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    らくがきとSSと進捗/R18含
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    2020/09/20 過去作投稿
    アンソロジー寄稿作品
    ---
    マルベーニを思い歌を歌うファン・レ・ノルンの話。
    ※規約の再録制限期間終了のため掲載。

    ##SS
    ##Xb2
    ##Xenoblade

    賛歌それは聖堂内の何処かから聞こえていた。
    柔らかな風を思わせるような澄んだ歌声は、人気がなくなったその場所によく響いた。
    「——……、————……」
    歌声の主は法王庁の女神の異名を持つブレイド、ファン・レ・ノルンだった。穏やかな夜風が彼女の薄い羽衣を揺らし、豊かな髪を梳いてゆく。歌は続いた。
    「……————……、…………——」
    透き通る声は朗々と響き続ける。敷地内に僅かにいる警備兵や神官達は、それぞれその声に耳を馳せていた。
    ファン・レ・ノルンの歌。頻度こそ高くはないものの、それは法王庁に住む者であれば大抵が知っている有名な話だ。それはいつも真夜中に聞こえてくる。一人で法王庁の庭内を歩き、夜風に吹かれ、月光を浴びながら歌声を響かせる彼女の姿は、それを目にしたもの全てを虜にする。それがいつから行われるようになったのかは、誰も知らない。だがその噂はいつしか広まり、今となっては彼女の歌を聞くためだけに訪れようという人がいるとまで言われるほどだ。
    「————、——………………」
    歌が終わった。彼女は閉じていた目をゆっくりと開き、自身の前にそびえ立つ白壁の大聖堂をその瞳に捉えた。その中には彼女のドライバーたる男がいるはずだ。既に執務を終え、きっと今頃は休息を取っている頃だろう。
    ファンの立っている区内の庭園と、ドライバーがいる部屋のある位置はかなり離れている。おそらくファンの歌は彼の耳に届いていない。もちろん、わざとだ。彼の休息を妨げてしまうことは避けたかったから、彼女はいつもこの場所で歌っているのだ。だが夜の教区内は警備兵程度しか行き来する者はおらず、常にしんとした静寂に包まれている。そう、これだけ静まり返っているのであれば、この声が風に乗って己がドライバーの元へ届くこともあるかもしれない。
    「……なんて、少し自分勝手かしら」
    そんな淡い期待にも似た思いが胸中をかすめ、ファンは一人クスリと微笑した。もう夜も遅い。やや冷えた夜風は吹き続けている。彼女はブレイドであって、風邪を引くわけではないのだが、そろそろ自室に戻って明日の勤めに備えるべきだった。ファンは聖堂内へと踵を返した。涼やかな風と透明な黒の空を楽しみながら、広々とした廊下を歩いてゆく。
    「……あら……?」
    その途中、あるものがファンの視界に映り込んだ。
    人影。ファンの足がはたと止まる。種族柄の上背の高さ。ここはアーケディア法王庁なのだからアーケディア人がいるのは当たり前だ。だがその人影は僧兵や神官ではなかった。顔がうかがえる位置ではなかったが、ファンがそれを見まごうことはあり得なかった。
    「……聖下……」
    ファンの胸がどきりと跳ねる。己がドライバーその人だ。既に眠りについているのだと思っていたが、どうやら彼はなんらかの理由で起き、そこにいたようだった。彼は法王庁の長く白い廊下に取り付けられた窓の一つを開け、そこから外へと目を向けていた。
    彼がこのような夜中に出歩いているのは珍しかった。何か心配事があるのだろうか。心を煩わせるような問題があったのだろうか。ならば話を聞き、少しでも彼の力になりたかった。しかし、声をかけることで却って思考の妨げとなってしまうのではないか——そう思うとどうにも行動するのがはばかられ、彼女はやや離れた場所でドライバーを眺めていることしかできなかった。
    ドライバーの横顔は、いつもと同じだった。穏やかで、冷静で、けれどどこか、自分には分からない何かを見つめつづけているかのような。ファンにはその「何か」が一体なんなのかと幾度も気にかかったことがあったが、いまだそれを察することはかなわなかった。しばしの逡巡ののち、半歩進む。
    「マルベーニ、聖下」
    ためらいがちな声がドライバーの名を呼んだ。窓の外に目を向けていた男は声のする方へと振り向き、その目にファンを捉えた。
    「ああ、……君か」
    「その、聖下……。明日に差し支えます、もうお休みになられた方がよろしいかと思うのですが。それとも……何か、お気にかかることがあるのでしょうか」
    ゆっくりと歩み寄りながら問うた。やはり、心配なのだ。己のドライバーという存在が。決して頼りない人物ではない、むしろファンは心から己がドライバーに信頼を寄せていた。だからこそ力添えしたい、想いを分かち合う存在になりたかった。そのファンの声色と表情を受けてか、ドライバーはふっと笑みをこぼした。
