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    らくがきとSSと進捗/R18含
    ゲーム8割/創作2割くらい
    ⚠️軽度の怪我・出血/子供化/ケモノ
    現在はカムエセでなんか好き勝手にかいてます
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    2020/03/15 過去作投稿
    『彼は誰のユーフォリア』収録
    ---
    本編エンディング後から一年後、楽園の未踏区域の調査を任命されたメレフがカグツチととある洞穴に足を踏み入れる話です。
    ※巨神獣とブレイドに関する強い捏造・自己解釈を含みます。
    ※レックス他本編内のパーティメンバー、ユーゴ、ワダツミが出ます。

    ##SS
    ##Xb2
    ##Xenoblade

    彼は誰のユーフォリア白と黒の煙が舞う機械の街の中を、女は一人歩いていた。
    砂混じりの風がひゅうと吹いて、彼女の黒髪をなびかせた。見覚えのある街は賑わっていた。硬い石畳の広場では子供たちが楽しげにはしゃぎ回っていて、その向こうには堅牢な要塞としての機能を備えた巨大な皇宮が鎮座している。
    彼女はそれを見上げ、違和感を覚えた。壁面は日の光を浴びて反射している。皇宮へと続く橋の柵は真新しい。よく見れば今まさに歩いている地面の石畳もより綺麗に敷かれている。構えられている砲台も彼女の目に見慣れぬ姿をしていたが、その様相からそれらは彼女が知っているよりずっと高度な技術で生み出されたものだと推測できた。
    砂塵に打たれ至る所で錆や傷を見せている、それが彼女にとっての見慣れた風景だ。記憶と違うその景色をただ呆然と眺めていると、遊んでいた子供の一人が目の前に飛び出してきた。ぶつかると判断し身を逸らそうとしたが避けきれず、だが子供は彼女の体に衝突することなくするりとすり抜けてそのまま走り去ってしまった。
    「……っ……」
    彼女は驚いて思わず振り返る。体をすり抜けていった子供はそのまま走り去ってしまった。彼女に気づいていない。それどころかその周りにいる他の人々もそうだ。誰も彼女という人間を認識していない――まるで彼女という人間はそこに存在しない「亡霊」であるかのように。
    見知っていながらどこか見慣れぬ風景。人々に認識されない自分。それは彼女にあることを思わせた。これは故郷の未来の姿を描いた「夢」なのだと。その考えは自然に彼女の中に浮かび、一人納得した。驚きはしたが、不思議と悲しくはなかった。仮に此処が未来の故郷だとしたら、彼女が居なくなった先にも「帝国」は存在し続けている――そう自身が考えているという証なのだから。
    彼女は皇宮に続く道を進んでいった。正門を抜けた先には兵士達が見慣れた形で整列していた。誰かが兵士達に演説しているらしく、奥側から男の朗々とした声が聞こえる。どこか聞き覚えのある、穏やかな水の流れに似た声だった。彼女は数十人の兵士の塊の横を抜け、彼らの前で話している者の顔を見やった。語る男は紺の髪に藍色の瞳を持っていた。装飾的な礼服をまとい、腰には佩刀している。だがそれは、エーテル光を湛えてはいなかった。
    「…………――」
    彼女はその剣を凝視し、そして弾けるように彼の「背後」を見た。誰もいない。だが、誰がいないのかが分からなかった。誰もいないという事実に何故か彼女は酷く驚き、気づけば駆け出していた。元来た道をとんぼ返りし、街を抜け、荒野へと続く橋までたどり着き、そして叫んだ。
    「――……、……」
    名前を呼んだ、はずだった。しかし言葉が出てこない。声が出ないし、そもそも「何」の名前を呼ぼうとしたのかが自分でも分かっていなかった。記憶に靄がかかっているようで思い出せない。けれど呼ばずにはいられなかった。呼ばなくてはならない気がしたからだ。何度声を張り上げても喉からは音が出ず、彼女はやり場のないもどかしさを覚えた。
    周囲の砂塵が強くなる。びゅうと俄かに突風が吹き、彼女は反射的に顔を覆った。しばらくして風が弱まり、ようやく恐る恐る腕を下ろした彼女は眼前に突如現れたものの姿に驚いた。
    「…………――」

    ――その彼女の目に飛び込んで来たのは、紺青の瞳を持った見たこともない「巨神獣」の姿だった。












    彼は誰のユーフォリア




    「どうなさいました?疲れが取れていらっしゃらないようですけど」
    手入れの行き届いた黒い外套を手にしたブレイドは、眉間を押さえてため息をついているドライバーに呼びかけた。その声に振り向いたドライバー、メレフ・ラハットはやや渋い顔のまま返答する。
    「いや、いつもより少し早く目が覚めてしまっただけだ。大したことはない」
    「……あの机では説得力がありませんよ」
    メレフのブレイド、カグツチは苦笑いをしながら執務机に目をくれた。上に積まれたままの書籍や報告書などの紙山は、几帳面なメレフらしからぬ乱雑さを見せている。説得力がないとはその通りだと気まずさを覚えながら、メレフはカグツチの用意してくれた外套を羽織った。
    「仰っていただければ喜んでお手伝いしますのに。最近ずっとあのままではありませんか」
    「急ぎの仕事ではない、個人的な調べ物だ。お前は気にしなくていい」
    突っぱねた声色にならないよう、彼女は努めて口調を和らげた。カグツチが自分を案じてくれているのは分かっていたが、今調べている事柄はひとまず自分一人で噛み砕いておきたい、メレフはそう考えていた。そんなメレフの様子をなお心配しながらも、カグツチは主人の意向を優先して頷いてくれた。
    「……さて、そろそろ刻限だ。皆も揃い始めている頃だろう」
    メレフは軍帽を手にし、目深に被った。スペルビア特別執権官と、その従者である帝国の宝珠は、懐かしい顔ぶれを思い出しながら顔を見合わせる。
    「はい。参りましょう、メレフ様」
    分厚い鋼鉄の扉は、いつもよりも軽やかに開いたような気がした。


