[恭スナ]~はじまり~(前編)「おや?スナイダーじゃないか。珍しいな」
深夜。
一角だけ蛍光灯を灯した薄暗い食堂で、私はひとり酒を楽しんでいた。
「恭遠……?うっ……なんだこれは……?アルコール臭い……」
「ふふ、大人にはこういうものが必要な時もあるのさ。
スナイダーはどうしたんだい?」
スナイダーがこちらに近付き、私の正面の席に座る。
スナイダーが食堂に現れるのは珍しい。
空腹で夜食を探し歩くようなタイプではないと思っていたのだが……。
「……以前、ジョージが『切ない時にはお腹をいっぱいにしろ!』と言っていたのを思い出した」
「はは……ジョージらしいアドバイスだな」
そう答えると、スナイダーはフッと軽く微笑む。
その顔が何故だか、とても美しいもののように見えた。
……いけない……酔ったかな……?
酔うと視界がぼやけて、一緒にいる相手が普段より魅力的に見える事がある、とどこかで聞いた気がする。
「それで……切ないっていうのは?何かあったのかい?」
「…………」
スナイダーは答えない。
答えにくい事だったのだろうか?
「……もしかして、エンフィールドに関係する事かな?」
「……!わかるのか……?」
スナイダーが目を大きく見開く。
瞳がきらきらしていて、とても綺麗だ。
「はは……レジスタンスのスナイダーとエンフィールドも、いろいろあったから……
もしかして、と思ってね」
「『英雄』のスナイダーとエンフィールドが……?」
私が苦笑して見せると、スナイダーは考え込むように俯く。
「私で良ければ、話を聞こうか?」
困っている事があるなら、何か力になれないだろうか。
そんな気持ちを込めて尋ねる。
だが、スナイダーは首を横に振った。
「いや……俺の話より、『英雄』のスナイダーとエンフィールドの話を聞かせて欲しい」
「そうか、そうだな……」
何を話せば良いだろうか。
私は少し考えて、口を開く。
「……では、私の知っている範囲での、彼らの話をしようか」
私は酒を口に含みながら、思い出すようにして語り始めた。
エンフィールドはブラウン・ベスの後をよく追いかけていた事。
スナイダーはエンフィールドの淹れた紅茶が好きだった事。
二人で遺跡の発掘に出かけた事。
エンフィールドが夏祭りの射的で最高得点を出した事。
ハロウィンに、クリスマスに……その他、いろいろな事を。
スナイダーは時折相槌を打ちながら、静かに聞いていた。
しかし、その瞳にだんだんと暗い影が差す。
「スナイダー……?もしかして、何か嫌な思いをさせてしまったかな?」
「いや、違う……。ただ……俺は……」
スナイダーが俯く。
そして、ぽつりと言った。
「……羨ましい……」
「え?」
「『英雄』のスナイダーが、羨ましい。
……俺の兄は、俺に冷たいからな」
自嘲気味に笑う。
それはまるで泣きそうな声音だった。
いつも自信満々で、不敵な表情をしている彼からは想像できない程に弱々しい姿だった。
「そうか……」
私はスナイダーの頭を撫でた。スナイダーは子供扱いするなと言いたげだったが、その手を振り払う事はしなかった。
「寂しいのは、嫌だよな。でも……私には、
君がエンフィールドに依存しすぎているように見える」
「依存?」
スナイダーがこてり、と首を傾げる。
その仕草はずいぶんと幼く、可愛らしい。
「そう……好きなものは1つだけじゃなくて良いんだ。
何か代わりになるものを見付けなさい。
絵を描くとか、楽器を奏でるとか……
料理やスポーツをするのも良いかもしれないな。
そうすれば寂しさなんて気にならなくなるものだよ」
「代わり……か。なるほどな……」
夜闇の中で、スナイダーの紫水晶の瞳が煌煌と妖しく光っていた――……