ジあいば 書きかけ Adam、そしてEdenの七種茨と言えば、アイドルでありながらプロデューサー、そしてコズミック・プロダクションの副所長という特殊な立場にある男だ。事務所に置いては護られるべきアイドルでありながらその副所長でもあるため、社員からは上司として扱われ、その手腕は畏れ敬われている。
そんな彼の根城──副所長室は当然、社員にとっておいそれと入れるような場所ではないのだが、その場所に平然と入り浸る男がいた。
「いばらぁ、いますか?」
「はい。何かご用ですか?」
「いや別に、用ってわけじゃねぇんですけど。……まだ帰らないんですか?」
「自分はまだやらなければならないことが残っていますので」
ノックをした後に入ってきたジュンに、茨はパソコンへと向ける視線を逸らすことなく答えた。茨にとっても、ジュンがこの部屋へ来ることは当たり前になりつつある。
「ふぅん。……ねぇ、このタブレット使っても良いですか?」
「構いませんけど、ジュンこそ帰らないんですか? この後オフでしたよね」
「んー、まぁ……ちょっとやりたいことあるんで、暇つぶしさせて下さいよ」
「はぁ。……充電だけはきっちりして下さいよ」
「はい、ちゃんとします。……この間はすんませんでした」
先日ジュンが同じように『暇つぶし』でタブレットを使用した後、茨が使用しようとした際に充電がほとんどなくなっており叱責したことは、ジュンにとっても記憶に新しいらしい。
茨に対してある程度の図々しさを持つジュンは、親しき仲にも礼儀ありの精神をも持ち合わせており、それこそが茨にとってジュンが『居心地の良い相手』である所以のひとつだった。価値感が合致するわけではなくとも、一緒に居る人間をよく見て動き、嫌な気持ちにさせないのだ、漣ジュンという男は。
◇
「自分、そろそろ帰るんですが。ジュンのやりたいことはまだ終わらないんですか?」
「ん?……あ、終わったんすね、お疲れ様です」
「……ありがとうございます?」
とっぷりと日も暮れ、世間で言うところの定時の時刻も数時間過ぎた頃。ある程度の仕事を捌ききった茨はパソコンの電源を落とし、書類をファイルに収め直してから、応接用のソファーにジュンが座ったままだったということに気が付いた。まだ居たのか、こいつ。
「じゃあ、帰りますか。オレ腹減ったんで、飯行きません?」
「はぁ……? いや、あなた何してたんですか?」
「あ〜っと……? いや、別になんかしてたわけじゃなくて…………まぁいいじゃないですか。ね、飯、行きましょうよ」
適当に流された上、オレ行きたいとこあるんすよぉ、と言われて茨が連れて来られたのは、高級料理店でもなんでもなく、オムライスが売りだというチェーン店だった。
「いやオムライスって。子どもですか」
「えぇ、ここ美味いんすよぉ。ね、あんずさん」
「うん、美味しいよね」
いそいそとおしぼりで手を拭くジュンの隣、茨の向かいに座ったあんずは、緊張感の抜けた顔で笑いながら、同じようにおしぼりで手を拭いている。
「……と言うかなんであなたまで居るんですか」
「いやぁ、ES出る前にトイレ寄ったら、疲れた顔で歩いてるとこに会って。聞いたら飯まだだっつぅんで、連れてきちまいました」
「お邪魔なら帰るよ」
「いやここまで来ておいて帰れとは言いませんが」
はぁ、とため息をつきながら二人にならっておしぼりを手に取れば、ほっとした顔で良かったと笑うから調子が狂う。本当に追い出されるとでも思っていたのだろうか。
「つぅか二人とも、飯はちゃんと食べなきゃ駄目ですよ」
「栄養は取っているのでご心配なく」
「いやいや、それサプリとかでしょ?」
ちゃんと美味いもん食わないと、心の栄養が補えませんよぉ、なんて言うジュンを見ていると気が抜ける。
「あはは、言えてる。漣くんと打ち合わせでちゃんとご飯食べると、なんか元気出る気するもん」
「……いやそれなんか、馬鹿にしてません?…………にしてもやっぱ、ここのオムライス美味いっすねぇ……」
高級料理という訳でもないオムライスで心底幸せそうに笑うジュンに、二人は思わず顔を見合せる。あんずの言う通り、食べ物だけじゃなく「漣ジュンとご飯を食べる」ことに栄養がある、のかもしれなかった。
「……やっぱり馬鹿にしてるでしょ、あんたら」
「いえ、別に」
「そんなことないよ、美味しいね。誘ってくれてありがとう」
「そうっすかぁ……? どういたしまして?」