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    おぼろ月

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    おぼろ月

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    【流三】
    お互い好きなのに、別れて、再開してくっつく流三。

    最初に前半を書いて、続きを書きたくなったので後半を書きました。
    最初から全て書くつもりではなかったので、繋がりがおかしかったらすみません。

    #流三
    stream3

    ずっと囚われていた「あー!疲れた。今日いつもより忙しかったな」
    「月末だしな。そういや三井、これ、ありがと。助かった」
    会社の同僚が手渡してきたTシャツを目にした瞬間、三井は凍りついた。
    ほんの一瞬だったので、おそらく相手は気がついていないだろう。
    すぐに気持ちを立て直して、Tシャツを受け取り会話に戻る。
    「うわ!このTシャツいつ貸したやつだよ」
    「にねんくらい、前かなぁ」
    「すっかり忘れてたわ」
    「引越しの準備してたら出てきてさ」
    「引越さないと返ってこなかったわけだな。少しは反省しろい」
    必死に平静を装って、Tシャツをカバンに粗雑に突っ込んだ。


    いま三井の手元に返ってきたTシャツは、正確には三井のものではない。
    かつて交際していた流川のものだ。流川とは向こうから告白されて高校3年から10年ほどお付き合いをして、3年前に俺から別れを告げた。
    Tシャツは交際していた時に三井の洗濯物に紛れ込み、間違えて職場に持ってきてしまい、そのまま置きTシャツとしてデスクで眠っていた。
    ある日、同僚から着替え持ってない?と聞かれたことがあった。突然上司から倉庫の掃除を命じられ、頭から埃まみれになり、とりあえず上だけでも、と替えを探しているようだった。三井はすぐにこのTシャツが浮かんだ。が、少しためらい、結局出た言葉は「そんなもんねーよ」だった。同僚は皆に着替えを持っていないか確認してフロアを一周し、全敗して三井の隣にしょぼくれた顔で帰還した。そんな哀れな同僚を見て、つい言ってしまった。「あ、そーいやあったわ、これ」と。そうして渋々同僚に貸したTシャツだ。
    「今さらこんなTシャツどうしろってゆーんだよ」
    そう思いながら、とりあえず持ち帰ってきた。が、今日はやけにカバンが重い気がする。
    理由はそう、Tシャツのせいだ。重く感じるのは重量ではなく、気持ちのせいであることもわかっている。
    帰り道の電車の中で、カバンの中のTシャツを意識していることもだし、それを意識する自分にも嫌気が差した。
    ほどほどに混んだ車内で、人と人の隙間から窓に映る自分の顔が物憂げな表情をしていることに気がつき、嫌気に拍車がかかる。三井は頭の中から流川を追い払うように、窓に映った自分の顔を睨んだ。


    家に着き、晩飯は何食べるかな、と考えようとするが、どうしてもTシャツが気になる。
    ふぅ、と一息ついてからTシャツをカバンから取り出して広げる。
    「やっぱりでけーな」
    無意識にTシャツに鼻を当てる。同僚が返す前に洗濯したのだろう、思っていたのとは違う香りがする。
    「何やってんだ、俺」
    自分自身に嫌気が差しながらも、Tシャツから手を離すことができなかった。もう一度胸の高さでTシャツを広げてみる。そしてそれを胸にそっと抱えて、フローリングにぺたりと座り込んだ。


