エンフィールドの記念日翌日の話(前編)(Side:ジョージ)
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「うわぁあああーーー!!!!」
まだ日も昇りきらない早朝。
フィルクレヴァート士官学校のザクロ寮全体に響き渡るエンフィールドの叫び声で、俺は目を覚ました。
俺の友達、エンフィールドと、その弟のスナイダーという兄弟銃はとても仲良しだ。
仲良しなので喧嘩する事も多い。
だから今日もきっと喧嘩したんだろう。
そう思って、とくに気にする事もなく寝直す事にした。
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「ジョージ師匠!お願いしますっ!!」
「何でもします!!だからっ!!」
「僕をここに置いて下さいっ!!」
先程の大声からどのくらい経っただろう?
たぶん1時間くらいだろうか。
涙目になりながら、エンフィールドがスウェット姿のまま俺の部屋に駆け込んできた。
礼儀とかを大切にしているエンフィールドにしては、身だしなみも整えずに他人の部屋に訪れるなんてとても珍しい事だと思う。
「ステイ、ステイだエンフィールド」
そう言うと「きゅ~ん…」と小さな鳴き声が聞こえた気がした。
銃としては俺より年下、という立場を抜きにしても、まるで仔犬みたいだな、と思うのはきっと俺だけじゃないだろう。
「どうした?スナイダーと喧嘩したのか?」
エンフィールドにはスナイダーという弟がいる。
エンフィールド銃を改造して作られた銃だ。
そのせいか、弟のスナイダーはしきりに兄のエンフィールドを改造しようとしていて、エンフィールドはいつも怯えていた。
「いえ!喧嘩なんて……していません」
答える瞬間、エンフィールドの表情が強張った。
これはきっと……何かあったに違いない。
「嘘つけ、じゃあ何があったんだよ」
「……」
「言いたくないなら言わなくてもいいけどさ」
俺の言葉に、エンフィールドは俯いたまま小さく首を横に振る。
「……怖い、んです……」
「怖い?何が怖いんだ?」
「……すみません、これ以上の事は……」
口元を押さえて俯くエンフィールド。
これ以上聞くのは野暮というものだろうか。
ただ、エンフィールドがスナイダーと改造される事を恐れているのは皆が知っている、シューチノジジツ、ってやつだ。
今更話せないような事が他にあるのか?
そんな疑問が浮かんだが、俺はそれ以上聞かなかった。
「分かったよ。でも困ったらいつでも相談しろよ?」
「はい!」
そうして俺は部屋にエンフィールドを招き入れた。
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「…………すぅ……」
あれから
「片付けをしましょうか?」
「朝食をお作りしますね」
「洗濯物はありますか?」
「制服にアイロンをかけておきました」
等々と忙しなく動き回っていたエンフィールドだったが、俺が制服に着替えている間にソファで寝てしまった。
朝早かったみたいだしなぁ。
それから、スナイダーとの事で心労が溜まっていたのかも知れないな。
それにしても、一体何があったんだ?
昨日は仲良さそうにしていたのに。
昨日……3月17日はエンフィールドの記念日だった。
カールのような一品物の銃ならばともかく、俺たちのような量産式の銃には「誕生日」なんてものがない。
その代わり、各貴銃士は記念日を持っている。
昨日はエンフィールドの記念日で、皆で簡単なパーティーをした。
そこではエンフィールドもスナイダーも楽しそうにしていた筈だ。
寮室に戻ってから何かあったのか?
「うーん?」
……考えても分かるはずがない。
だから考えるのはやめた。
せっかく早起きしたんだ。
エンフィールドが用意してくれた豪華(すぎる)朝食と紅茶もあるし、今日はブラウンの真似をして、優雅な朝の時間を楽しんでから登校しよう!