    「『楽園』の公式調査――ですか」
    「ええ」
    遡れば半月ほど前の話だ。スペルビア皇帝ネフェル・エル・スペルビアは確かにそう口にし、目の前に立つ従姉へと頷いて見せた。
    「ようやく……、といったところですね。貴女も知っている通り、世界樹の崩壊からのこの一年、『あの地』の扱いについては各国で何度も話し合いが行われてきました。あの地の扱いは未だ難しい……ですが貴女と彼らの力があれば、進展ができる可能性が見えてきた」
    穏やかな顔つきの少年皇帝は、メレフに向けて言葉を続ける。
    ――世界樹崩壊・楽園発見から一年。それはネフェル直々の依頼を告げるための召集だった。
    内容は次のようなものだった。「楽園」の、特に未踏区域の調査。創造主・クラウスの遺した豊穣の地「楽園」は、世界樹崩落直後に国家を擁する巨大巨神獣と一つとなり、広大な大地を生み出した。その広さは、仮に名前を与えるならば「大陸」とでも呼称するのが良いのかもしれない。
    広大な領域ゆえ、人々は未だ全ての場所に足を踏み入れていなかった。主だった国家の巨神獣とは陸続きになってはいたものの、特に各巨神獣と接地した地点から遠い中心部の扱いは未だ慎重に行われていた。故に特定の国の人間だけを送ることは長らく困難な状況となっていたのだ。だがいつまでも手付かずで置いたままではいられない、そこでメレフ及びレックス一行に白羽の矢が立った。彼らは種族も出身も越えた集まりでありながら各国の首脳からの信頼も厚かった。彼らを代表として楽園の未踏地を調査する、それはスペルビアやルクスリア、インヴィディアといった大国の多くや、アヴァリティアを始めとした有力な商会から了承・賛同を得て決定された案だった。
    「ですから貴女と、そして貴女と共に旅をした彼らに依頼したい。楽園の調査……、どうです、やってくれますか」


    「メレフ、カグツチ!久しぶり」
    扉を開いた二人の姿に一番に気づいたのは、金色の瞳を持った少年だった。その嬉しげな少年の声を皮切りにして、すでに集まっていたかつての仲間達の視線が次々に二人へと注がれる。
    「レックス、皆。息災で何よりだ」
    懐かしい戦友達の顔ぶれに、メレフの頬は自然と綻んだ。レックスだけではない、ホムラ、ヒカリ、ニア、ビャッコ、そしてトラ、ハナ。仲間達の殆どがそこに揃っている。多くの者に見た目の変化がない中、トラとレックスは年頃の少年らしく成長していた。特にレックスは子供特有の細さがなくなり、背丈もホムラやヒカリと同じほどまで伸びている。けれどその純真さと前向きさを秘めた黄金の瞳は、かつて見たものと変わりなかった。
    「……あら?ジークとサイカはまだ来ていないのね」
    揃った面々のいる客室の中をぐるりと見回しながら、カグツチはそう口にした。もちろん彼らにも来てくれるよう依頼の書簡は出したはずだ。今回の件はゼーリッヒ王も賛同してくれている。きちんと連絡が届いていたならば彼を通じて話も付いているはずなのだが。
    「まーた何かのトラブルに巻き込まれてるんじゃないの?例えばまだ行ったことない国にサイカと二人で行ってみようと考えてて、モンスターに追いかけ回されたりとか」
    「いやそれはちょっと……ありそうだから困るな」
    ニアの言葉に突っ込みかけたレックスが言い直す。それを聞いて皆あれこれと会話する中、メレフは部屋の時計を見やった。そろそろ出立の刻限だ。各国の首脳も支援する重要な任務であり、何よりスペルビア帝国皇帝・ネフェルの直々の頼み。それを果たすためにも出発の準備を始めなくてはならなかったが――――
    「すまん!遅うなったわ」
    「お、おまたせ……!もおぉ王子!フェリスの群れに追いかけ回されんかったらもっと早う着けとったのに!」
    とそこへ話題の人物達が転がり込むように姿を見せ、皆が目を丸くした。息を切らして駆け込んできた彼らの格好は心なしか――いや明らかに満身創痍といった様相だ。ニアの茶化した予想はおおよそ的中していたらしい。その姿を見た一行は苦笑するほかなかった。だがこれで全員が揃った。その事実に感謝しつつ、メレフは一つ咳払いをする。
    「……では、改めて今回の任務について伝えたい。聞いてくれるか」

    目的地である「楽園の未踏区域」はこのスペルビアから向かうこととなっていた。単にスペルビアから向かうのが最短距離となる位置が調査対象という理由もあったが、それだけではなかった。目的地は巨神獣の体の一部で出来たと思しき険しい山岳が侵入者を阻んでいた。また入り江も存在するらしく、徒歩で入り込むのは難しい。面倒なことに軍の船を繋留させておけそうな場所もないため、近づける位置まではスペルビアの船で移動し、そこからセイリュウの力を借りる手筈となっていた。
    メレフは一行に説明しながら彼らの顔つきを観察した。誰もが嬉しげで、新たな冒険に期待するかのような表情を浮かべていた。かつて背中を預けた戦友達は、一年の時を経ても強い絆で結ばれていた。

    「――さあ、それでは出立するとしよう。『楽園』の地へ」

    ◆◆◆


    「皆良いか?ひとまずあの岩場に降りるぞ」
    巨神獣の低い声が、その背に乗せられた者達に投げかけられる。巨神獣の背に乗った人間とブレイドの一行は、その声に各々答えて着地に備えた。
    巨神獣の双翼が大きく風を引き裂いた。巨神獣は水で出来た入り江の数メルト上を滑るように飛び、そして比較的平らな岩場の上に着地した。
    「ここが――……」
    着地した巨神獣の背から、乗せられていた人間とブレイド達が降りてゆく。未知の場所故に恐る恐る降りる者もいれば、
    「すっげー……!皆、早く早く!見たことないものがいっぱいだ」
    一行の中心となってきた少年、レックスのように目を輝かせて飛び出して行く者もいた。
    「ちょっとレックス!待ちなってば」
    「仕方ないわね、もう……」
    「ふふ、こんな時くらい良いじゃありませんか。ね?ニア、ヒカリちゃん」
    そんな会話をする三人の少女も、先行くレックスに続いて岩場に降り、彼を追う。トラやハナ、ジークやサイカも彼らに続いた。
    「……やれやれ、落ち着きがないな」
    新たな大地へと飛び出していった彼らの背を見ながらメレフは苦笑した。そしてようやく巨神獣の背から降り、見慣れぬ大地へと足をつける。彼女の傍らにいたカグツチもまた、ドライバーに従って大地へと降りた。
    「ですが分からない訳ではないのでしょう?彼らの気持ちが」
    メレフの呟きにカグツチは問うた。普段は落ち着き払った態度のカグツチの声にも、期待と興奮の色が僅かに滲んでいる。そしてそれは、メレフもまた同じだった。
    「……そうだな。正直私も浮き足立っている」
    ひゅうひゅうと柔らかな風が吹いていた。セイリュウの背の上にいた時にはまだ赤かった空が少しずつ白んでゆく。夜明けが訪れようとしていた。メレフは歩き出さず、ただ風に吹かれながら新天地の広い大地を眺めていた。
    「メレフ、カグツチ?お前さん達も行くのじゃろう?それとも何か見つけたか」
    「セイリュウ殿」
    大地に降り立ったものの皆とは逆に留まっている二人を、翼竜の巨神獣が怪訝そうに見つめた。
    「いえ、ただ眺めていただけです。……美しいと思いまして」
    「ほぉ――」
    柔らかな風が、セイリュウとメレフの間を駆け抜けていった。セイリュウはメレフの答えを聞いてゆっくりと目を細めると、静かに二人へ頷いてみせた。
    「美しい、か。……そうじゃな、儂もそう思う」
    悠久の時が紡ぎ、そして人々の前にあらわになった大地の姿に、彼もまた思うところがあるようだった。メレフはそんな彼の姿を一瞥すると、仲間たちが向かっていった方角へと顔を向けた。
    「……では我々も皆に続くとしようか、カグツチ。セイリュウ殿はいかがなさいますか」
    「いいや、儂はここで待っとるよ。皆にもそう伝えてくれ」
    穏やかな声だった。その返答に二人は頷いて返すと、ようやく身を翻し岩場から歩き出した。