    流川はでかかった。出会った頃、高校生の時から体はでかかった。俺もまぁまぁでかい方だったが、さらに大きく、しかも高一であることを考えると、これからますます大きくなるだろうと容易に推測できた。
    高校卒業後にアメリカに渡り、そのままアメリカでの活躍を目指した彼はますます大きくなっていった。
    アメリカから帰国するたびに驚かされていた。
    「流川お前またでかくなったな」
    「身長はもう伸びてねー」
    「身長じゃなくて筋肉だよ。こことかすげぇよ」
    「せんぱい、あんまり触らないで」
    「なんでだよ?」
    体をぺたぺた触りながら、流川の方をニヤニヤした顔で見る。
    「せんぱい、いじわる」
    「空港まで迎えにきてやった先輩に向かっていじわるとは何だよ」
    「そのまんまの意味」
    流川は三井の腕を掴んで、耳元で囁いた。
    「そんなに触られたら、したくなる」
    「耳元で喋るな!……それは、家に着いてから、な」
    真っ赤になった三井を見て、流川は口元を緩めて満足そうにしている。
    流川がアメリカから帰国した時の、いつものやりとり。
    そのあとは空港からそのまま三井の家に直行して、一晩中三井が抱き潰されるまでがいつものやりとり。


    「あの日の朝、そーいやこれ着てたな」
    三井は心の奥底から捻り出すように、記憶の糸を辿っていった。
    あれは、流川がアメリカで移籍するかどうか動向が注目されていた年。日本の空港にもマスコミが来てたので、いつものように到着ゲートではなく、車の中で流川と合流した。
    「おかえり」
    「ただいま」
    声色から察するに、流川は少し不機嫌のようだった。
    せっかく帰国したのに、騒がしい報道陣のお出迎えじゃしゃあねぇよな。
    艶めいた黒髪に手を添えてガシガシと撫でてやると、いつもの流川に戻った。
    「大変だな」
    「ん」
    言葉少なげな流川を見て、あまり触れないほうが良いなと思い、すぐに車のエンジンをかけ、出発させた。
    そのまま三井の家に直行し、いつものように流川に抱き潰された。
    正確には、いつもより荒々しかった。かと言って乱暴に扱われたわけでもなく。
    きっと鬱憤がたまっているのだろうと思い、流川の全てを受け止めた。
    朦朧とする意識の中で見た、汗で張り付いた黒い前髪。鋭く、でも時折見せる優しい瞳。もう限界は超えていたが、声が出ず、もう無理だと伝えることも叶わなかった。ただ必死に、縋るように、流川の腕を掴んでいた。
    そして「ぁあ…、」と、やっと出た声に自分自身で驚きながら、意識を手放した。
    結果、翌朝は起き上がるのも億劫なほどになっていた。
    「るかわ…何か着るものくれ」
    「服着るの?」
    「当たり前だろーが」
    「そのままでもいーのに」
    「オレが風邪引いてもいいのか?」
    「看病する」
    「風邪引いたらどこにも出掛けられないし、ご飯も作ってやれねぇぞ」
    「ム。それはヤダ」
    「服早く何かくれ」
    「ウス」
    そこら辺からテキトーに掴み取って渡されたのは流川のTシャツ。黒い、でかいTシャツ。
    「うわ。でけーな、やっぱ」
    「彼シャツえろ」
    「お前どこでそんなの覚えてくるんだよ」 
    そう言いながらTシャツを着ると、流川が顔を近付けてきた。キスしながら、流川の手はTシャツをまくりあげている。俺のわずかな抵抗もむなしく、その後またベッドにふたりで沈み込んだ。
    少しのきっかけで、怒涛のような記憶が襲ってきた。そうだ、あの日、流川から手渡されたTシャツがこれだった。


    Tシャツの記憶から連なるように、どんどん流川との記憶が溢れてくる。
    最悪の出会い、インターハイでの激闘、倒れるまでしたワンオン、流川からの告白、始めてのキス、ギラついた瞳、初めてのセックス、愛おしそうにそっと触れた指先。
    高校3年の夏からの思い出はほぼ全て流川とともにあった。いつも横に流川がいた。
    流川と別れた傷は癒えていない。
    だからこそ、流川の面影のあるものは全部処分したし、部屋も引っ越した。
    あのキラキラした思い出を、彫刻のような美しい流川の横顔を、流川の香りがする何もかもを思い出さないように封印した。
    はずだったのに。
    「今さらこんなTシャツで、」
    たった一枚のTシャツを手にしただけでこんなにも愛おしさが溢れてくる。思い出とともに、あの熱が、香りが、ぶり返してくる。
    だが、俺にはなす術はない。何か行動をする勇気もない。流川を想う資格もない。
    もう流川を過去にしたのは自分なんだ。
    俺はただただTシャツを抱きしめて涙するしかできない。

    ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

    ケースから腕時計を取り出して、左手につける。
    そのまま玄関に向かい、鏡で最終チェック。
    ネクタイ良し、髪型も髭も大丈夫、と。
    通勤中の電車の中で、人混みに揉まれながら今日1日のスケジュールを確認する。
    午前は会議ふたつ、午後からは後輩と取引先に同行、帰社後はデスクワーク。
    今日こそ定時に帰りてぇな、と思いながら電車を降りたところでスマホが振動した。
    通知を確認すると宮城からメッセージが来ている。
    『ちょっと話あります』
    嫌な予感しかしねぇ。今から仕事だっていうのに、ヘビーな話はしたくないなと思いながら三井は返信をすばやく打った。
    『今から仕事だから夕方連絡する』
    すぐに既読が付く。ますます嫌な予感しかしねぇな。心の中で毒づきながら会社へ向かった。


    定時に帰ることはできなかったが、普段よりは早く帰ることができた。
    正直なところ、宮城からのメッセージが気になって残業が手に付かず帰ってきた。
    帰路の途中、早速宮城にメッセージを送る。
    『仕事終わった。朝の話ってなんだよ』
    『コレじゃアレなんで、電話いいっすか?』
    嫌な話確定じゃねぇか。大きく息を吐いてから覚悟を決めた。
    電話をかけると、ワンコールで繋がる。
    「宮城、久しぶりだな」
    「三井サン、久しぶりです」
    「なんなんだよ、急に話って。悪い予感しかしねぇんだけど」
    「あーまぁそんなとこです。実は流川が三井サンの連絡先知りがっ」
    「絶対ダメだ」
    宮城が言い終わらないうちに、三井は強い口調で言った。


    三井は流川と付き合っていた。三井が高校3年の時から10年くらい。
    三井が高校3年の時のインターハイの後に流川から告白されて付き合い出した。
    特別なデートをしたことはなかったが、毎日楽しかった。
    部活終わりにくたくたになるまでしたワンオン。日が暮れるまでストバスで勝負した休日。大学入学と同時に始めた一人暮らしの部屋で、NBAの映像を見ながらプレイについて喋った時間。
    そして、年頃の男ふたりが誰にも邪魔されない部屋にいれば、そんな雰囲気になるのは必然だった。
    最初は拙いキスだったのが、舌を絡め合うキスになり、最後はセックスまでした。
    翌朝に体中が痛くなったことは一度や二度ではなかった。
    要するに、バスケとセックスの思い出ばかりだ。
    明確に思い出と言えるものは、このほぼ2年だけで、流川がアメリカに行ったことにより、それ以降はぼんやりとしたことしか覚えていない。
    時差や環境の変化のためになかなか連絡も取れず、もどかしい気持ちだけははっきり覚えている。
    3年前、ついに耐えられなくなって別れを告げたのは俺から。
    「流川、俺もう無理だわ。別れよ」
    「……せんぱいはそれでいいの」
    「いいも何も別れたいんだよ」
    「そうっスか」
    「じゃーな」
    「……」
    沈黙に耐えきれずに電話を切った。何か言われるのが怖くて切った。
    自分から選んで別れを告げたくせに、引き止められたら決心が容易く揺らぐことがわかっていたから怖かった。
    引き止められなかったら、自分は必要とされていないと思い知らされるようで怖かった。
    何も言わせずに電話を切ったんだ。
    俺は流川が好きだった。
    告白されたのは向こうからだけど、一緒の時間を過ごすうちにのめり込んだ。日に日に、流川への想いは膨れていく一方だった。
    別れたのも、嫌いになったからじゃない。
    このままどんどん流川への想いが膨らんでいくのが怖かった。流川はアメリカにいる。
    何年後に帰ってくるのかわからない。連絡も頻繁に取れない。会うのも年に何日か。
    俺には耐えられなかった。
    まわりの同僚を見れば、頻繁に電話をしたり、デートしたり、同棲したり、結婚したり。
    自分と比べてあまりにも違いすぎて苦しかった。そんなことを比べてしまう自分も嫌いだった。
    なので別れた。
    別れたあとは引越しもして、電話番号も変えた。さすがに仕事は無理だったが、流川は俺の職場を覚えていないのか、覚えていてあえて連絡しないのか、職場には連絡は来なかった。
    俺は流川の気配のするものを全部処分した。
    できなかったものは人間関係と過去だけ。