★ ★ ★
エンフィールドが居ない授業は、俺に言わせて貰えばすごく平和だった。
エンフィールドはあまりにいつでも付き纏うので、嫌いじゃないけど、何というか窮屈なんだ。
スナイダーも居なかったけど、それはいつもの事なので特に誰も気にしていなかった。
スナイダーは、実技も座学も出席さえしていれば卒なくこなす。
エンフィールドは努力型の秀才だけど、スナイダーは直感とか才能とかって言葉が似合うタイプだと思う。
とにかく2人とも優秀だ。
きっとブラウンだって、先輩として鼻が高い気分になるだろうな。
1日の授業が終わって勉強道具を置きに寮室に戻ると、エンフィールドがテーブルで教科書を読んでいた。
「おかえりなさい、ジョージ師匠!僕が居なくて何か困ったりはしませんでしたか?」
「No problem!大丈夫だぞ!」
そう答えるとエンフィールドが少しだけシュン……と項垂れた。
「そっか……良かったです」
「それより、お前こそちゃんと休んでいるのか?」
「あっ!はい、おかげさまで……ぐっすり眠ってしまいました……お恥ずかしい」
言いながら少しだけ頬に赤みが差す。
エンフィールドはすぐに感情が顔に出る。
そういう所、憎めないんだよなあ。
「ところでジョージ師匠、今日の授業の範囲、教えて頂けませんか?」
「おー!いいぞ!」
内容は教えられるか自信がないけど、範囲だけなら、と2人で授業の復習をした。
★ ★ ★
「ありがとうございます!助かりました!」
「俺の方こそ、教えてくれてサンキューな!」
結局、内容はエンフィールドの方が詳しくて、ほとんど教えて貰っていた。
やっぱり、こういう時のエンフィールドは頼り甲斐があるよな。
復習はほどほどで切り上げて、2人で食堂で夕食を取り、俺はシャワーへ行く事にした。
今日はやたらと眠いな、と思っていたけど、早い時間からエンフィールドに起こされたせいだろう。
早く寝たい。
「エンフィールドはどうするんだ?」
「僕はもう少し勉強してからにします。師匠はお先にどうぞ」
「そうか?じゃあお先に」
エンフィールドは真面目だなあ……と思いながら、大浴場へ向かった。
早めの時間に来たせいか、大浴場には人がほとんど居ない。
けれど洗い場の隅の方に、よく見知った貴銃士がいるのに気付いた。
「Hi!スナイダー!」
近付いて声をかけると、スナイダーがこちらを向く。
「……ジョージか」
相変わらずスナイダーは愛想が悪い。
悪いというか、無いという感じだが、これがスナイダーのデフォルトなだけで悪意はないと俺は知っていた。
「こんな所で会うと思わなかったぜ!隣いいか?」
「好きにしろ」
許可が出たので、スナイダーの隣に腰掛ける。
遠目には気づかなかったが、スナイダーの体のあちこちに傷やアザがあるのが見えた。
噛み付いたような歯型もある。
エンフィールドは「喧嘩なんてしていません」って言ってたけど、やっぱり喧嘩してるじゃないか。
「今日学校来なかっただろ?1日何してたんだ?」
「……寝ていた」
「えぇ!?」
そういえば、学校に居る時も、スナイダーは大抵寝ている事が多い。
スナイダーにとって、学校は退屈な場所なんだろうか?
「……エンフィールドが、寝かせてくれなくてな」
スナイダーがボソリと言う。
「あー……エンフィールドと何かあったのか?」
つい、そんな言葉が漏れてしまった。
「……少しな」
スナイダーの返事は素っ気なかったが、それはいつもの事だ。
それより、『何も』と言わないあたり、やっぱり何かあったんだろう。
だけど話す気は無さそうだ。
「そうかぁ」
だから、それだけしか言えなかった。
「お前は?」
「ん?」
「お前は、何をしていたんだ?」
逆に聞かれてしまった。
「俺?俺は、今日は朝から授業に出て、放課後はエンフィールドと復習をして、それから風呂に入ってるところ」
俺が答えると、スナイダーは何故か少し悲しそうに微笑んだ。
「そうか……エンフィールドはお前の所に居るのか」
「あっ」
しまった!と、自分の迂闊さを後悔してももう遅い。
この後スナイダーが俺の部屋に押し入って乱闘にでもなったらどうしよう……! ?