    「……セイリュウ殿が我々を下ろしてくれた場所より起伏が激しいな……」
    メレフはそう言いながら、波打ち際の岩場を歩き進めていく。降り立った場所から少し進んだ大地はごつごつとした岩がそこら中に転がっており、足場が良いとはとても言えなかった。
    「足元に気をつけろ、カグツチ。雲海の上の巨神獣とはどうも勝手が違うようだ」
    「は、はい。ご心配ありがとうございます」
    カグツチもまた、先行くドライバーに続いて慣れない地を進んだ。だが軍用のグリーブを身につけているメレフとは違い、その地はカグツチにとって相当歩き辛い場所のようだった。歩む速度に差がついて、二人の距離が少しずつ離れてゆく。メレフは振り返り、時折己のブレイドを待ちながら進んだ。
    「カグツチ?……休憩を取るか?」
    メレフは前方と後方を確認しながらカグツチに合わせて進む速度を落とした。カグツチはそのメレフの様子に申し訳なさを感じたのか、首を振って苦笑を見せた。
    「い、いえ、お気遣いは無用で……きゃっ――」
    「カグツチ!」
    しかし痩せ我慢が祟ってか、その直後に足を取られて体勢を崩した。カグツチの声を聞いたメレフが振り返る。彼女はすぐさま駆け戻ると、カグツチへと手を差し伸べた。
    「大丈夫か?……ほら」
    足を崩してしゃがみ込む姿勢になったカグツチが、手を差し出したメレフの顔を捉えた。彼女の顔から先程までの困惑した色が消えて嬉しげな微笑みへと変わり、彼女は差し出された手をそっと握った。
    「ありがとうございます、メレフ様」
    握り合った手を引いてカグツチを助け起こす。そしてメレフは一つふぅとため息を漏らし、心配げにカグツチを見た。
    「……すまない。なるべく平坦な場所を選んでいるつもりだったのだが……、お前には歩きにくい場所だな。もう少し着陸地点を吟味すべきだったか」
    「いえ、メレフ様に非はございません。それにもう少しでこの岩場も抜けられますから、どうか私のことはお気になさらず……」
    「そうもいくまい。私がお前に合わせて歩けばいいだけの話だ」
    先に進めと言いたげなカグツチにメレフは言葉を重ね、握り合っていた手に少しだけ力を込めた。
    「……それとも私がお前を抱えていく、というのも良いかもしれないな?」
    「そ、それは……その、……ちょっと」
    その突拍子もない言葉に戸惑いを覚えたのか、カグツチの頬が僅かに赤みを帯びる。その様子が何やら面白く思えて、メレフはふっと笑いをこぼした。
    「じ、自分で歩く体力なら残っています。メレフ様のお手を煩わせるわけにはまいりません」
    「そうか。ではこのまま行こう」
    焦る姿を見せるカグツチを横目に、メレフは再び前を向く。カグツチがまだ何か言いたげだったように見えた気がしたが、内容は会話せずとも分かっていた。言葉を聞く代わりに握り合った手を離さず、彼女はカグツチの動きに合わせてゆっくりと進み始めた。
    入り江に打ち寄せる波の音が心地よかった。生まれた時から見続けていた雲海はとうにない。深い、深い青色をした水の「海」は、一年経った今もやはり目に馴染みのない姿だった。それに複数の巨大巨神獣をも上回るほどの広大さを持つ「楽園」の大地もまた見れば見るほど特異なものに見えた。一年前のあの日、セイリュウの背の上で見た光景――巨神獣達が次々と集い、ひとつの大地へと生まれ変わってゆく姿――から察するに、今まさに歩いているこの大地自体も、かつて雲海の上で生命を育んだ巨神獣であろうということが推測できた。彼らは遠い昔に雲海へと沈み、そしてこうして自分達がやってくるまでただひっそりと待ち続けてくれていたのかもしれない。
    そのようなことに思いを巡らせながら歩を進めていたメレフは、ようやく岩場を抜けて砂混じりの草地へとたどり着いた。
    「……やっと抜けたか。皆は――」
    「おぉーい、メレフ、カグツチ!こっちこっち!」
    その二人を呼ぶ声が投げかけられる。二人が声の方へと身体を向けると、やや遠くに自分達より先へ向かった仲間達の姿があった。
    「もー、おっそいから来ないのかと思っちゃったよ?早く早く!」
    ニアが待ちきれなさそうな表情で手を振った。ニアだけではない、ヒカリやトラ、ビャッコ。彼らは皆、ようやくやって来た二人に向けてそれぞれ嬉しげな表情を浮かべていた。
    「ああ、すまない。今行く!……さあ、皆に追いつかなくてはな。走れるか?」
    「はい、問題ありません」
    カグツチの答えを聞き、メレフは握り合っていた手に微かに力を込めた。人間の手のひらよりあたたかな蒼い炎の熱がメレフの心を高揚させる。
    「では行こう、カグツチ」