    「そう言うと思いましたよ。流川がどうしてもこれだけ伝えてくれって言われました。「せんぱいのアルバム借りっぱなしになってて、ご両親が大事にしてたものだからどうしても返したいんです」だと」
    「アルバム、」
    流川からの伝言を聞いて、奥に押し込んでいた記憶を引っ張り出してみる。
    あ、確かに俺が小学生の頃のアルバム貸してたな。思わず頭を抱えた。
    「まじかよ」
    「三井サン、思い当たる節あるんすね?アンタの連絡先教えていいっすか?」
    「それはダメだ。郵送、いや、住所がバレる。えーーー、ちょっと待て。スケジュール確認する」
    スマホで来週のスケジュールを確認する。
    「宮城悪ぃんだけど、流川に来週の月曜日か水曜日か木曜日のどの日が都合いいか聞いてくれ。20時に店予約するからそこに来いって」
    「アンタら本っ当に…あーもう!わかりましたよ!流川に聞いてまた連絡します」
    「助かる」
    「三井さん元気にしてるんすか?また今度メシ行きましょうね」
    「俺は普通に働いて元気にしてるよ。おう、また誘うわ。じゃあよろしくな」
    電話を切って、深い息を吐く。
    別れてからもう3年も経ってるのに。今さらこんなことになるなんて。でも、今度こそ最後だ。