そんな恐ろしい想像に慌てる俺をよそに、スナイダーはフ…、と微笑んだ。
「フン……かわいい弟を放り出して出て行くとは……困ったお兄ちゃんだ。お前もそう思わないか?」
クク……と喉の奥で笑う。
(あれ?)
その様子はいつもと変わらないように見えるが、どこかいつもより元気が無い気がした。
何だろう。
いつもの皮肉げな雰囲気が無いというか……。
「スナイダーはエンフィールドが居なくて寂しいのか?」
スナイダーは、俺の言葉を聞いて一瞬目を丸くした後、今度ははっきりとニヤリと笑って見せた。
「ああ、とてもな」
その笑顔が、何故かひどく印象に残った。
2人でお湯に浸かって雑談を楽しんだ後、ドライヤーでお互いの髪の毛を乾かし合って(スナイダーは自分で髪を乾かすのが面倒なのか、俺にやって欲しいと言ってきた)、大浴場を出た。
★ ★ ★
「Goodnight!また明日な!スナイダー!」
「……ああ、おやすみ」
ひらりと手を振って、スナイダーは自分の部屋へ帰って行った。
温まったせいか更に眠くなってきたな。
早く寝たい。
そう思いながら寮室に戻る。
自室のドアを開けると、エンフィールドは相変わらずテーブルで教科書を読んでいた。
「おかえりなさい師匠!ドライヤーをおかけしましょうか?」
「いや、いい、スナイダーにやって貰った」
忠犬よろしく駆け寄ってくるエンフィールドが、スナイダーの名を出したとたんピタリと足を止める。
「……スナイダーに、会ったんですか?……大浴場で?」
ぶわり。と。
エンフィールドが一瞬で、絶対非道の力なんて比較にならない程にドス黒いオーラを纏った、ような気がした。
「あ、えっと、うん。たまたま会って、話した」
思わず正直に答えてしまう。
「何をですか?何を話しました?どういう事ですか?僕には言えない事ですか?見たんですか?見たんですよね?」
エンフィールドが一気にまくし立てる。
「お、落ち着けエンフィールド!ステイ!!」
怖い怖い怖い!!!
俺は慌ててエンフィールドをなだめて、ソファへと座らせた。
「一体どうしたんだよ!?スナイダーがどうかしたのか?」
「…………別に」
「嘘つけ!めちゃくちゃ機嫌悪いじゃん!」
「悪くありません!」
いやどう見ても悪いだろ! 明らかに!
「何があったか知らないけどさ!喧嘩したなら仲直りした方がいいと思うぜ!?」
「喧嘩なんてしてません!!」
「してるだろ!絶対してるだろ!だってスナイダー、ボロボロだったぞ!?」
「っ!!!」
またしてもエンフィールドの顔色が変わる。
「やっぱり見たんですね!?スナイダーは……あの子は僕のものなのに……!!」
「え……?は……??」
エンフィールドは何を言っているんだ?
僕のものなのに?その言い方は、まるで……
「どういうことだ?お前たち付き合ってるのか……?」
俺の質問に、エンフィールドは一瞬キョトンとしてから顔を真っ赤にした。
本当に分かりやすい奴だなー。
「……」
エンフィールドは何も言わない。
だが、そのふてくされたような表情が全てを物語っていた。
「それで……俺がスナイダーの裸を見たから怒ったのか?」
「……」
つまり、そういう事なんだろう。
「大浴場だし、仕方ないだろ?というか、今までも見てたじゃないか」
「……そうですけど……今日は、今日だけは嫌なんです」
そう言って俯いてしまった。
「何だよそれ……」
俺はため息をつく。
「スナイダーの体の痕、見ましたよね?あれは、僕が付けた痕のはず、なんです。でも……僕、覚えていなくて」
エンフィールドはポツリポツリと話し始めた。
「は?」
「……本当に、喧嘩はしていません。ただ僕は……わざと師匠の誤解を招く言い方をしました。その事は謝罪します」
「誤解?」
「今朝僕は、怖いと言いましたよね。僕が怖いのは……僕自身です」
なるほど、俺はエンフィールドがスナイダーを怖がっているんだと思ってたけど、それは誤解だったという事か。
「昨夜、皆さんに記念日のパーティーを開いて頂いて。
その後お風呂を頂いてから部屋に戻った事までは覚えているんですが……それ以後の記憶が無くて……」
エンフィールドの顔は真っ青だ。相当ショックが大きかったらしい。
「目が覚めたら、……僕の腕の中にスナイダーが居て。
ボロボロで、明らかに、その……行為の痕跡が、あって……」
と思えば今度は真っ赤になった。
……ん?行為?行為って言ったな今?