    皆が待っていたその場所は背の低い植物がまばらに生えており、先程の岩場よりずっと歩みやすかった。メレフ達のいる所から百数十メルトほど離れた場所には森が見えていて、メレフは何となしにその木々の隙間へと視線を投げた。
    「む……」
    彼女の視線が僅かに鋭くなる。幾らかの影が木々の合間を駆け抜けていく様子が見えたからだ。恐らくこの地に住むモンスターであると思われた。体躯の大きさや影の形から察するにジャガールの近縁種かもしれない。だがメレフの目にはリベラリタスやテンペランティアに生息していたものより一回りは大きく見えた。
    「…………」
    彼らもまたメレフ達の存在に気づいたようだ。微かな敵意のこもった視線を感じる。
    「……いかがなさいますか?」
    メレフは無言を回答とした。そう、ここは一行にとって未知の場所だ。何が起こるかは分からない。例えば誰も見たことがないような凄まじい力を持つモンスターがいたとしても、そしてそれらが凶暴で攻撃的な性質であったとしても、何らおかしくはないだろう。だが無闇に手を出すのは得策ではない。彼らからすればメレフ達は「侵入者」だ。後先も考えずに手出しをして返り討ちに遭うわけにはいかないし、そもそもいたずらにモンスターの生命を奪うわけにもいかない。一行はモンスター討伐に来たわけではなく未踏の地の調査に来たのだから。
    二人は動かず木々の奥に潜む先住者を捉え続けた。そうしてしばらく睨み合っていると、やがてモンスターは森からは出て来ずにその奥へと姿を消した。それを確認し、炎の輝公子は警戒を解くように一つため息をついた。
    「……この地の生き物……か。戦いにならずに済んだのはいいが……」
    「調査中にも注意が必要そうですね」
    カグツチが同意するように頷く。何もあれだけしか生息していないなどというわけがない。道中も警戒を怠らず任務をこなす必要があるだろう。共に来た仲間達にも改めて注意を促しておくべきか、などと考えながら、メレフは止まっていた足を再び進めようとした。
    「……あら?」
    カグツチが不意に膝を折った。メレフも動きかけた体を止める。カグツチはじっと地面を見つめていた。足元には小さな野の花が群生していて、彼女はそれを指してメレフへ呼びかけた。
    「……メレフ様。この花、少し見覚えがあると思いませんか?」
    その言葉にメレフも足元へと視線を落とした。花は夕日を思わせるような美しい橙色だ。小さな花が寄り集まって一つの花を形作っているらしく、ポンポンと丸い形をしている。葉は三枚の複葉で、植物自体の背は高くない。確かに何処かで見たような、と彼女は思考を巡らせ、そしてふと思い当たるものを頭に浮かべた。
    「……サンセットクローバーか?」
    カグツチが頷く。
    「スペルビアでよく見られる野草ですね。植物の根付きにくくなった我が国でもよく繁殖する生命力の強い種。ですが、原産地は我が国ではありません」
    カグツチの言葉にメレフも記憶を辿らせる。植物それ自体には博識ではなかったものの、思い当たる逸話があったような気がした。
    「……数百年前から既に我が国は巨神獣が衰退の兆候を見せていた。故に時の皇帝がそれを危惧し、当時友好関係にあった小国から資源となり得る動植物を輸入した……という話があったな」
    そう言いながら、メレフもカグツチの隣にしゃがみ込んだ。丸く可愛らしい花に触れる。確かにそれは故郷に馴染んだ野の花とよく似ていた。
    「恐らくこの花は近縁種ではないかと。一帯の植生を調査しないことには断言できませんが、もしかしたら……今私達がいるこの大地は、スペルビアに関わりがあった巨神獣の一部かもしれませんね」
    その地は生命に満ちていた。それらはもちろん先程の「先住者」や今ここに咲いている花だけではない。正式に調査を行えば、絶滅されたとされる生物や希少な資源、もしくは全くの新種の動植物が数多く見つかることだろう。
    「……楽園、か」
    楽園。
    創造主クラウスが遺した、ひとの生きる新たな大地。神とされ、アルストの生命の父であり、そしてただの「ひと」であった彼が自分達に託したもの。まさに人々が思い描いた夢物語を体現したようなその場所は、あまりに大きく、美しく――
    「……豊か過ぎますね」
    傍らのブレイドが、そう呟いた。その呟きはメレフ以外の誰の耳にも留まることなく、柔らかな微風に流れて消えた。
    ……そう、豊か過ぎた。戦と資源不足で疲弊し閉塞した日々を送っていたアルストの人類には。生い茂る木々、大地に暮らす数多くのモンスター達。ただこうして見るだけで、この地が豊穣の地グーラにも劣らぬ――いや、それを遥かに超えるほどの肥沃さと広大さを持ち合わせた大地であることは簡単に分かった。メレフはその漠然とした、けれども確かにそこに存在する途方もない希望に、一抹の不安を覚えた。
    「そうだな、豊かで美しい……だが私には、戦争の引き金がそこら中にあるようにしか見えんな」
    ただ淡々と言葉を口にした。傍らにいたブレイドは同じく落ち着いた口調で返答を告げる。
    「…………この地を前にすれば、目が眩まぬ者の方が少ないでしょうね」
    この「楽園」の地は今現在、アルストの人々の誰も足を踏み入れていない……少なくとも公式には。各国から正式な任務を与えられて調査を任されたのはメレフ達が初めてだ。アーケディアがイーラと交戦を開始し、そしてレックス一行がメツを打ち倒すまでの数日間。その僅かな間に、いくつかの巨大巨神獣はマルベーニによって膨大なエネルギーを消費させられた。そしてそれらに追い打ちをかけるかの如く、メツの操った無数のデバイス達が数多の巨神獣とそこにある国々を灼いた。それから一年、アルストに生きる人々は甚大な被害からまだ癒え切っていない。……しかし、それは永久に治らぬ傷ではないのだ。
    「アルストの人々は、我々は必ず立ち直るだろう。時間は掛かろうともな。問題はその後だ。この豊穣の地を、誰がどのように扱うか……それを取り決めることは急務といっていい。……恐らく簡単に済むような話ではないのが残念だが」
    メレフは苦笑し、そして腰のサーベルにそっと触れた。頭を抱えたくなるほどに重要で厄介で面倒なその難問は、遠くない未来にアルスト人類に降りかかる。ましてやメレフの祖国にとって楽園という存在は全てが「喉から手が出るほど欲しい」ものだった。スペルビア帝国は長きに渡り滅びの瀬戸際でもがくように生きてきた。楽園の持つ途方もない資源は彼女の祖国を救うに違いなかった。だがそれは他の国とて同じことだ。程度の差こそあれ、アルストの国々は皆疲弊していた。皆そうだ。子供のわがままにも似た自分勝手な欲望などまかり通る訳がないということも、彼女はとうの昔に理解していた。
    「……それを握らなければならないことが起きると?」
    目を落としていたサーベルが微かにエーテル光を揺らめかせる。それを見つめながらメレフはサーベルの持ち主に向けて首を振った。
    「そうならないよう努力はするつもりだ。……だからこそ、私達は今ここに来た。そうだろう?」