    あの電話の後に宮城から再度連絡があり、再開の日は木曜日に決まった。
    今日である。
    予約の20時まで20分ほど早いが、居酒屋の個室の中で待つ。
    俺と流川で何を話すんだろう?3年ぶりだもんな。いや、もしかしたらアルバムだけ渡してすぐ帰るかも。アイツ忙しそうだし。と頭の中で都合の良いシュミレーションしていると、ガタンと扉が開いた。
    「ウス。遅くなってすんません」
    流川だ。思わず表情が固まる。
    ギクシャクと時計を確認すると、まだ10分前だ。
    「まだ時間前だよ」
    時計を見ながらそう言ったが、喉の奥に何か重いものが詰まっているようで次の言葉が出ない。
    個室で立ったままの流川と、腕時計を見つめる俺。流川の顔を見ることができない。
    しばらくの静寂ののち、やっと三井が声を出した。
    「早く座れよ」
    「ウス」
    三井の向かいに座ろうとする流川。流川の座る動作をぼーっと見ていたが、違和感を覚えた。
    「お前、アルバムは?」
    「………忘れたっス」
    「は?」
    「急いで来たらワスレマシタ」
    「は?本気かよ。今日そのためにこの店取ったんだぞ」
    「ホテルにはあるっス」
    「ホテルにあるったって、お前、」
    まじで意味わかんねぇ。アルバムのために今日嫌々会ってるのに、忘れたってどういう神経してんだよ。
    さっきまで流川を目の前にして思考が鈍く固まっていたのに、あまりの態度に文句がすらすら出てくる。
    今さら機嫌を取る相手でもない。
    「お前何考えてんの。今日わざわざアルバムもらうために時間作ったんだけど」
    「……」
    「信じらんねぇ」
    「スンマセン」
    昔と変わらない、反省してるのか、してないのかわからない口調。相変わらずだな。
    何か冷たいものが頭から背中に通った気がした。
    三井はため息をついて、カバンを手に取って立ち上がる。
    「帰るわ」
    「せんぱいっ、」
    流川がテーブルの向こうから必死に腕を伸ばして、三井の手首を掴んだ。
    「せんぱい、本当にごめんなさい。ここに来る前にホテルに取りに行こうと思ってたんだけど、取材が押して、ホテルに寄ったら遅れそうだったから直接店に来た。今から取ってくるから少し待っててください」
    流川が手首をギューっと掴んで、泣きそうな顔をしながら必死に喋っている。
    出会ってからもう13年経っている。流川はもういい大人で。身長もでかいし、筋肉質でごつい。顔も子供っぽさが抜け、ますます端正さに磨きがかかっている。なのに中身はまだ高校生のままみたいだ。
    そんな中と外のギャップが大きすぎる流川を見ていたら毒気が抜かれた。
    俺も大人気ねぇな。
    「あぁ、悪ぃ。感情的になっちまった。……流川、晩めし食ったか?」
    「……いや、まだデス」
    三井の機嫌を探るような目つきの流川に、平静を装って声を掛けた。
    「じゃ、飯食おう。アルバムのことは後で考えるわ。お前、酒は?」
    「…酒は飲まないっス」
    「俺飲んでもいい?」
    「ウス」
    流川の腕をそっとほどいて、改めて席に座ってメニューに手を伸ばす。
    「腹減ってるだろ、好きなもん食え」
    あっけらかんとしてメニューを見始めた三井に、流川も安心した表情を浮かべた。そして席についてメニューを見始めた。


    「後輩の指導はやりがいがあるし、楽しいんだけど、今年入ったやつがジェネレーションギャップ?ってやつで話するのに気ぃ遣うんだよなー!今はパワハラもうるせーし」
    「はぁ」
    緊張がほぐれたからか、酒のおかげか、いつの間にか三井の仕事の愚痴大会となっていた。
    三井は飲みかけのグラスに手をかけたまま、さらに続ける。
    「俺が指導して一人前になっていくのは何人見ても嬉しいもんだからよー。指導役は買って出てるんだよ」
    「その話3回目」
    「あ?なんだよ。何回でも聞けよ」
    「せんぱい飲み過ぎ。ほら、水飲んで」
    「あぁ」
    流川が水の入ったグラスを三井の目の前に掲げると、やっと三井は酒のグラスから手を離した。水を受け取り口に運んだが、グラスの水はほとんど口に収まらず、ほとんどがシャツとスラックスの上に落ちた。
    「あーこぼれた。もう飲めねぇ」
    「ちゃんと帰れる?」
    「帰れるわ!俺を誰だと思ってんだよ」
    「ハイハイ。そろそろ会計して出よ。タクシー捕まえるから」
    「んん」
    三井がぼーっとしている間に流川が会計を済ませ、店を出る。
    「せんぱい、歩ける?」
    「歩けるわ!俺を誰だと思ってんだ」
    「酔ったせんぱいタチ悪い」
    「ああ?」
    流川はまともにやりとりすることを諦めて、三井を支えるようにして大通りに出た。
    「はぁ…、」「もう、飲めねぇ」などとつぶやいている三井を横目に、タクシーを捕まえる。
    三井の体を支えながら、なんとか乗り込ませた。大人しく座っている三井のうつろな目を覗き込む。
    「本当にひとりで大丈夫?」
    「ん…」
    目を擦っている三井を見て、流川は咄嗟に三井の横に大きな体を押し込んだ。
    「え?は?」
    三井の体にぶつかるようにして流川が乗り込んできたので、三井は酔いが一瞬で吹き飛び、狼狽えた。せまい。流川の体が触れているところが熱い。
    「せんぱい、家まで帰れるか心配だから一緒にいく」
    「は?なんでだよ!降りろよ!」
    「やだ」
    ふたりで小競り合いをしていたら、三井は運転席から迷惑そうな視線を感じた。
    あーー!もう!くそ!!
    「うるさくしてすみません。出してください。行き先は〇〇で」
    運転席はミラー越しに了承した視線を寄越した。
    なんでこうなるんだ。俺が飲みすぎたせいか。


