ドールスナ(藤雲石)「スナイダー!僕のお願いを聞いて欲しいんだっ!」
俺を見つけるなり、ろくな挨拶もせずに、若草色の髪のガキはそう言った。
「よっ。また来たのか、エンフィールド」
「あ、ジョージ師匠!こちらお土産です。日本の甘味とグリーンティーですよ!」
「ああ、いつもお土産サンキューな」
「スナイダーと作業台をお借りしても?」
「スナイダーが良いって言うなら俺は構わないぜ?」
「……おい、俺抜きで話を進めるな」
とはいえ、コイツの要件など容易に察しが付く。
どういつもの『趣味』だろう。
このエンフィールドというガキは宝石商……の、見習いだ。
親と一緒に世界中を駆け回っており、珍しいものや美しいもの、気に入ったものを手に入れると、ここ……ジョージの工房へとやって来る。
そして、ヤツは言うのだ。
「君の目に、この宝石を填めて欲しいんだ!」
――と。
「日本産のアメジストで、現地では藤雲石って呼ぶらしいんだけどね?薄くてピンクがかったパープルが何とも儚げで神秘的だと思わないかい?」
エンフィールドが小さな宝石箱を取り出した。
蓋を開けると中には薄い紫色をした宝石があった。
「へえ〜!これはまた綺麗だなぁ……」
ジョージが感嘆の声を上げる。
俺も内心では素直に驚いていた。
アメジストと言えば濃淡の幅が広い宝石だが……目の前にあるものは淡い色合いをしている。
しかもそれが、角度によってキラキラと輝いているのだ。
まるで、今にも消えてしまいそうな雪のように。
「どうだいスナイダー?いいかな?」
コイツは、この石が俺に似合うと思っているのだろうか?
……思っているから持ってきたのだろうな。
そう思うとどうにもむず痒いような照れくさいような気持ちになる。
「……好きにしろ」
俺の言葉を聞いた瞬間、エンフィールドの顔がパァッと明るくなった。
その顔を見ると何故か胸の奥がくすぐったくなる。
「じゃあさっそく……」
俺たちは作業台に移動する。
ジョージが作業台の前の椅子に座る。
エンフィールドが箱ごと石をジョージに渡す。
俺も作業台の隣の椅子に座って目蓋を閉じた。
カチャカチャカチャ。
キュッキュッ。
するっ。
カチリ。カチリ。
ぐりぐり。
キュルキュル。
「……よし、目を開けて良いぞー」
しばらくしてジョージの声がした。
ゆっくりと目を開く。
「……どうだ?」
そこには茫然とした表情で俺を見つめるエンフィールドが居た。
「……?どうした?」
いつもは目を取り替えた後は、顔を赤らめたりにこにこと嬉しそうに笑っているのに。今日に限って様子がおかしい。
そんなに似合わなかったのだろうか。
たしかにあの石は儚げで俺の柄ではないと思うのだが……。
期待はずれだと思われただろうか?
どうにも気まずくて、思わず目を逸らした。
その瞬間。
「だめ……」
ふと、そんな呟きが聞こえた気がする。
と同時に、ドスッと重たいものが俺の腹に体当たりしてきた。
「っ!?おい!エンフィールド!?」
「スナイダーが消えちゃうよぉぉぉ!!!」
「はぁ!?」
「だって君……すごく綺麗なんだもん!!このままどこかに行ってしまいそうだよ!!」
「……っ!?」
本当に何を言っているんだコイツは。
「嫌だ……どこにも行かないで、ス゛タ゛ー……!!」
ついには目からボロボロと大粒の涙を零し始めた。
「分かった!分かったから離れろ!」
「ははっ、エンフィールド、スナイダーに鼻水付けるなよ〜?」
「はっ、じじょ〜……ずびっ」
「あぁもう!ほらチーンしろ!」
「ズビーッ!……ありがとうスナイダー。君はやっぱり優しいね!」
「フン……」
「もう少しこうしてて良い…?」
腰に腕を回して、まとわりついてくる。
正直に言えば邪魔だ。
だが、何故かその腕を振りほどく事ができない。
「……好きにしろ」
「うん……」
ちらちらとこちらを見上げては、顔を赤くしたり、目に涙を浮かべたり、頬ずりしたりしている。
「はぁ……スナイダー……綺麗だ……すき……」
「…………」
おかしな奴だと思ってはいたが、今日は一段と情緒不安定だ。
この瞳の宝石のせいだろうか?
「真実の……愛……」
「ん?」
ふとエンフィールドが小さな声で、呟いたのが耳に入ってきた。
「アメジストの宝石言葉だよ。『誠実』『心の平和』『真実の愛』」
「ほう…?」
「君に相応しいと思ったんだ。それに……ぼく……スナイダーが……す……き……」
エンフィールドがぱたぱたとまばたきを繰り返す。
どうやら泣き疲れて眠くなったようだ。ガキか。
いや、出会った頃に比べればいくらか大きくなったが、コイツはまだ子供だったな。
「おい、ここで寝るな。起きろエンフィールド!」
肩を揺らしてみるが、すやすやと小さな寝息が聞こえてくるだけだ。
「まったく……仕方のない奴だ……」
結局、俺の膝を枕にしたまま、エンフィールドは眠りに落ちてしまった。
「さてと、じゃあそろそろ帰るよ。またねスナイダー!ジョージ師匠もまた!」
「おう!また来てくれな〜」
「フン……」
エンフィールドが帰って行くのを見送った後、ジョージが話しかけてきた。
「なぁスナイダー。お前アイツのこと嫌いか?」
「……嫌いでは、ない」
「じゃあ好きか?」
「……わからない……」
人間としては、喜怒哀楽がはっきりしていて、素直で、面白い奴だと思う。
俺の事が好きで、そう……一目惚れだと言っていたな。
『ドール』は基本的に人間に愛される事を望む。
だから、あいつが俺を愛してくれているのはとても嬉しい。
けれど。
あの時……エンフィールドに強く抱き締められた時に感じたのは『嫌悪』でも『歓喜』でもなく――『恐怖』だった。
「スナイダーが消えちゃうよぉぉぉ!!!」
「だって君……すごく綺麗なんだもん!!このままどこかに行ってしまいそうだよ!!」
俺がいなくなってしまうと思った時の、エンフィールドの悲痛な叫び声が頭の中で何度も繰り返される。
もし俺が居なくなってしまったら……壊れてしまったら……あいつは……どうなってしまうんだ?
またああして、涙を零すのか?
そう考えると胸が締め付けられたように苦しくなる。
俺は一体どうしてしまったというのだ。
「……なぁ、ジョージ」
「ん〜?」
「『好き』とはどういうものなんだ?」
「ははっ、それは難しい問題だな〜!」
「ジョージにも分からないのか?」
「ああ。俺にも分からない。ゴメンな?」
「……そうか……」
俺はエンフィールドに対してどんな感情を抱いているんだろう。
この胸の痛みは何なんだろう。
この答えを見つけるまでにはまだ時間がかかりそうだ。