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    #アークナイツ
    arkKnights

    アクナイツ草案ロドスは、万年雪に覆われたウルサス領南端に連なる、龍の背のような山々の合間を二週間に渡って進航しつつ、比較的穏やかな日常を送っていた。快適に保たれている艦内では数多のオペレーターが各々に過ごし、発電施設は増加する電力を特段問題なく賄えている。進路制御班が言うには『新雪のせいで、荒野を進む時よりレバーが重い気がする』ようだが、前もって技術班が駆動部の出力機構を強化してくれていたおかげで、幅十数メートルはあろうキャタピラは力強く雪を踏み、重いなどでは表しきれないロドス本艦を背に黙々と進んでくれている。懸念されていたウルサス特有の極寒に起因するシステム障害は確認されず、また敵襲はおろか敵影もなく。オペレーター達が貴重極まりない長期休暇を満喫していれば、彼らの上に立つ代表達の仕事も三、四割ほど減少する。ロドス全体がゆったりとした連休状態となり、通常よりも多忙にしているのは駆動部に関わるサルカズ達と技術者、食堂を預かる者達くらいだった。

    嬉しいことに、本艦に問題はない。
    本艦のシステムは全て良好。
    繊細な機器類も絶好調。

    しかし人はやや不調気味だ。
    精密機器類とはまた異なる生物ゆえの繊細性に、代わり映えのしない景色と言う地味に堪える倦怠感、外の空気が吸えない気分的な息苦しさは〈病は気から〉と言う極東の諺を正しく理解させてくれた。そして移動都市が当たり前となった現代においては原始的な感覚と思われるかもしれないが、体が圧倒的な日光不足を訴えるのだ。

    アビサルの面々ですら、表には欠片も出さないものの不満そうである。

    何もかにもが幼い陸の文明を、溜息一つで評したアビサルハンター達。しかし彼女達が見出した〈いくつかのそれら〉の中には、海底には存在しない圧倒的なエネルギーを有する太陽と、単純ながら偉大な太陽光の恩恵がある。それらは乾燥へと形を変えて彼女達を試し続けているが、それでも雲間から降り注ぎ、光芒となって海中をも揺らがせる陽の光は、いくつかのそれらに含めても良い物だったらしい。

    それはともかく。
    窓から見える景色は、朝から夜まで猛吹雪の白一色。いつもなら良い眺めをのぞめる上層階の展望デッキは北風を直に受けるせいか、どの窓にも雪が張り付き、天候すら分からない程である。二週間も艦内に缶詰状態の心身を懸念した医療部は、適切な運動と規則正しい生活、バランスの良い食事に適度な甘味、つまりはゆとりある基本的な生活を頻繁に呼びかけた。

    しかしそれも今朝方に解決した。
    昨夜遅くに霊峰の風下へ入ったロドス本艦は、二週間ぶりに吹雪から逃れて静かな夜を過ごし、今朝は雲も僅かな清々しい朝を迎えたのだ。

    皆考えることは同じなのか、まだ夜も開けきらぬ時間帯から甲板は賑わいを見せている。雪合戦に雪だるま作りに、背伸びがてらのストレッチや運動ついでの除雪作業、暖かい飲み物片手にお喋りしてみたり、日の出をぼんやり待ってみたり。極寒なのにわざわざ外へ出てきたのだ。その片隅では可愛らしい防寒着とマフラー、手袋を着用したセイロンが、そろりそろりと氷柱に手を伸ばしている。彼女の鼻先は寒さのあまり赤くなっているが、初体験の雪と氷柱を前に純粋な笑みが零れた。シュヴァルツはマフラーに顔を埋めながらもセイロンの隣りに立ち、ホットチョコレートを手に笑い返している。

    「今日は良い天気になりそうですね、ドクター。」

    視線を少し下げれば、彼女が微笑む。
    大きめサイズの上着にモコモコのマフラー、手には二人分のホットチョコレート。やはり鼻先はほんのりと赤く、けれど深呼吸をして…ふふっ!とまた笑った。

    「おはよう、アーミヤ。」
    「おはようございます、ドクター。ホットチョコレートはいかがですか?ラテラーノの方々が作ってくださいまして、大好評なんです。」
    「ありがとう。」

