プランC 事態の収拾にやってきたエドやデイルと合流して諸々の事情説明の後、暁人は彼らのチームの一員としてゴーストバスターをやっていくことになった。KKと体を共有していた時の力は、少し弱くなっていたが使うことができた。
エーテルや人知を超えたものに触れるのはあの夜が初めての暁人だったが、たった一晩とは言え濃密すぎる経験値を得たことで基本的な手足の動かし方には困らなかったし、怪異などが絡む事柄の知識面については研究者である2人が力になってくれて何とかやっていける。
それでも、時に思わずにはいられなかった。
こんな時、KKならどうしたのかな、何て言ったかな。
いろいろな事件や怪異に触れながら、自分が知らなかったKKの一面を調査資料から知るたびに自分の中のKK像がわからなくなっていく気がした。
無性にKKの声が聞きたくなった。
でもKKはきっと穏やかに眠っているはずだから、それは叶わない。自分で折り合いをつけてしっかりしなくてはと必死に言い聞かせていた。
その翌日、まさかアジトでKKにばったり出くわしてしまう事になるなんてかけらも思ってはいなかった。
いつものようにアジトにやってきて玄関にエドの靴だけがあるのを見て惰性的に声をかけながら、そろそろ散らかってきた廊下を片付けないとと思いながらくぐったドアの先にKKがいた。
幻覚でも見ているのかと言葉もなく呆然としているとKKがこちらを見て、目が合った。お互い無言で身じろぎもせず1秒、2秒。
「オマエ、オレが見えてるのか」
さらに1秒ほどフリーズした後、暁人は叫んだ。
「エドー!」
いつもの定位置にいたらしいエドがガタンと大きな音のあとに顔を出す。少し眼鏡がずれているのは大声で驚かしてしまったせいかもしれない。KKもエドの方を振り返る。
エドはKKを見て、暁人を見た。
「Oh...」
エドにもKKの姿は見えているらしい。そしてKK曰く、気が付いたらアジトにいたそうだ。
エドは少し調べてみると言って定位置のパソコンの前に戻って、暁人は一度落ち着こうとソファに座った。
「疲れたとか、さも成仏するようなこと言っておいて、今まで何してたんだよ」
「さあな。オレにもわからん」
わからないついでに試してみると、あの霧の夜に分離された時のように引き寄せて体にKKを取り込むことはできなかった。そしてKKはドアやら壁やらを普通に通り抜けることができるらしい。
KKは暁人に憑りつく亡霊ではなく、アジトに縛られる地縛霊でもなく、強いて言うなら浮遊霊と分類するべきもののようだ。ついでに言えば、エーテルを操ることもできないし、現世の物に触れることもできないから札や弓も扱えない。本人は煙草も酒も口にできないとうんざりしたように言った。
「何か心残りでもあるの?」
所在無げに漂うKKを目で追いながら問いかける。だらけた姿勢で漂うKKは何というか、般若面の男を追いかけていた時のような鬼気迫るものが消え去ったせいなのかだいぶ呑気な様子に見える。
「心残り、ねえ」
顎に手をやって考えるようなポーズをとるが、思い当たるものは無いようだ。お賽銭をして祈った時に聞いたKKの願いというと煙草が吸いたい、酒が飲みたいくらいで案外無欲なのかもしれない。それらも今となっては暁人に憑りつくこともできないから体を貸して叶えてやることもできない。
結局その日は一度いろいろと状況を整理するべきだということで解散となった。KKとエドは今のKKの状態について調べたいということで2人を残して暁人はアジトを後にした。
翌日、暁人は足早にアジトに向かっていた。
昨晩はさすがに熟睡なんてできるはずもなく、朝も早々に目が覚めてしまって寝不足なはずなのに眠気は無い。
マンションの階段を上がって仲間に加わるときにもらった鍵を使って中に入る。
玄関には靴は無い。エドとデイルはまだ来ていないようだ。
カーテンが閉まっているから昼間でも薄暗い室内を進む。これと言って物音もせず、人の気配もない。
廊下を抜けた先のリビングにたどり着くが、誰の姿もない。KKも。
昨日のは幻覚だった?でも、エドも一緒にKKを見た。それも含めて夢だった?