    マンションの前でタクシーから降りる。もちろん流川も降りた。
    どうせ部屋に入るまで安心できないとか言い出すに決まってると思い、何も言わなかった。大きなため息が出る。
    タクシーの中で、少し冷静になった頭でひとり反省会をした。そこでの言葉がずっと頭の中をぐるぐるしている。
    久しぶりの流川とふたりきりの食事に緊張して飲み過ぎた。完全に墓穴を掘った。後悔先に立たず。
    住所を知られたくないから店で会うことにしたのに。これじゃ自滅もいいところだ。
    これはもう自業自得と割り切り、投げやりに流川に声を掛ける。
    「ここまで来たんだから、家あがっていけよ」
    「え、いいの」
    「本当はよくねーよ。でもこんなところにお前を放っておくほど鬼でもねぇんだよ」
    まぁ自業自得だしな、と心の中で呟いて、マンションに入っていく。
    エントランスを抜け、エレベーターのボタンを押すと、すぐに扉が開いた。
    乗り込むと、流川も無言でついてくる。
    お互い無言のまま部屋の前まで着いた。
    鍵を開けて、流川を招き入れる。
    「どーぞ。狭苦しいところですが」
    「お邪魔シマス」
    「俺トイレ行くから、奥の部屋行っててくれ。ソファにでも座ってて」
    「ウス」
    廊下の奥の方を指差して、トイレに向かう。
    それにしても飲みすぎた。喉も乾いた。
    てか、この後どうしよう。お喋りでもすんのか?ソファで隣同士座って?とトイレの中でぼんやり考えていたら、急に思い出した。
    「あ!!!」
    思わず叫んだ。
    やばい、これはやばい。今年1番のやらかしだ。いや、居酒屋から失態続きだけど、これはまずい。
    流川のでかい黒いTシャツをソファにかけてある。
    終わった。俺もう終わったわ。
    トイレの中で頭を垂れる。
    宮城からの連絡、今日の待ち合わせ、酒を飲んで話した内容、さっきのタクシーの中、さっきのエレベーターの中、たくさんのことが走馬灯のように頭の中を巡っている。
    どれだけ時間が経ったか。
    あれ?もしかしたら気付かれてないかも。
    あの流川のことだから、黒Tシャツのことなんか忘れてるんじゃないか?
    己に都合の良い考えが広がり始めた。
    何をそんな大袈裟に考えてるんだ。あの流川だぞ、きっと覚えてない。
    酒の力も相まって思考は完全に楽天的になっていた。
    というか、楽天的にならざるを得なかった。
    大丈夫、大丈夫、覚えてねーよ。普通に部屋に入れば大丈夫だよ。さっきの居酒屋みたいに普通に話せば大丈夫、あんまり覚えてないけど。
    三井はとにかく大丈夫を自分に言い聞かせて、トイレから出て奥の部屋に向かった。
    「お待た、せ」
    一瞬で状況を察した。
    終わった。
    流川が黒いTシャツを手に持ち、目を見開いてこちらを見ている。
    「せん、ぱい…これ」
    言葉が出てこない。ここで使わないといつ使うんだよ、社会人スキル。
    いつもみたいにニコニコしてやり過ごす、テキトーな言い訳を言う、何かしろ自分。
    頭の中ではたくさんのパターンの言い訳がでてくるけど、どれも言葉にはならない。
    やっと出てきた言葉。
    「お前のTシャツ」
    とんでもなくどうでもいい言葉。
    「知ってる。せんぱいんちに忘れていったやつ。なんでここにあるの」
    「それは……けっこう前に会社のやつに貸しちまって」
    「……」
    「それが2年越しに返ってきて、10日くらい前に」
    「……」
    「そこに置きっぱなしにしてた」
    「……」
    「せんぱい、」
    流川がTシャツを持ったまま、こちらに近づいてくる。獲物を狙うような鋭い目付きをしてる。普通に怖い。