    受け取れば、また微笑みが向けられる。
    その笑みには僅かな心配が含まれていたが、ドクターは何も言わずに霊峰を見上げた。イェラグのそれとはまた異なる、名も無き辺境の天を突く霊峰は、流れる雲すら越えて聳え立つ。

    「今日はケルシー先生も休暇を取られました。私もお休みをいただきまして…ドクターもたまにはお休みしませんか?」
    「二人が休むなら、私は出勤しないと。」
    「それが大丈夫なんです。あの大きな山々の影響で、この先少なくとも五日間は圏外エリアを進航することになります。どこともやり取りができなくなりますから、ロドスは完全にお休みです。」
    「あぁそう言えば…。」

    そんな内容のメールが来てた気がする…と呟きかけ、察したアーミヤはくすりと笑った。

    「お休みしましょう。ドクター。息抜きも大切ですよ。」
    「お言葉に甘えて休ませてもらおうかな。」
    「ふふっ、何して過ごしましょう。ジェイさんのお料理教室に参加してみますか?セイロンさんのお茶会とか、パフューマーさんのアロマ作り体験とか…楽しそうな集まりが沢山あるんですよ。夜間はミッドナイトさんやテキーラさん、ペンギン急便の方々がバーを開かれているそうです。」
    「前々から、皆色々な趣味があるとは思っていたけど…。」

    いまだ趣味の一つも見付けられていないドクターに、アーミヤはそっと微笑む。最後まで言わずとも察してくれる少女を視界の隅に、雄大な景色を眺めていたドクターは申し訳なさそうにホットチョコレートを一口飲んだ。それはデザート大国ラテラーノらしく濃厚で、香り良く、甘い甘いものだった。

    「大丈夫、大丈夫ですドクター。趣味を見付けるのはとても難しいことです。けれど急がなくても大丈夫。義務ではありません。極めないといけないものでもないんです。楽しめることが大切ですよ。」
    「そうだね。それなら今日は皆の集まりを覗いて回ろうかな。」
    「そうしましょう!」

    ピンッと兎の耳が立つ。
    もう数分で日の出だが、ドクターはあまりの寒さに耐えきれず撤退した。アーミヤもドクターのあとを追いかけて、寒い寒いと言いながら艦内に撤退したが、その足取りや耳の動き、歩みにつられて揺れる髪からはご機嫌な雰囲気が漂っていた。

    いつぶりかも分からないドクターの長期休暇。
    嬉しくて仕方がないのである。


    ​───────

    人は、己が体験した類の痛みしか理解できない。

    転んで、火傷して、風邪をひいて、骨折して、初めてそれらの痛みを知る。痛みを知れば、他者の痛みも理解し、共感から手を差し伸べるだろう。転んだ者には絆創膏を渡し、火傷した者に氷を運び、そっと包帯を巻けるようになるはずだ。

    だが痛みは恐怖を孕み、恐怖は理解を拒み、負の連鎖を生み出す場合もある。

    傷付けられて初めて知る痛み。親を失って初めて知る痛み。友を失って、居場所を失って、それまで当然にあった日常を失って初めて知る、精神を蝕まれるような痛み。目に見えない精神が一度でも蝕まれれば、この痛みを知る者同士だろうともそう簡単には助けあえない。転んだと知られることが怖くなり、渡される絆創膏とその手をも疑い、全てを隠し息を潜める。

    それが感染者の痛みだ。
    精神的、社会的、身体的痛みは世界を巻き込み、助け合うどころか、お互いを傷付け合う病へと拡大してしまった。

    しかし天地は無関心に全てを許容する。

    もし、もしも、これが本当に、感染してみなければ理解できない痛みだとしたら。理解はせども助けられない、助けて貰えない痛みだとしたら、こう考える者が出現するのも致し方ないのではなかろうか。


    お前も感染して、この痛みを思い知れ。


    致し方ないとの理解は示そう。
    しかし同意や肯定はできない。だが感染者の境遇を知るロドスは、ロドスだからこそ、その思考に辿り着いてしまった者は最早感染者と非感染者双方の害にしかならない存在であり、既に理解や同意、共感など求めていないのだとも理解できてしまった。


    彼らはただ、相手を感染者にできればそれでいいのだ。世界がそうさせてしまった、とも言える。
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