困惑でこんがらがった頭の中で言葉が浮かんでは飛び回る。
「わっ!」
「うわー!」
文字通り跳びあがって振り返ろうとした拍子にバランスを崩して尻もちをついた。
見上げた先ではKKが壁から生えている。クソガキみたいなニヤニヤ顔のオプション付きで。
「オマエ、案外ビビりだよな」
「KK…」
いろいろな感情が綯交ぜになって何と言って良いやらわからなかった。
KK曰く、エドとデイルは調べ事に行くことになったので来られないそうだ。そうなると暁人自身もアジトの片づけや資料整理が今日の予定になるだろう。その旨をKKに伝えるとそうかと返事が返ってきた。
「KKはどうする?適当に出かけてきても大丈夫だけど」
「出かけるったって、何も触れないし飲み食いもできないからな」
結局KKもアジトで過ごすことになった。
散らかっている資料の内容を確認しながら分類して、あるべき場所に戻していく。KKは邪魔にならないようになのかその辺にふよふよと浮いていた。
「お前あれからどうしてる?」
「特別変わらないよ。大学行きながら、ここでバイト始めたくらい」
やることもなく手持無沙汰らしいKKに返事をする。大して中身のない会話でも話し相手がいると物にあふれたアジトが更に満たされる気がした。
粗方片付け終わっても夕方というには早いような時間だったが、今日はこれで切り上げることにした。正直、昨日はいろいろなことが手につかなかったから昨日できなかった家事や大学の課題を進める方が良いだろう。KKに声をかけようと思ってふとあることに思い至った。
「そういえば、昨日からずっとアジトにいるの?」
「特に行かなきゃならないような場所も無いからな」
「僕そろそろ帰るけど、良かったら家に来る?」
KKは目を瞬かせる。完璧に予想外という感じだろうか。
「何だよ、藪から棒に」
「別に大したわけもないけど、今のKKおしゃべりくらいしかやること無いし、退屈かなと思って」
あくまでアジトは拠点として利用しているだけで、住居ではない。調査や化け物退治が深夜に及んで泊まり込みになることもあるが、基本的には暁人もエドたちも自宅に帰っている。誰もいないアジトに一晩中1人でいるのを想像するとなんとも寒々しい気がした。
「僕も一人暮らしだから、誰に気兼ねすることもないし」
「せっかくだし、邪魔させてもらうかな」
KKはしばし逡巡するような様子を見せてから返事をした。
あの夜の事故でバイクは壊れてしまったから、今は電車を利用している。人目のあるところでは何もないところに向かって話しかける変な人に見られても困るので、特に話すこともなくKKも黙って横をついてきた。
体に染みついた動きで鍵を開けて玄関に入る。
「ただいま」
「おかえり」
習慣づいている帰宅の挨拶に隣から返事が返ってきて、思わずそちらを見る。
「何だよ」
「おかえりって言われるの久しぶりでちょっとびっくりしちゃって。というか、お客さんのKKがおかえりって言うの変な感じ」
「悪かったな。お邪魔させていただきます」
いつも無人の部屋に落ちるだけだった挨拶に返事が返ってくることがくすぐったくて照れくさくて、思わず漏れた笑いをKKはからかわれたと思ったのか拗ねたように暁人が靴を脱ぐのも待たずに先に部屋に上がっていった。
「オレは適当にくつろぐから、お前はやることやれよ」
その言葉通り、KKは課題をやっている間は邪魔をするでもなくふよふよと漂い、洗濯など家事をする間は大したことない話をしたり気ままに過ごしていた。暁人も普段は自分しかいない部屋に誰かがいるけど、それがKKであれば変にかしこまることもなく過ごせた。
そこからの日々は穏やかなものだった。KKは時にいろいろなところをぶらついているようだが、日中はアジトで過ごし夜には暁人の家に帰ってくる生活を送っていた。暁人もそれが当たり前になり、なんとなく味気なかった一人の家で過ごす時間が満たされるように感じた。
マレビト退治や怪異の調査にもKKは同行してくれた。怪異や妖怪についてや、エーテル操作などの力の使い方についてもあの夜の続きのようにいろいろなことを教えてくれた。それに交えたKKの体験談なども聞くことができて嬉しかったというのは本人には黙っておこう。
「オマエもすっかり一人前だな」
自分でもなかなかいい動きができたんじゃないかと思えた仕事の後、家に帰ってからKKがぽつりと言った。その顔は穏やかで、少しだけ眩しそうだった。
「師匠の教えが良いからね」
なんとなくKKの声音がいつもと違うのが感じられて暁人も素直に返す。
KKを通してうっすらとシンプルな部屋の内装が見える。
この時間を少しでも引き延ばすために何か言いたい気持ちと、それさえ惜しんで彼の姿を目に焼き付けたい気持ちが交錯した。
「オマエならもう大丈夫だよ」
「うん。ありがとう、KK」
暁人は必死に笑みを作る。きっとこれまでの人生で一番ヘタクソだ。でも、アンタには安心してほしいから。
対するKKは初めて見る満面の笑みを浮かべる。あぁ、アンタはそんな顔で笑うんだね。
そのままスッと空気に融けるようにKKの姿は消えた。
次の日アジトに向かうと、エドが一人定位置でディスプレイに向かっていた。
「エド、お疲れ様」
『やぁ、暁人。来て早々で悪いけど現地調査をお願いできるかな』
ボイスレコーダーの音声は淀みなく流れるけれど、視線だけ振り返ったエドはKKの定位置になっていた暁人の右側を見て軽く目を見開く。そのまま暁人を見るから、暁人は何も言わず頷いた。
『調査場所と概要は君の端末に送っておいた』
持ち主の状況に関係なく、吹き込まれた音声を再生したボイスレコーダーの音声に従ってスマホを確認する。
「了解。それじゃ、行ってくるね」
暁人はそのままアジトを後にした。
暁人が出ていったアジトでエドはデスクの隅に隠すようにおいていたボイスレコーダーを取り出す。
『やはり、君の姿が見えていたのは暁人の方の問題のようだね。最初、ボクには君が見えて適合者である暁人に見えていないというのは考えにくいから君はボクのイマジナリーのようなものかと思っていたが、ある日突然彼にも見えるようになったのは驚いたよ』
『あぁ、ボクにはまだ君が見えている。このことから考えた仮説だけど、君が見えるのには条件があるのだと思う。それはおそらく、過去への執着ではないかと考えている』
『暁人は、最初は未来を見据えて生きていくことに迷いはなかったのだと思う。だが、こちらの世界に触れるうちに君という過去の影を見てそれに執着せずにいられなくなった。だが、君と過ごし君の過去を知りえることでその執着に自分の中で区切りをつけることができたからまた君のことが見えなくなったのだと思う』
『僕はまだしばらくは君の姿を見ると思う。研究者というものはどうしたって過去に起きた事象の結果を考え観測する人種だからね。過去への興味は尽きないさ』
エドはまたくるりとディスプレイに向き直った。
END