    「いや、ただ教区内を眺めていただけだ。今日も無事務めを果たすことができたと思ってね」
    「そう、ですか」
    「……?ふむ……何やら心配をかけたようだな。すまないね」
    いえ、と呟くように返事をする。取り越し苦労だったようだ。彼の表情は、やはりいつもと変わらない。彼は黄金の瞳を瞬かせ、穏やかで冷静な微笑みをファンに見せた。
    「ああそうだ、先ほど君が歌っていた歌を聴いたよ。衛兵や神官達の話題に登るのも頷ける。皆いつも君の歌を心待ちにしているようだからね」
    「き、聴いていらしたのですか!?」
    ドライバーの言葉にファンの顔が赤く染まる。聴こえてなどいないはずだと思っていたのに。衛兵や民達がファンの歌の感想を伝えてくることはままあったが、ドライバーから直接歌について触れられるのは今この時が初めてだった。
    「ああ。今日はひときわ静かな夜だろう、そういう日はたまに君の歌が聞こえてくることがあるんだよ」
    どうも、彼がファンの歌を耳にしたのは今宵が初めてではなかったようだ。決して謙遜する必要などないのだが、その事実にどうにも照れ臭さが押さえきれなかったファンは口をつぐんで微かに顔を俯けた。
    「恥じることはない、君の歌は皆が認めているだろう。『法王庁の女神』に相応しい力だ」
    「……相応しい……」
    俯いていたファンにドライバーが歩み寄る。声に応じて顔を上げてみれば、そこにはよく見慣れた穏やかな男の顔があった。その声と表情に、ファンの内の動揺が少しずつ鎮められてゆく。
    彼女は己がドライバーという存在を誇りに思っていた。敬虔なドライバーは、法王という地位に何百年もの間就き続けている。それは人々を導く存在たることを自らに課しているゆえだ。並みの人間に成せる業ではない。彼だからこそなし得ている、そうファンは確信し、その彼を尊敬していた。だからこそ、彼女は同調してからの長い長い時を彼の傍らで過ごしてきたのだ。
    『法王庁の女神に相応しい力』——その言葉こそ、敬愛する己がドライバーに認められているという何よりの証ではないかと思えた。
    「……っ、聖下」
    思い切って呼びかける。鏡を見ずとも自らの頬が紅潮していると分かった。認められた嬉しさが、もっと彼の力になりたいという願いが、ファンの胸中を弾ませる。
    「私、以前から考えていたことがあるのです。……人々に、歌を教えたいんです」
    「歌を?」
    ファンは頷いた。
    「私は法王庁で過ごせることを、聖下のお傍にいられることを光栄に思っています。アーケディアの教えは人々を救い、導くもの……。私はその聖下の説かれる教えを、もっとたくさんの民に伝えたいのです」
    気づけば熱弁する口は止まらなかった。錫杖を握る手のひらに力がこもる。
    ——ファン・レ・ノルンは歌うことが好きだった。彼女は法王庁に伝わってきた伝統的な聖歌だけではなく、彼女が良しとするものを描いた歌を歌ってきた。例えば生きとし生けるものを慈しむ歌。母なる大地である、巨神獣を礼賛する歌。そして、長きに渡り法王庁の柱として在り続けた、偉大なるドライバーを尊ぶ歌を。
    「ですからどうか……、民に歌を教える機会を与えて下さいませんか。聖下に認められた力を皆の役に——聖下のお役に立てたいのです」
    言い終わると同時に彼女の琥珀色の瞳が瞬いた。返答を待つ。ファンはそれをいくらでも待つつもりだったが、彼はあっさりと口を開いた。
    「もちろん。君がそう思ってくれるならぜひ任せよう。……そうだな、では時々で構わない、聖歌隊の子ども達に歌を教えてやってくれるか。君から歌を習えば皆もより熱心に取り組むに違いないだろう」
    そういうと彼女のドライバーはふっと微笑んでみせた。窓から注ぐ微かな星月の光が、彼の御空色の肌を照らす。ファンはひどく高邁な存在を目の当たりにしているような心地を覚えた。やはり、この方は自らが仕えるに相応しいひとであると。自らの考えを受け入れ、良しとし、弱き民を庇護する彼こそが、人々を導く存在であるべきだと。
    「聖下」
    嬉しさがファンの声を弾ませ、喜びに躍る心が頬を緩ませる。彼女は眼前のドライバーの黄金の瞳を見つめ、跪いてこうべを垂れた。
    「ありがとうございます、聖下。このファン・レ・ノルン……、貴方のお傍にいられて、貴方のブレイドで……本当に幸せです」
    「そうか」
    男の黄金の瞳が柔らかく細められた。それは民を見る時と同じ視線だった。穏やかで、冷静で、けれどどこか——
    「……私も……、君のようなブレイドと同調できてよかったと思っているよ」

    ——ファン・レ・ノルンには分からない何かを見つめつづけているかのような。
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