    「貸しちまった、って本当は貸したくなかったってこと?返ってきてから10日も目につくところに置いてたの?こんな整頓されてる部屋でわざわざソファに置いてたの?」
    え?俺、墓穴掘りまくってる?
    「あ、それは、えっと、」
    「せんぱい、俺のこと見て」
    目の前の、少し上から降る優しい声に操られるように流川の顔を見る。
    鋭い目付きはいつの間にか消え、優しい眼差しが降り注いでいる。
    「せんぱい、好き。今でも好き。せんぱいも俺のこと好き?」
    「お前何言ってんだよ」
    思わず目を逸らす。
    流川が三井の顔を両手でそっと包む。Tシャツが音もなく床に落ちたのが見えた。再び視線は流川の黒い瞳を見据える。
    「せんぱいはもう俺のこと嫌い?嫌ならそう言って。もう連絡もしない。あきらめる」
    流川の黒い美しい瞳が揺れている。今この瞬間、美しい瞳に映っているのは俺だけ。心臓がぞわぞわする。
    これは、だめだ。
    やっとのことで、喉から、搾り出すように言葉を紡ぐ。
    「嫌いだなんて言えるかよっ…」
    流川の顔が近づいてきて、唇と唇が触れた。
    顔が熱い、顔だけじゃない、全身熱い。汗が噴き出る。体だけじゃない、心も熱い。心臓がうるさい。
    「せんぱい、もう一度俺と付き合ってください」
    流川の、なだめるような、諭すような、優しい声が心地いい。
    「あんなにひどい振り方したのに、」
    「うん」
    「連絡先も全部変えたのに、」
    「うん」
    「お前を忘れようと必死だったのにっ…、」
    「うん」
    流川は三井の顔を真っ直ぐ見る。
    「それでも、せんぱいが好き。せんぱいがいい」
    別れてから3年、流川を必死に忘れようと、気配を消そうとしてたのに。会って数時間でこんなにも溢れてくる。奥底にしまっていた感情がとめどなく溢れてくる。
    そりゃそーだ。必死に忘れようとしている時点で、まだ未練があったんだ。奥底に沈めようとしていたのは、溢れてきた気持ちを再確認したくなかったから。流川と付き合った10年を思い出したくなかったのは、まだ、好きだから。
    認めるよ。13年、ずっと流川に囚われている。
    「流川、お前、ずりぃよ」
    3年もの年月を一瞬で乗り越えてくるなんて。
    「ム。俺はずるくない。せんぱいの方がずるい。勝手に別れるって言った」
    「ははっ、そうだな、俺が勝手に言ったんだもんな」
    「ほんとは別れたくなかった。けどいくら電話で引き止めても無理だと思った。だから会って、直接言おうと思ってた」
    「それで3年待ったのかよ?すげーな」
    「少しでもバスケで結果出そうと思って。でも3年間、せんぱいのこと忘れたことなかった」
    流川の顔がまた近づいてきて何度も唇が触れ合う。
    「せんぱい、返事聞かせてくれないの?」
    「っ…、わかるだろ!」
    「ちゃんと聞きたい」
    一旦静まっていた体の熱がぶり返してきた。顔が赤いのが自分でもわかる。喉がカラカラだ。
    「俺も、好きだよ」
    掠れた声でそう言うと、流川が三井を抱きしめた。
    「また付き合ってくれる?」
    流川の声が体中に響く。もう頭の芯が溶けてしまいそうだ。
    「はい、もちろん」
    流川の背中に手を回して答える。
    流川がさらに力を込めて抱きしめる。
    「もう離さないから」
    「もう離れるつもりねーよ」
    18歳から13年も流川に囚われてた。これからもお前に囚われ続けるよ。もう、流川以外はいらねぇよ。
    お互いの熱を再確認するように、気が済むまでぴったりと体をくっつけて抱き合っていた。


