救いの寄る辺 ビリビリ バチバチ ドスン!
音にして表すならそんな衝撃と、そこかしこに残るピリピリとした不快感に顔を顰めながらKKは目を開けた。
散々見慣れたアジトの内装が視界に広がる。開いたばかりの目には蛍光灯が眩しい。
「目が覚めたみたいだな」
ソファの背もたれ越しに凛子が顔を覗かせた。
「爽快な目覚めだよ」
以前であれば、デスクから言葉だけが投げられていただろうに、顔を見ながら抑えた声量で呼びかけられた。数回瞬きを繰り返して目を慣らしながら体を起こす。若干しびれるような感触が残りはするが、特別痛みや動きに支障が出るほどではない。
「無事で何よりだ」
「次はもっと丁重にお願いしたいもんだな」
手足を確かめるように動かす様子を見て言う凛子にKKはいつもの憎まれ口をたたく。
「次は無いわ」
先程の気遣いの含まれた声とは異なる固さを持った声が応える。
KKが胡乱な目線を返せば、凛子は半身を引いて斜め後ろを示した。
以前は資料とプロジェクターに占拠されていたテーブルに上体を預けるようにして暁人が目を閉じている。どうやら眠っているようだが、その顔色はどことなく青白く見える。
「貴方の異変に気が付いたのは彼だった。貴方たちの魂は強く結びついているからか、それ以外の要因かはわからないけど彼も変調を来した。だからこちらとしても早急に対応したのよ」
今回KKが巻き込まれたのは夢に干渉してくるタイプの怪異だった。厄介と言えばやっかいであるが、所謂『よくある怪異』であり、KKの力であれば自力で抜け出すことも可能だっただろう。なのに強引とも言えるやり方に違和感を感じていた救出の理由はこれだったらしい。
「彼にとって自分がどれだけ大きな存在になっているか自覚して、少しは自分を大切にするべきね」
「…ああ」
KKも渋い表情を浮かべながら返す。
それを横目に凛子はデスクに置いていたデバイスなどを手早くまとめていく。
「アタシは現場に行っているエドたちと合流して事後処理をしてくるわ。おそらく問題ないと思うけど、目を覚ました彼に何か異変があれば連絡して」
そうして凛子はバイクのヘルメットを脇に抱えてアジトを出ていった。
暁人とKKの魂に縁が生じていることはもちろんだが、あの事件で妹である麻里を弔い正真正銘天涯孤独の身になった暁人にとって、最も近しい人間の一人になっていることはKKも自覚していた。
更に家言えば、それは二人の間だけの事ではない。
アジトのメンバーも大切な仲間を失った。火事のせいで既に亡くなっているはずだった麻里が戻ってこなかったのと同じように、あの夜の結界を展開するための贄とされた絵梨佳もまたあの事件で失われた命だ。
特に深い絆を築いていた凛子は元々のアジトメンバーに加え、新たに加わった年若い暁人を無意識のうちに庇護対象としてとらえている。絵梨佳との蟠りを解いたことで戦いにすら加わらせまいとするほどの過保護は見られなくなったが、それでも害を為そうとするものを排除しようとする執着は隠しきれていないだろう。
それが必ずしも良い事ではないと分かっていても、こうしてお互いという寄る辺が心地よく感じているのだった。
END