    ◆◆◆

    気づけば太陽は一行の真上まで登っていた。何もかもが目新しいその大地はその場にいる全員の興味を引いてやまなかった。とはいえ、手当たり次第に向かっていったところで研究者や専門的な知識を持った調査団ではない彼らだけでは全ての詳細を知ることは叶わない。急ぎ調べるべきなのは今後の調査の拠点とし得る土地はあるか、そしてモンスターなどによる危険はどの程度か、といったことだ。皆で集まって昼食を取りながら、午後に行うべき事柄を整理する。
    「……それで、ここから先は深い森ですも。メレフ達がモンスターを見たと言っていたのはこの辺りでしたかも?」
    簡単に作られた地図に向け、ハナが指を差して確認する。そこにニアがパラータを頬張りながら自分の得た情報を挙げ、ビャッコが補足し、さらにそれに続いてホムラとヒカリが推測を述べる。皆の情報を照らし合わせ、少しずつ近辺の情報が形作られていく。
    「せやけどとんでもなく広いもんやねえ。こないなもんがずうっと雲海の下に眠ってたやなんて想像もつかへんかったわ」
    地図を眺めていたサイカが目を丸くして感嘆の声を上げた。確かに、と皆も口々に同意の声を上げる。調べれば調べるほど興味深かった。ジークなどはこんなにおもろい場所ならワイが一番乗りで楽園に来たかったわ、などとぼやいている。トラやレックスが自分だってそうだと笑い合うのを聞きながら、メレフはかつての旅の道中を思い出し微かな笑みを零した。

    「午後はどう調査を進めていくべきかしらね。大まかな地形は分かってきたから、一旦手分けして調査してみるのもいいかと思うんだけど」
    そう提案したのはヒカリだった。地図に描かれた大地を見つつ、思案するように口元に手を当てる。
    「バラバラになって調べるも?」
    「ワイはええと思うけどな。こんだけ人数がおんねん、ひとかたまりになっとるよりそっちの方が情報を集められるんとちゃうか?」
    ジークの言うことはもっともだった。調査したい場所は現在地付近だけでも増える一方だ。とはいえ危険がないとはいえない。例えば先程メレフ達が見かけたようなモンスターと出くわす可能性も否定できなかった。
    「危なくないでしょうか?遠くで誰かが孤立した場合、すぐに助けにはいけませんし」
    モルスの地でのような事態を案じているのか、ホムラの表情は心配げだ。他の面々も考えていることは同じなのだろう、肯定半分否定半分といった面持ちを見せている。
    「そうね……、離れ過ぎないってことは重要かも。じゃあどうすればリスクを下げつつ調査を進められるか考えてみない?」
    その言葉に皆も頷く。調査方法の案を全員で検討し、ルールを定めていく。各人の力量はかつての旅で皆お互いに熟知していた。ただ守り庇われなければならないほど弱い者は一人もいないが、たった一人で孤立してあらゆる危険を退けられるほどの者もいない。人間一人、ブレイド一人でできることは限られている。なればこそ、守るべき規則を定めなくてはならない。
    最終的に一行は組を分けての調査を行うこととなった。ただしドライバーとブレイド同士は必ず一組で行動すること。現在地を中心に調査範囲を定め、各組の調査対象場所は全員把握しておくこと。視界の悪化による危険増大を避けるため、その日の調査は夕刻までとすること。万が一危険があればすぐさまこの場に戻ること。これらを遵守するという全員の了解のもと、午後の調査が開始された。