つまりあのアザや噛み痕って、喧嘩じゃなくてそういう……?
うわー……聞きたくなかったな……
「部屋には鍵がかかっていました。だから、僕しか考えられないんです……!
スナイダーに酷い事をしてしまったのに、覚えていないなんて……!
僕は一体どうしてしまったのでしょう!?」
混乱しているのか、最後は悲鳴みたいになっていた。
まあ、無理もないよな。
朝起きて、傷やアザだらけの恋人が横に居たら、そりゃあ焦るだろう。
しかも、相手はあのスナイダーだ。
「俺に聞かれても分からないって。とにかく本人に直接聞いてみたらいいんじゃないのか?」
その場にいたスナイダーなら何か知っているかも知れない。
そう思ったが。
俺の言葉を聞いて、エンフィールドは大きく首を横に振った。
「それが出来たらとっくにしてます!!それに、スナイダーに聞いたところで素直に答えてくれるわけがないですよ!」
……ん?
「いや、大丈夫じゃないか?スナイダーはお前の事大好きじゃん」
「………………はい?」
たっぷり10秒程間を置いて、エンフィールドは聞き返してきた。
「スナイダーが、僕のことを、好き……?」
信じられないという顔で呟く。
え?まさか……無自覚か?
というか恋人同士じゃなかったのか?
「スナイダーは、エンフィールドがいなくてとても寂しいって言ってたぞ?」
俺は大浴場で会ったスナイダーの言葉を思い出す。
あれは嘘ではないだろう。
だけど。
「え?」
エンフィールドは首を傾げている。
「スナイダーが……寂しい?冗談ですよね?」
信じられないという風に俺を見る。
俺が嘘を言っていると思っているのだろうか。
「本当だって。大浴場で会った時、そう言われたんだ。スナイダー、元気が無かったし」
「……冗談ですよね?」
エンフィールドが再度同じ言葉を繰り返す。
余程信じられないらしい。
まぁ、確かにあのスナイダーが誰かに対して『寂しい』なんて言うとは思わないよな……。
「……」
エンフィールドは無言で考え込んでいる。
「スナイダーって結構分かりやすいと思うんだけどなぁ」
「そ、そうなんですか!?僕には全然分かりませんでした!いつも僕には冷たく当たってくるし!」
「あー……」
確かに、スナイダーはエンフィールドに対してだけ態度が悪い。
というか、それは鈍感すぎるエンフィールドが悪いと思うんだけどな。
「大丈夫だって。行ってこいよ。スナイダー、たぶん待ってると思うぜ?」
「そうでしょうか……?」
まだ迷っている様子だ。
このままだと朝になってしまうかもしれない。
ここは先輩として背中を押してやるしかないよな!
「いいから!行って来い!」
ドン!と背中を押してやると、よろけながらドアに向かって歩き出した。
「師匠……ありがとうございます」
振り返ったエンフィールドの顔色は大分良くなっていた。
「おう、頑張れよ!」
そう言って俺はエンフィールドを見送る。
エンフィールドとスナイダー、上手く仲直りできるといいな。
二人はきっと良いカップルになるはずだ。
そんなことを考えながら、眠りについた。
END.