mission.聖夜の逃走劇 暁人は頭を抱えた。
この依頼は何としてもやり遂げなければならない。何としてもだ。
なのに頼りの相棒は厄介ごとの気配を察知したのか、早々にアジトを出て行った。お年寄りからのお使いみたいな依頼なんていつも率先して出かけたりしないのに、その違和感を気にするべきだった。
それを言ってもしょうがないことで、事態が解決するわけではない。
一人でもこの依頼に立ち向かわなければ。
この依頼は絶対に失敗しなければいけない。
暁人の目の前にある1件の依頼。
『KKさん、サンタさんをつかまえてください』
サンタさん。サンタクロース。クリスマスの夜にトナカイがひく空飛ぶソリで一夜にして世界中の子どもたちにプレゼントを届ける素敵なおじいさん。
…と、日本の幼い子どもたちの多くは思っている。 暁人も幼い頃はそう信じていた。
しかし、その子どもたちもいつか知るのだ。『サンタさん』は存在しない事を。厳密に言えばサンタクロースの資格なんて物も存在してそれを持っている人もいるらしいがそういう話ではなく、みんなの夢見る『サンタさん』の正体は多くの場合両親であると大ショックを受けるのだ。
閑話休題。
そして今回アジトに寄せられたのは、そんなサンタさんを信じている子どもからの依頼だった。まだサンタクロースの正体を知らない子どもたちの一部が時折言い出す、サンタさんに会ってみたいという望み。それは時に周囲の大人たちを困らせる。
それがどうしてこのアジトに依頼として届くのかと言えば、以前のオカルト部の中学生たちがKKに助けを求めてきたように、最近の子どもたちの間では不思議な事を解決してくれる『KK』はある種の都市伝説的存在として一部に知られているのである。その一部が本当にアジトのフォームにたどり着き依頼をしてきたわけだ。
せっかくのインターネットで直接「サンタさん 正体」を調べず、大人なら疑うだろうオカルト組織に真面目に依頼をしてくるところが大人には理解できないが子供の純粋でかわいいところだろうか。
とにかくそんな経緯でアジトにはサンタクロース捕獲の依頼がなされ、人生経験豊富な大人たちは何かを察知してそっと退避して若者に高難易度の依頼報告を託したわけである。面白がっている、なんてことは断じて無い。無いったら無い。
「こんなの、どうしろって言うんだよ」
報告書を睨みつけるがその手は全くというほど進まない。それはそうだ。実行していない依頼の失敗報告書なんて未だかつて書いたことは無いし、聞いたことも無い。
どうしたものかとサンタクロースのイメージを思い描く。赤と白の帽子と服で真っ白な髭をたくわえたおじいさん。加えて言えば、かなり恰幅が良い印象も強いかもしれない。アジトのメンバーで言えばデイルが一番ふさわしいだろうか。あの夜に目にした「ジャンボてるてる坊主」の調査報告のように彼にコスチュームを着てもらってそれらしい写真を撮り依頼成功の報告代わりにしようかとも考えるが、サンタクロースをつかまえてしまうというのはやっぱり子どもの夢を壊してしまう気がする。
やっぱり失敗の報告書にするべきだろう。
うんうんと唸りながら、ご指名をいただきながらこっそりと抜け出した師匠兼相棒を思い出せばなんともむかっ腹が立ってくる。子どもたちの夢を守るためなら多少のイメージダウンなんて些末な事だろうと開き直った暁人はそのむかっ腹を原動力に報告書に取り掛かった。
ビルの間を吹き抜ける寒風に上着の襟を掻き合わせながらKKはアジトへ向かっていた。
顔見知りの老人から寄せられた依頼はやはりなんてことは無いことで、何ならついでとばかりに手伝わされた大掃除の方が大変だったくらいだ。だがアジトに寄せられていたもう1件の依頼に比べれば何と言う事は無い。
それについては暁人がうまいことやってくれているだろうと思いつつアジトのアパートに着いたところにちょうど階段から暁人が降りてきた。KKに気が付くと暁人はあっというような表情をする。実質的に報告書を押し付けたことに文句を言われるかと思っていたところに予想だにしなかった反応に違和感を覚えた。
「おかえり。買い出しに行ってくるけど、何かいる物ある?」
「いや、特に無いな」
当たり障りのない会話を残して暁人は買い物に出かけて行った。
入れ替わりにKKは階段を上るとアジトの扉を開けた。
「戻ったぞ」
短い廊下を抜けて部屋に入ると右手の和室に凛子がいた。先に戻っていたらしい。
KKに気が付くと凛子はニヤリと笑った。何だか良くない予感がする。
「ご苦労様、無事に依頼は済んだのか」
「大したことじゃなかったからな」
上着を脱いで椅子の背にかけながら返事をするが、凛子はまだ気になる表情をしている。
何かあったかとさりげなく部屋の中を見渡したり、自分の姿に目を走らせるがそんな表情をするような要素は思い当たらない。
「まぁ、そんな無敵のゴーストバスターもサンタクロースには勝てなかったみたいだけど」
「はぁ?」
唐突な言葉になんとも間抜けな声が漏れる。表情にも不意を突かれたことが現れていたのか、凛子はついにふき出した。そしてKKの方に1枚の紙を差し出した。
受け取ってそこに書かれた文字を追ってKKの顔がどんどん渋くなっていく。
そこに書かれていたのはサンタクロースVSゴーストバスターの手に汗握る大捕り物だった。その結末はサンタクロースが見事にゴーストバスターを出し抜いて次の町へと飛び去って行った。
「何だこりゃ?」
一通り目を通し終えて何とも言えない表情になったKKに凛子はまだクツクツと面白そうに笑った。
「暁人くんの書いた例の依頼の報告書よ。いつもの挿絵入れてくれても良いわよ」
ーMission failedー
END