    メレフとカグツチは現在地から程近い場所にある洞穴へと向かうことになった。まばらに生えた木々を抜け、二人はその入り口へとたどり着いた。
    「……ここか。さて、どんなものが見つかるか……」
    そう呟きつつ、メレフは入り口周辺を軽く観察する。見えている入り口は二人が今立っている地面とはやや様相が違っていた。おそらくはそこから先は別の巨神獣の作った大地で、今メレフの立っている巨神獣の大地と接触しているのだろう。巨神獣同士が繋がり一つの大地となる、改めて考えてみても興味深い現象だった。
    二人は洞穴に足を踏み入れ、先に進んでいった。洞穴はどことなくリベラリタスの雲海道やエルピス霊洞に似た雰囲気だ。人工的な照明など何もなかったが、空気中を微かに舞う燐光のおかげか完全な暗闇ではなかった。カグツチは歩き進めながらその燐光を観察する。
    「この光、エーテルを含んでいるようですね」
    「エルピス霊洞のものと少し似ているな。……あれらのように周囲のエーテルを吸収しているのか?」
    「いえ、そうではないようです。どちらかというとインヴィディアの燐光や噴気結晶の方が近いかもしれません。ここには霊洞のような息苦しさはありませんから」
    ブレイドや巨神獣とは違い、人間であるメレフにはエーテルの流れを常に感じることはできなかった。今いる洞穴の閉塞感はかつて旅の中で味わったそれと似ていた。だがそのカグツチの返答からして、脳裏を掠めた想定は杞憂に終わったようだ。
    「ならいい。……奥へ向かおう」
    メレフはカグツチに頷き、再び洞穴の奥へと顔を向ける。何か起きればすぐ引き返す。それだけは意識しつつも、二人は新たに見つけた場所へ密かに心躍らせていた。そして二人はさらに歩みを進めていき、そして開けた奥地にたどり着いた。
    「これは……」
    メレフは己の目に飛び込んできた光景に思わず息を呑んだ。ぽっかりと開けた空間の中に点在する楕円形の物体。それの零す柔らかな光は透き通る翠玉色で、全てのブレイドを管理する役目を持った「彼女達」を彷彿とさせる。
    命を孕み、育むもの。そこは――
    「巨神獣の……胎……」
    イーラの亡骸にあったものと同じ、巨神獣達が生まれ変わるための場所だった。
    メレフとカグツチはしばし呆然としたようにその空間を見つめていた。そう、かつてモルスの地に落ちた一行が見つけ出したものと同じものだ。しかし内部の様子自体はイーラとは全く違っていた。メレフが内部へと一歩踏み出すと、それを追うようにカグツチが続いた。
    「どういう……ことだ?ここにいるブレイド達は、変態の最中だというのか?」
    「恐らくは。大元の巨神獣自体は世界樹崩壊よりずっと前に雲海下へと沈んだものと思われますが……この大地、まだ生きているのでしょう」
    二人は恐る恐る「卵」の一つに近づいた。淡く翠玉色に光る卵からは、はっきりとした鼓動を感じられた。内部にいるブレイド……いや巨神獣の「胎児」は生きていた。洞穴がブレイドを巨神獣として生まれ変わらせる「胎」としての機能を保っていたこと、これこそがイーラの巨神獣と異なっていた。そして違う点はもう一つあった。
    「人のいた痕跡はない……か」
    そう言いながらメレフは空洞の中を見回した。エルピス霊洞のように化石化が進んでおり脆いのか、天井部からぱらぱらと壁面のかけらが落ちてきた。人工的な金属質の壁で覆われていたイーラと真逆だ。イーラのような祭壇も壁画もなく、人の手が加えられた箇所は全くといっていいほど見当たらない。ただ純粋な「生命の育まれる胎」だった。
    この洞穴のある巨神獣がかつてどのような巨神獣だったかは、見ただけではわからなかった。だが恐らくこの場所は、少なくとも人間の目に入ることのないまま今この時まで存在し続けていたのだろう。
    「……とんでもないものを見つけてしまったな」
    喜びにも驚愕にも困惑にも似た形容し難い感情がメレフに笑いを零させた。そう、大発見だ。かつて一行がモルスの地へと落ちた時に見つかったイーラの亡骸から、この世界におけるブレイドと巨神獣の生命の循環はあらわとなった。一度は古王国イーラがたどり着き、けれど聖杯大戦と共に失われ、そして再び人々に知られることとなった世界の理。それを読み解く鍵が目の前にある。メレフは眼前の巨神獣の胎児をじっと見つめた。
    「……以前から疑問だった。そもそも何故、巨神獣とブレイドの循環は長くにわたって人々に知られなかったのかというのがな。我が国がどれだけ巨神獣を重用してきた?巨神獣兵器の技術に長けた我が国が何故、胎を見つけられなかったと思う?」
    メレフの語る言葉は問いというよりも確認に近かった。この世界の命の循環の仕組み。それに何故スペルビアを含めた国々は、アルストの人類は気づけなかったのか。カグツチは口元に手を当て思案する。
    「……胎を持つ巨神獣自体が少なかった。ブレイドを巨神獣に生まれ変わらせることが可能な巨神獣は限られていた……と?」
    メレフは顔を上げてカグツチを見やった。視線は肯定の意と言って良かった。
    「単なる予想だ、そうでない可能性もあるだろう。だが私は理由の一つがそれではないかと踏んでいる。兵器として利用してきた巨神獣達どころか、生き永らえさせるためにその体躯のあらゆる場所に機械改造を施してきたスペルビアの巨神獣からすら、胎は見つかっていなかった。……ただの一度さえも」
    巨神獣がコアクリスタルを生み出すということは人々に広く知られていた常識だ。彼らは生物の居住地となるほどの巨大な巨神獣のみならず、数メルト程度の小型の巨神獣でさえもコアクリスタルを生み出す力を持っている。だが巨神獣が巨神獣を生む「胎」は違った。一度でも見つかっていたならば、メレフもカグツチも、そして共にイーラの胎を見つけ出した仲間達も驚いてなどいない。全ての巨神獣が胎を持っているならば、いかに長きにわたって法王庁がコアクリスタルの管理を行いその事実を秘匿し続けていたと仮定しても到底隠し切れるものではないだろう。ならば「胎を持つ巨神獣の存在自体がきわめて希少だった」という考えが二人の脳裏に浮かび上がるのも道理だった。
    「何か……共通点はあるのでしょうか?例えばこの地とイーラの巨神獣に……。それを見つけ出せれば、今まで巨神獣の胎が発見されてこなかった理由も推測できるかもしれませんね」
    「そうだな、その可能性はある。これまでに見つかった『胎』自体あまりにも少なすぎるが……糸口さえ見つかれば――」
    メレフは真剣に巨神獣の胎児を観察しながら答える。彼女の口調はやけに熱がこもっていた。そのメレフの姿を、カグツチは少し不思議そうな視線で見つめた。
    「……貴女がここまで巨神獣の生態系にご興味がおありとは……、正直意外なのですが。それとも何か別に気にかかることが?」
    その言葉にメレフは顔を上げた。確かにカグツチの言う通りだった。スペルビア軍においての主戦力はドライバー兵と巨神獣兵器で、その点を言えば彼女は一般的な程度より詳細な知識はあったが、極論を言ってしまえば巨神獣の成り立ちなど知らなくても困ることはない。兵器の作り方を知らなくても使い方さえ知っていれば兵器は運用できるのだ。彼女は軍人であって学者ではない。そのメレフが巨神獣の胎児に対し強く惹きつけられているさまは、彼女をよく知るカグツチだからこそ不思議に見えたようだった。カグツチを見上げた彼女の顔は変わらず真剣な様子だった。彼女は一度だけ卵へと視線をやり、呟いた。
    「…………このところ、よく夢を見るんだ。遠い未来のスペルビアを」
    広い胎の中は静まり返っていた。聞こえるのはメレフの声だけだった。
    「未来の夢だ、もちろん私の姿はない。そこは帝都で、人々が街中を歩いている。そして皇宮には皇家の血族が変わらず人々を導いている姿があって…………だが、何かが欠けている」
    「欠けている……?」
    メレフは瞳を閉じた。平凡な夢だ。彼女が思い描いたそれは特別変わった内容ではない。だがそれは、国を愛し守りたいと願ってきたメレフにとって「ただの夢」と捨て置いて良いものではなかった。ある未来について抱いていた疑問。それは遠い遠い「先」のことで、恐らくメレフには縁のないまま終わるであろうこと。僅かにためらい、けれど小さくため息をつき、そしてメレフは口を開いた。

