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    蝉時雨

    @semishigure_IL のワンクッション用。
    カプ色強めのやつとかはほぼこっちに上げる予定です。いずれにせよ殆どラクガキ・供養置き場。

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    蝉時雨

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    アニメのはるひろです。
    アニメ終了後くらいの時間軸想定
    本当は年明け前にマンガであげたかったんですが、なにもかも間に合わない上に微妙に長くなってしまったので字書き練習にしました。

    雪は振りつつ辺りは暗くなりかけている。
    だというのに、地面から月光を受けて輝く銀が視界一面を満たしているためか、かすかに明るい。
    雪だ。
    しずしずと降り続けている。
    昨日の九ッ時を過ぎた頃から降り注ぎ続けるそれは、すっかり京を白銀へ塗り変えてしまった。
    もはやあえてこの時に外出しようなどというものは少なく、通りの人の気は薄い。
    足跡をくっきりと残していた道も、止まぬ雪が更にまっさらを重ねてゆく。

    安倍晴明は釣殿で柱に背を預け、どこを見るでもなく湯気と共に酒を口に運んでいる。
    無色な静寂がその場を包んでいた。
    ふと、晴明は庭に視線をやる。
    なにやら音が聞こえる。
    よろけながら不規則に、しかし段々と近づいてくるそれは、新雪を踏み鳴らす音である。
    それまで何の感情も乗せていなかった晴明の目が柔らかく細められる。
    「晴明、晴明おるか!」
    さわがしい男が来た。そう思うのに沸き立つ胸はじんわりあたたかい。
    晴明は立ち上がっていた。
    どうしてやろう、初めてまみえた時のように蛙や蛇を使ってからかってやろうか。
    それとも趣向を変えて、いいや​───そうこう考えるうちに、音の正体である男がすぐ見える庭に面した所まで来ていた。
    「晴明、おったか! こんな雪だが、どうしても来たくなってしまってな」
    晴明の姿を見つけた途端、足を早めるその男は源博雅であった。
    晴明もつい顔を綻ばせるが、今にも足を雪に取られそうな博雅を見るがいなや呆れの目を向ける。
    「おい、そのように走ると転ぶぞ​───」
    ぼすん。
    案の定である。
    思いきり前に転んだ博雅はすぐに顔をあげたが、転んだ雪面をじっと見つめると、宝物を見つけた
    童子のように目を輝かせて横に体を反転させた。
    雪の上、大の字である。
    「……何をしているのだ」
    晴明は溜息をつきながら博雅を見ている。
    「幼き頃もこうして雪の上に倒れ込んだことを思い出してな」
    博雅は鼻先を紅くしながら、嬉々としてそのまま語り出す。
    「童子のおれは、どうしても真白な雪に自分の形を残してみたくなったのだ。今日のような雪の日にこっそり家人の目を潜り、ひとりで思いきり寝転んだ」
    博雅の上にも雪がどんどんつもってゆく。
    「あの時の感動は忘れられぬよ。天からの贈物に自分の跡をつけたのだと思うと……いや、違うな……あれはまるで大地と一体化したかのような、まるで不思議な心持ちだった」
    思ったことをそのまま風に全て乗せるかのような博雅の言の葉は、晴明の心根にすとんとはまる。その形というよりは、音、がよいのだろうか。理解はし難いのに、心地よい。ばかだなと笑ってやることもできるのに、この男に対してはどうにもうまく言葉が出てこない。
    しばらく、しかしけして長くは無い時間が二人の間を流れた。
    「しわぶきやみになるぞ、そろそろ立て」
    ひとつ溜息をついて、晴明がそう切り出した。
    博雅は晴明の方に視線だけやる。
    「ならば手を貸してくれぬか、晴明。転がっておいてなんだが、かじかんでしまってな」
    そう言ってはにかんだ。
    見下ろす晴明の眉間に更に皺がよる。
    「仕方の無い男だ」
    しかし、無下にする気はないのか手を差し出してくれる。博雅は礼を述べると、差し出された晴明の白い手を掴む。
    「!」
    晴明がバランスを崩し、博雅の胸元に倒れ込む。
    いや、正確には博雅が晴明を引く力が勝ったのである。
    「おまえ、何して​───」
    「す、すまない……思ったより体が重くてな……」
    晴明が睨みつければ、博雅は申し訳なさそうに息をつく。それでも感じる視線に耐え難いのか、博雅は視線を泳がせると、堪忍したかのように目を瞑った。
    「いや、わざとだ。そう怒るな……悪かった、晴明」
    そろりと晴明に目線をむけると、晴明はやれやれ、と今にも言い出しそうな顔であったが、目が合うと
    「……別に怒ってはおらぬ」
    そう言って白い息を吐く。
    その言葉に安堵したのか、博雅は顔を緩ませる。
    「意外と悪くないだろう」
    晴明をほぼ抱きしめる体勢のまま、博雅は屈託もなく笑った。
    「大の男ふたりが雪遊びなんてな」
    「いやか?」
    「……さあな」
    そう言う割には、晴明の表情は先程より柔らかい。
    博雅の上にも雪が積もり始めていた故か、体温を直に感じるというよりは少し冷たい。
    しかし、なんだかいつもより胸の奥があたたかい気がして。
    「たまには悪くない」
    息を吐くようにそう言って、博雅の胸板に顔をふせる。それが少し擽ったくて、博雅は身を幾許か捩った。
    「そうだろう」
    博雅は破顔する。
    しばらくして、何かが弾けたようにふたりは声をあげて笑いだした。
    雪は相変わらずしずしずと降り続けている。
    だが、この邸を満たしていた無色には、いつのまにか色が灯っていた。
    「さて、まことにしわぶきやみになっては堪らぬからな」
    「ああ、ただのしわぶきやみでどこぞの貴族にまた呪詛だのと噂されても面白くないからな」
    からかうように言えば、博雅はあたふたする。
    「む、そ、それはゆかぬ。その時はおれが弁明する……」
    晴明はまた声をあげて笑った。
    「全く、面白い男だな」

    雪が降っている。
    しんしんと降り続けている。
    何もかもにまっさらを重ねる天からの賜物は、しかし、晴明邸の庭に出来た大きな跡は塗りつぶすこともなく、名残をとどめてしばらくそこに在った。
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