ああ、また失敗した。
足元に這いつくばりながら謝罪の言葉を繰り返す『社員』にメノウは落胆の色を隠さずこれ見よがしにため息をつく。
たったそれだけでびくりと大きく肩を震わせ、どうにか自分に許しを乞おうと縋りついてくる姿はあまりに無様で滑稽で、いっそ哀れみすら感じる。
そして同時に、己はこの光景をあと何度見なければならないのだろうかとうんざりする。
この前の社員は才能がなかった。削除。
その前の社員は頭が悪かった。削除。
そのまた前は忠誠心がなかった。削除。
最初のうちは多少の愛着や同情もあったかもしれないが今となっては思い出せない。
ゲームのリセットボタンを押す感覚だ。
気に食わなかったらやり直せばいい、取り替えてしまえばいい、代替えはいくらでも現れるのだから。
誤解があるといけないので言っておくが、こちらとしても喜んでリセットボタンを押しているわけではないし、出来れば押したくは無いのだ。
新しい物を手に入れて今度こそはと思うのに、蓋を開けてみればハズレハズレハズレ、ハズレのオンパレード。いい加減飽き飽きしてくる。
処分するのだけは許して欲しい、家族がいるから見逃して欲しいとみっともなく喚き散らすくらいならそもそも失敗しなければいいのに。
どうして我社にはこうも愚者ばかりが集まってしまうのか。こちらが指示するでもなく、ゴミと化したソレを視界から追い出してくれるコウテツを少しは見習って欲しいものだ。
コツコツとヒールが床を鳴らす音が近付いて、メノウの三歩後ろで秘書が頭を下げる。
「ヒスイ様がいらしてます」
通せと目配せをして待っていれば、秘書に手を引かれて弟がやってきた。
「いそがしいのにごめんなさい」
遠慮がちに発せられたその言葉を聞き、メノウは目尻を緩ませる。床に片膝をつきまだ幼い弟と同じ目線になってその丸い頭を撫でてやった。
「今日はどうしたんだい」
「タダシせんせいからおてがみきた?」
タダシ先生?
視界の端で秘書がサインを送る。
「きたとも。元気でやってるそうだ」
嘘だ。
サインは『e』、消去された元社員だ。今頃は人型を保ってもいない。先生というからには教育係のひとりだったのだろう。
「よかった…せんせいやくそくおぼえてたんだ」
頬を綻ばせ喜ぶ弟の顔を見て僅かに記憶が蘇る。
この無垢な子供に正義だとか愛情だとか余計なことを吹き込もうとした男がいた。もしかしたらそいつの話をしているのかもしれない。
『子供にあんなことをさせようだなんてあんまりだっ』
『あなたたちには人間の心がないのか!?』
処分されることがわかっても命乞いよりそんなことを叫んでいた。
使える駒だったと思う。優秀な駒だったと思う。
ヒスイのことも自分の弟のように面倒をみていたという。
しかし愚かな正義感に酔いしれていた。削除。
「あたらしいせんせいは、いつくるの?」
「そうだな、夜寝て朝起きるを3回したら来ると思うよ」
「さんかい! はやくあいたいなぁ」
新しい出会いに期待を膨らませ弟は無邪気に笑う。その足元に数え切れない屍の山があるとは知らずに天使のような笑顔をみせた。
新しい教育係はうまくいったのかって?
なかなか順調にみえたがふとした時に我々の計画の片鱗を知ってしまった。
タイミングが悪いのも困ったものだね。削除。