    「……欠けているのは『帝国の宝珠』――お前だ、カグツチ」

    ――それは、いつしかスペルビアが迎える『帝国の宝珠のいない日』の夢だった。






    「刹那の関係が永遠の関係へと変わる」――金眼の王子のその言葉を、蒼炎のブレイドは繰り返し反芻していた。
    王都襲撃から間もなくして訪れたその場所は、当のブレイドである彼女にすら想像だにしていなかった理が記されていた。巨神獣とブレイド。その生命の流れは一方通行ではなく、ブレイドの生命もまた別の生命へと循環する。
    「亜種生命体・ブレイドの寿命はコアクリスタルがある限り永遠」――そう、ずっと語られてきた。だがそれは正確ではなく、ブレイドもまた生命を生まれ変わらせる時が来るのだということ。そしてそれは全てのブレイドへ等しく訪れるであろうということを、蒼炎のブレイドに教えた。
    宿の椅子に座っていた彼女はため息と共に天井を仰ぐ。筆を持っていた手はすっかり動きが止まっていた。正直なところ、戸惑っていた。それを書き記すべきなのか。出会った人々や体験した出来事、その全てを忘れたくないと願い、彼女は長く日記を綴ってきた。それは「今の」彼女よりも前からずっと続けられてきたことで、それが当然だと彼女は考えていた。何かを書き残すことに戸惑いを覚えるなど、一度もなかった。
    「どうしたんだい?君が日記の手を止めるのは珍しいね」
    「そうかしら」
    少し離れた後方で明日の支度をしていた真白のブレイドが呼びかけてくる。振り返って見れば、彼の横で得物の手入れをおこなっていた自らのドライバーもまた彼女を見つめていた。
    「そうですよ。貴女はいつも、何事も丁寧に記録を残そうとしていますから」
    彼らは日記を綴る趣味を持たないが、彼女が大事にしている日課に関しては理解があった。だからこそ手の止まっている彼女の様子に気がついた。彼女は綴りかけのページを一瞥し、筆を置いた。
    「……あの『胎』のことを考えていました。とても不思議で、どこか不気味さもある。けれど……美しい場所だと」
    迷いながらも率直な思いを口にする。そうすることで形の定まらないそれを固められるような気がしたからだ。それを聞いた真白のブレイドと藍の瞳のドライバーは同意するかのように笑みを浮かべた。
    「確かに神秘的な場所だったね。あのようにして巨神獣が生まれ出る……。ブレイドのコアクリスタルが巨神獣から生まれるとは知っていたが、巨神獣が巨神獣をも生み出していたとは」
    「同感です。私もまだまだ知らないことばかりだと驚かされました」
    二人の素直な肯定に、彼女は再び自分の内の思いを省みる。自分の抱いている感情の正体が分からなかった。書き記したくないのではなかった。ただその理の中にも確実に自分は含まれるという事実は、はいそうですかとあっさり受け入れるには大きすぎた。名状しがたいとはこういうことを指すのだろう。二人を見ていると戸惑っているのは自分だけなのだろうかとすら思えてしまった。彼女は返答が出ず、ただ蒼い指先で開いたままの日記をなぞった。
    「……書けないなら、今無理に書くこともないのでは?」
    その言葉に、蒼い指先が動きを止める。ドライバーは彼女に向けにこりと笑ってみせた。
    「うまく言葉にならないならまた後で書き記すのでも良いかもしれませんよ。今日急いで答えを出さずとも、ゆっくり考えてみれば整理がつくでしょうし」
    その時彼女の中で何かが腑に落ちた。そうだ、焦る必要はどこにもないのだと。全ての思考や感情をすぐに消化出来る者などいない。戸惑いは間違いではなく、それもまた彼女の抱いた感情の一つだった。今はただその存在を認めることだけでいい、少しずつ紐解き、それから結論を出せばいい。
    「……はい」
    迷いを隠しきれない、けれど安堵の混じった笑みが彼女に浮かぶ。真白のブレイドとドライバーはただその彼女を見守っていた。ドライバーは手にしていた剣を傍らに置き、それから再び口を開いた。

    「……私は……、『あの場所』を見ることが出来て良かったと思います。……また一つ、あなたたちのことを知ることができて……嬉しかった」




    風も流れぬ白銅の洞穴には、孕んだ数多の胎児達を除けばただ二人しか存在しなかった。
    メレフの瞳は、カグツチを捉えたまま毅然とした緋色を宿したままだった。カグツチは、何も言わなかった。口を閉じたまま、翠玉の卵の前に膝をついて自身を捉えているメレフをただ見つめ返していた。
    「……お前がブレイドである以上、『その日』はいつか必ず訪れるはずだ。『帝国の宝珠』という肩書きなど関係なく、な」
    そう言うとメレフは再び言葉を切った。だがその顔にも言葉にも感傷や嘆きの色はない。ただ真剣だった。人が呼吸をするくらい当たり前の事実をただ述べているに過ぎない。だがその短い言葉が示すものは二人の祖国の根幹をも揺るがしかねない事柄を指し示していた。

    ――スペルビア帝国。エフィムという人間を始祖とし、「帝国の宝珠」という肩書きを持つブレイドと同調した人間が頂点となる資格を与えられる国。それは数百年という昔から現代まで続けられてきたしきたりで、メレフとカグツチの同調こそがその何よりの証左と言ってよかった。スペルビアという国は、長きにわたって「帝国の宝珠」という存在に依存してきた。
    スペルビアの命運を担う、帝国の皇旗たる二つのコアクリスタル。彼らは常にスペルビアの皇族と共に在った。だが創造主の定めた生命の摂理において、彼らはあくまでただのブレイドに過ぎない。「帝国の宝珠」、「スペルビア最強のブレイド」、「皇旗」。……そんな人間の付けた肩書きは、彼らブレイドの変化に対し何の拘束力も持っていない。いつかスペルビアが「帝国の宝珠のいない日を迎える」こと。それは、絶対的な未来としてメレフの目の前に存在していた。

