生きて来た存在だ。術を受けても人間である旅人たちのように肉体が若返ってしまうという事態にはならなかったのだろう。
    「五年も戻っているということは、『凡人』の身体じゃなくなっているって事? 神の心もあるの?」
    「いいや。神の心が戻っているというわけでもない。手放したものが返って来ることはないようだ。変わらず『凡人』のままになっている」
    「ふぅん、それは残念。モラクスに戻っているのなら戦ってみたかったのに。とはいえ、先生のシールドでも防ぎきれない術っていうのは、相当なものじゃないかい?」
    「俺のシールドはあくまでも物理的なもの、そしてこのテイワット大陸内で存在するエネルギー――元素の力であれば防ぐことが出来るが、"外"の力であれば例外はある。深淵の力か、それともそれ以外か……とはいえ、冒険者教会の言う通り、そう長い時間影響をもたらすものではないのは確かだろう」
    テイワットの外については、タルタリヤがかつて踏みこんだ場所であり、それ以外にも……空の星の限りまで、世界が続いているのは知っている。あの鍾離でも防ぐことの出来なかった力には非常に興味があるが、現状それによってもたらされているのがこの珍事であるせいで追及する気にもなれなかった。
    「時に、公子殿」
    「うん?」

    「《来い》」

    突然呼びかけられた言葉に、思わず身体がびくりと震えた。――けれど、それだけだった。
    「……、……あれ?」
    今タルタリヤに向けられたのは確かにDomのコマンドだったはずなのだが。
    あの見えない糸に引かれるような浮遊感も、命令に悦ぶ衝動も湧きあがらない。
    そんなタルタリヤに右手が差し伸べられて、もう一度鍾離は《来い》と続ける。
    「……もしかして、Normalになってる?」
    しっかりとそのコマンドを聞き入れながらも、タルタリヤの身体は何の反応も示さない。
    異変が明らかになったことで、先程から鍾離に抱いていた違和感も輪郭がはっきりと見えて来た。
    Domだけが持つ眼差しはSubを威圧し、従える力を持つ。もともとこの国の支配者であった鍾離の支配力は相当なものだ。抑えているとはいえ、彼のパートナーとして過ごしているタルタリヤであれば常に感じているほどに。それが、わからなくなっている。
    「公子殿もそう思うのであれば、確かなのだろうな」
    鍾離がダイナミクス性を得たのは神の座を降りてからのことだ――それが五年分肉体が巻き戻ったせいで消失したということか。元々特殊な形でDomになったというのに、どこまでも予想できない事態を引き起こす男だ。
    「……ダイナミクス性は持たない人の方が圧倒的に多いわけだし、そう困るようなことじゃなくてよかったじゃないか。俺はこの歳にはもうSubだったから、消えたりしなかったけれどね」
    むしろ、理性で制御しきれない衝動から解放されるとあれば、たとえ短い間だとしても良い事ではないかとすら思う。戦闘に欲求が振りきれていたタルタリヤですら無視できなかった第二の性に、煩わしさを覚えたことはままあるのだ。
    「確かに先生とのプレイは出来なくなるけれど……少しの間だろう? それくらいなら平気だし、先生との契約に影響するとも思わないよ」
    鍾離にDom性が無くなったのであれば確かにパートナーとしての契約は果たされなくなるが、あくまでも今の状態は一時的なものとあれば、契約違反にはならないだろう。
    「……そう、か」
    「ああ。話すことがそれだけなら、俺は銀行に戻るよ。この姿で働くことは流石に出来ないし、色々と説明しないと。先生も今日明日はお休みを貰ってきた方が良いんじゃないかな」
    幸いにも記憶や精神までは退行していないのか書類業務くらいは問題ないが、こんな身体で働く気にはなれないし、エカテリーナ達だって許可しないだろう。大人しく家で元に戻るまで休むのが得策だ。
    「…………待て、公子殿。今日はもう休むというのなら、これから付き合ってくれないか。銀行の用事が済んでからでいい。迎えに行こう」
    「へ? 別にそれは構わないけれど……一旦パレスに帰らせてほしいな。流石に借りた服のままはちょっとね」
    一回り小さくなってしまった身体では、いつも身に纏っているオーダーメイドの衣装は不格好だ。この身体に合う制服は持っていないが、パレスに戻れば休日用の普段着はある。少し詰めれば着用できるはずだ。
    「いや、それも不要だ。俺に任せてくれ」
    けれどそんなタルタリヤの話も通らず、どこか楽しそうな笑みを浮かべた鍾離の目が輝いた気がした。いつもであればほとんど変わらない高さの目線は、幼くなった身体だと見下ろされる形になる。とびきり美しい、けれど見慣れた筈の顔立ちがいつもと違く見えて、ほんの少し体温が上がった感覚があるのは気のせいだったのだろうか。



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    hiwanoura

    DONEパティシエのタルタリヤと大学の先生をしてる鍾離先生の現パロ。鍾タルです。捏造しかないので要注意。(Twitterに上げていたものと一緒です)
    パティシエのタルタリヤと大学の先生な鍾離のお話①ふわり、と。
    鼻先を掠めた匂いに思わず顔を上げる。会話も、物音も少なく、かすかに聞こえるのは紙の擦れる僅かな音ばかりの図書館にはあまりにそぐわない、甘い匂い。それは書物へと没頭して、つい、食事を忘れがちな己の胃を起動させるには十分なものだった。壁にかかるシンプルな丸時計を見るともう昼はとうに過ぎ、どちらかと言えば八つ時に近い。なるほど、甘いものを食べるにはちょうどいいな、と。昼食すら食べてないことからは目を背け、手にしていた本を棚へと戻した。
    さて何が食べたいか…足音を飲み込むカーペット素材の床を踏み締めつつ、書籍で埋まる棚の間を進む。平日の昼間なせいか自分以外の人影を見かけなかったのだが、知らぬうちにもう一人、利用者が増えていたらしい。珍しい、と。なんとなしに興味が引かれ、知らず足が向く。こちらの事など気がついても居ないのだろうその人物は、立ったまま手にした本を熱心に読んでいた。赤みの強い茶色の髪の下、スッと通った鼻筋と伏せられた目を縁取る長い睫毛。恐らく自分よりは歳若いその青年は、特に目立つ格好をしている訳でもないのに、何故か無視できない存在感があった。ここまで気になるという事は、もしかしたらどこかで会った事のある同業者か…生徒の一人かもしれない、と。記憶の中で赤毛を探すが残念ながら思い当たる人物はみつからず。知り合いでは無いのならばあまり見ていては失礼にあたる、と無理やり視線を剥いで、青年の後ろを通り過ぎた。
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