    「宮城キャプテンにお礼言わないと」
    「あー…」
    その面倒事が待ってたか。呆れ顔の宮城を思い浮かべる。
    「お前どこまで宮城に話したの?」
    「今回のこと相談するためにだいたい」
    「だいたい?だいたいってどこからどこまでだ?」
    「付き合い始めから、せんぱいを呼び出す作戦まで」
    「お前!それ!ほとんどじゃねーか!」
    恥ずかしさで全身が燃え上がるような熱さになる一方、宮城が、流川からこの10年以上の話を聞いて、さらに今日の作戦まで相談に乗っているところを想像したら、なんとも言えない感情になった。
    さすがに申し訳ないな、今度何かいいものでも贈ろう。
    「にしても今日墓穴掘りすぎだな」
    「ボケツ」
    「冷静さを欠いてた」
    「なんで?」
    「うーん、」
    指を顎に当てて少し考えた後、答えた。
    「流川だから、だな」
    「え?」
    「流川相手だから冷静でいられなかったんだ」
    流川が目を見開いてこちらを見ている。
    ん?何かまずいこと言ったか?俺。
    「せんぱい、それ、もう告白と同じ」
    え?
    「…っ!!」
    流川に頭を掴まれてキスされた。軽く触れるようなキスが、段々と激しくなっていく。
    三井が「はっ…、」と息を漏らした隙間から舌が侵入し、口内を舐めまわされる。侵入してきた舌に夢中で自分の舌を絡ませる。
    「んっ…、は、あぁ…ん…」
    頭がぼーっとしてきた。
    ソファに押し倒される。流川が俺を見下ろして、ギラついた目で見下ろしている。
    「これから3年分取り返そ」
    「え、」
    今日は木曜日、たぶん明日は仕事行けないな。ベッドから起き上がることもできねーかも。有給休暇使うか。たまりにたまった有休今使わねーといつ使うんだよ。明日休むと決まれば。
    そんなことを考えながら三井は流川の首に手を回した。
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    💞😭💕😍💘
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    Replies from the creator

    おぼろ月

    DONE【流三】
    石井くんがいい仕事します。苦手な方は注意してください。
    視点がころころ変わります。わかりづらくてすみません。
    流視点→三視点→石視点→流視点→石視点→三視点→三視点

    このシチュエーションで話が書きたくて、4時間くらいで書き上げました。
    変なところがあっても許してください。
    『あの、体育館で』『あの、体育館で』

    きらびやかな店内を見て回る。
    どれにしようか。といっても普段使いするので、シンプル一択。
    あ、これいいな。
    店員を呼び、実際に手に取る。
    うん、これにしよう。
    購入の意志と、ふたつのサイズを店員に伝えた。
    数か月前に、石井から連絡があった。
    今、石井は湘北高校で先生をしている。バスケ部も担当していると言っていた。
    話を聞くと、俺がアメリカから帰国したタイミングで、湘北高校で講演会とバスケ教室をして欲しいという話をされた。
    正式にはチームに依頼を出すが、事前に相談してみた、ということだった。
    母校に貢献できるならと思ったので、俺は二つ返事で承諾した。
    が、すぐに思い直した。バスケ教室はいい。プレーをすればいいから。講演会は無理だ。でも、石井の役に立ちたい。うーん、どうしよう。あ、そうだ。
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