    「なぁカグツチ」
    傍らの生命の塊に、メレフはそっと指先で触れた。その内から湧く翠玉の光は胎児の鼓動に合わせて僅かに揺らめいていた。
    「お前は国の至宝だ。帝国に在る限り、お前は尊ばれ続けるだろう。だからこそ『帝国の宝珠』が存在しなくなったとしても立ち行くスペルビアを作らねばならない。……だが」
    その時、ずっと同じだった声量がほんの微かに落ちた。毅然とした声に小さな揺らぎが生じ、緋色の瞳が瞬いた。
    「もしいつか本当に『その日』が訪れた時……、我が国はどうなるのだろうな。スペルビアは、我々は――お前がいなくても、前に進んでいけるのだろうか」
    「――…………」
    仄暗い白銅色の空間は、再び時が止まったかのような沈黙に包まれる。風の吹かぬ洞穴の中で、胎児達の息づく光のみが時を表しているかのようだった。答えは返らない。だがそれも当然だというような気がして、メレフは自分の内に湧いた表現しがたいやるせなさに瞳を閉じた。
    「…………すまない。お前からすれば面白くもない話だったろう――」
    「メレフ様」
    言いかけたメレフの謝罪を、鈴を振るような声が遮った。気づけば視界は蒼く、メレフの手はよく知った温もりを感じていた。彼女は呆気に取られ、何も言えないまま一つ瞬きをした。
    「メレフ様。…………貴女の中では、もう答えが出ているのではありませんか?」
    その声は優しかった。むしろ、嬉しげだった。傍らに跪いた蒼いブレイドは何かを諭すかのように柔らかく微笑み、言葉を続ける。
    「……貴女の仰る通りです。ワダツミも私も、突き詰めて言えば『普通のブレイド』と変わりはしない。私達はいずれスペルビアから姿を消すのでしょう。……ですが陛下やスペルビアの民、そして誰より貴女を見ていて思うのです。私達がいなくなったとしても、スペルビアは……アルストは巡る。それを理解し信じておられるからこそ、貴女は『夢』を見たのではないでしょうか」
    メレフはその言葉に息を呑んだ。カグツチの言葉に迷いの色はなかった。
    夢とは無意識の表れだ。喜びや怒り、不安といった感情を如実に描きだす。光景が現実とはかけ離れていようとも、そこで覚える思いは偽りではない。だが夢はメレフのものであって、メレフの向けた問いにカグツチがどう思うかは別の話だ。
    「…………恐ろしくはないのか」
    再び問うた声はカグツチのそれとは真逆の硬さのままだった。ブレイドの巨神獣への生まれ変わりは人間だけでなく彼らにとってもなす術のない定めに違いなかった。それは彼らがいずれ抱く衝動、もしくは備わった本能であり、抗う方法は存在しない――ごく僅かな例外を除けば。生まれ変わる時、ブレイドは紡ぎ重ねてきた記憶の全てを失う。そして命は繰り返さぬものへと変質し、個ではなく全の一部となる。出会ってきた全てのものを忘れたくないと願い、記録を綴り続けてきたこの蒼炎のブレイドの同一性は、その時完全に失われる。巨神獣になるとは、そういうことだ。

    「恐ろしくないと言えば……嘘になります。これまで巡り合ってきた人々や経験を、私は決して忘れたくありません。だからこそイーラの胎を見て驚き、戸惑いを覚えました。ですが私は……何処かで知っていたような気がするのです。『長い循環の果て、ブレイドはいずれドライバーの元から離れて巨神獣へと生まれ変わる』ということを」
    だがそのメレフの問いに、彼女はなおも穏やかな声で答えた。青い手のひらがメレフの触れていた命の塊に添えられる。彼女はどこか懐かしげにも取れる眼差しでその卵を見つめていた。
    「巨神獣とブレイドは人と共に生きるもの。……クラウスの定めた理は覆せません。けれどメレフ様、貴女は――あなたたちは一人ではありません。それもまた、何十年、何百年と時が過ぎようと覆らないでしょう。そう……たとえ――」
    卵に向けられていた視線が不意に外れる。さらりとなびいた長髪の間からメレフを捉えたのは、「夢」と同じ光を湛えた紺青の瞳だった。

    「――貴女が、私というブレイドの最後のドライバーとなったとしても」

    そう告げると蒼のブレイドは再び笑みを浮かべ、両手でメレフの手を取った。
    ――事実。そう、それは事実だ。それは遠い遠い「先」のことで、恐らくメレフには縁のないまま終わるであろうこと。けれど気の遠くなる程に低い可能性で、メレフ自身にも起こりうること。炎の輝公子はしばし呆気に取られたように帝国の宝珠を見つめ返し、それからふっと小さく笑いを零した。
    「…………全く、意地の悪い喩えだ」
    「あら、そうでしょうか?」
    カグツチは悪びれることなく笑みを湛えたままだ。その表情を見たメレフはすっかり毒気を抜かれ、参ったとでも言うようにため息混じりの返答をする。
    「少しな。だが……」
    緋色の瞳が瞬いた。そこには決して悲しみの色はなく、あるのはただ深い肯定の色だけだった。
    「…………お前の言う通りだよ、カグツチ」

    ◆◆◆

    「――あ、メレフー!カグツチー!おかえり!」
    「ご無事でなによりです。お怪我などございませんか?」
    昼間の集合場所にはいくらかの仲間が戻ってきていた。二人の姿を捉えたニアがぶんぶんと手を振っていて、傍らのビャッコもまた恭しく頭を垂れる。同じく戻ってきて休憩していたらしいトラとハナも、メレフ達の姿を認めて駆け寄ってきた。
    「聞いても聞いても!トラ達すんごいもの発見しちゃったんだもー!」
    「鉱床ですも。以前のアルストでは見つかっていなかった鉱石がたくさんあるように見えましたも。広くて全部は見て回れなかったのですけども」
    「アタシらだって面白いもの見つけたよ?でっかい岩みたいなのがある場所なんだけどさ、その周りがやけに背の高い植物ばっかりで…………」
    皆は口々に発見したものを語り出す。新たな動植物。見たこともない秘境の地。それらを早く誰かに教えたいとばかりの語り口に、メレフとカグツチは顔を見合わせて笑った。そうして過ごしていればジークとサイカが戻ってそれに加わり、再び話が盛り上がる。そんな中最後に戻ってきたのはレックスとホムラとヒカリで、彼らもまた興奮と喜びに満ちた表情を見せていた。話は尽きない。誰の話を聞いても飽きることはなく、誰もが語る者の話を熱心に聞いた。

    「メレフ様とカグツチ様はいかがでしたか?何か興味深いものなどはあったのでしょうか」
    「私達か?」
    皆からの楽しげな報告もひと息ついたところにビャッコの問いが投げかけられる。他の面々の視線もメレフとカグツチに注がれた。皆期待に胸を膨らませているかのような表情だ。
    「ええ、もちろん。あんなものが見つかるだなんて思いもしませんでしたね、メレフ様?」
    そう答えたカグツチは、クスリとくすぐったげに笑ってメレフへと顔を向けた。
    メレフは息づく胎児達の姿を脳裏に思い浮かべる。開けた白銅の空間。そこに点在する、翠玉色の命の塊。それはきっと巨神獣とブレイドと、そして人々の絆をより深くするしるべとなるに違いなかった。
    ――いつかの遠い未来。そして、明日かもしれない未来。その僅かな『可能性』に思いを馳せながら、メレフはカグツチに頷いてみせた。

    「ああ、皆もきっと……驚くに違いない。私達が見つけ出したものは――――」
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