Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    tam_azusa

    @tam_azusa

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 4

    tam_azusa

    ☆quiet follow

    お題箱リクエスト『Subの自分が嫌なタルタリヤ』

    #鍾タル
    zhongchi

    零れおちるコトン、と高い音を奏でながら酒が並々と注がれていた杯がテーブルに転がった。上質な酒の品の良い香りが卓上に広まり、鼻腔から脳内まで染みてくる。
    「公子殿?」
    どうかしたのかと、異変を感じ取った硬い声音に震えそうになる肩を、卓の下に隠れた拳を握りしめて堪えようとした。

    自分が男性性だけではなくSubの性を持っていると判明したのは少年から戦士へと変貌して数年が経ってからだ。戦いの世界に身を置き己を鍛えることに熱心な男にとって、かの性が持つ被虐の衝動など鍛練の合間に発散されてしまうものだったのだ――つい最近までは。
    なまじ肉体も精神も並外れた強度を手に入れてしまった戦士ではそこらのDomで満足することもなく、時折溜まりそうになる欲求も抑制薬で散らしてしまえた。だから『公子』タルタリヤがダイナミクスであることに苦労したことはない。
    いや、苦労したことはなかった、か。今目の前にいる、Domと出会ってしまうまでは。
    被虐の趣味はない。自己を磨くために極限まで肉体を追い詰めることは厭わないが、痛め付けられるだけの支配などなにが楽しいのか。
    もしかしたら、あの暗闇に落ちる前の、どこにでもいるヤンチャ坊主な自分だったなら、ありえたのかもしれない。
    世界を望み神すら踏破せんという野心を掲げるようになった心には、他者に服従することで満たされる快楽など邪魔なものでしかなかったなのだ。

    鍾離がDomである、と気づくのにそう時間はかからなかった。反面、Subらしい欲は薄く、抑制薬を服用しているタルタリヤがSubであることは隠し通せていたと思う。
    鍾離の語る知識は、時にどんな財宝にも勝る。必ずと言っていいほど財布を持ち歩かず、毎度他人に支払いを任せるなど異常な振る舞いだが、しばらく共に過ごせば気づくのだ――彼が見定めたものの価値、彼が語る話がいかに貴重で、目に見えない黄金なのかを。
    DomはSubに与えることで喜び、Subはそれを受けることで幸福感のような感情を得る。逆に、Domに世話を焼くことで喜びを得るSubだっている。どちらかというとタルタリヤはそれに近いのかもしれない、という自覚はあった。
    ゆえの、鍾離との交流だった。単なる資金提供の契約を越えて彼と共に過ごし、与えられる知識を享受し、その対価としてモラを払う。それ以外のことであっても鍾離が望むならモラを差し出す。
    確かにそれは心地よいと言ってもいい時間だった。旅人達から『財布』などと怪訝な感想を述べられようとも、気にせずに笑っていられる程には。
    ……そう。ただの、利用する関係でしかなかった。ダイナミクスのプレイは精神的に満たされるかどうかがかなりの比重を占めている以上は、鍾離にその気がなくともタルタリヤがプレイと認識して受け止めてしまえば成立する。勝手に性のはけ口にする後ろめたさはあれど、やっていることは鍾離の知人達とそう変わらない以上は問題はないだろうと。
    日ごとに量が増えていく抑制薬への懸念を払うため。それだけの行為でしかなかったのだ。

    『随分と箸の扱いが上手くなったようだな』
    鍾離から贈られた――誰がこの箸のモラを払ったかなど、彼にとっては些細な事だろう――12万モラもする箸を使わずに放置するほど愚かではないし、鍾離も話していた通り、可能な限りその場に適したスタイルで食べるのが好ましいだろう。タルタリヤのような若い異国の男が箸を上手く扱っているとそれだけで良い印象を抱きやすく、外交の面で役に立つことも少なくはなかった。
    だから、決して、彼のためなんて理由ではなかった。

    辺りに充満する甘い匂いは酒のせいなのか、熱に浮かされた自分の感覚が馬鹿になっているのかわからない。
    ただ、褒められただけだ。震える手元で食事をこなしていた頃に比べたら見違えるほどには上達したし、鍾離は自分にお世辞を述べるようなタイプではないとわかっているので、純粋な称賛だっただろう。

    『まだ紹介してやりたい店はあるからな。喜ばしい限りだ』
    堅苦しいようでいて不思議と心地よい低い声はすっかり聞きなれたものなのに、蜂蜜のように甘ったるくとろけたものがしみ込んでくる快楽をタルタリヤに植え付けた。
    "ただ、箸の使い方を褒めてもらえただけ。”そんな親が幼子にするような称賛だけで、あっさりとタルタリヤの心が揺さぶられた。
    頭の奥が痺れて、身体の力が抜ける。酒を味わっていた最中にもかかわらず、するりと杯は手のひらから滑り落ちた。――そうして、冒頭に戻る。
    「大丈夫か。何かあったのか?」
    零れた酒に目もくれず固まったままのタルタリヤを鍾離は心配しているようで、その声に他意はないとわかっているのに、ぞわぞわと腰のあたりをめぐる快感が止まない。
    Subである己の身を喜んだことは残念ながら一度もない。楽しい事は好きだし、常人には得られない快楽があるという話も聞いたことはあったが、決して手を伸ばすことはなかった。

    ――そんな自分が、もっと褒めて欲しいだなんて、口が裂けても言えるはずがない。

    「……せんせい」
    ああ、けれど。呼びかける声がぐずぐずぐに溶けて熱を帯びている。それを聞いた鍾離が事情を察してしまったと言わんばかりに目を見開いたことを、出来の良い頭が理解してしまっていて。
    それでも今ならまだ、ギリギリ取り繕えるはずだ。何でもない、大丈夫だよと笑って、店員を呼んで零した酒を片付けてもらえばいい。場は確かに白けたが、丁寧に謝罪をすれば鍾離が怒ることはないだろう。
    例えダイナミクスであることがバレたとしても、この場で鍾離が己に手を出すとは思えない。今日のことは忘れてくれとモラを片手に契約を望めばきっと鍾離は応えてくれる。
    そうすればまた、いつもの通りの関係だ。気ままに街を歩く彼とほんの一時を共有する、それだけの。

    「    」

    口をついて出た言葉が何だったのか、自分ですら熱に浮かされて覚えていなかった。
    それでも薄金の目がきゅるりと色濃く変質していくのを認識して、もう戻れないということだけは理解していた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ☺🌠🍼💖💖😍
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works