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    yuki_no_hate

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    yuki_no_hate

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    Webオンリーこの傷痕ごと愛してくれ 弍 参加中です。
    短編小説①
    会話も何もかも同僚視点で語られる話です。

    水木が消えた話ある日唐突に水木が消えた。
    何かの比喩ではなく、文字通り消えてしまった。

    朝の事だ。出勤したら普段は誰よりも早く来て仕事を始めている水木の姿はなく、こんなに遅いとは珍しいとそんなことを思いながらいつも通りに過ごしていた。
    だが、水木は始業時間を過ぎても来なかった。どうしたことかと思っていると、見知らぬ男が慌てるように室内に入ってきて俺に挨拶をしながら水木の席に腰かけていそいそと仕事の準備を始めたではないか。
    もしかしたら部屋を間違えている新人かもしれないと思い、声をかけてみると隣席の男はキョトンとした顔をして、それから大声で笑った。そしてこうも言う。

    元から僕の席はここですよ、と――

    思わず耳を疑った。つい先日まで水木が座っていた席にも拘わらずここは自分の席だと宣う男は一体何なのだと思った。ふざけるのも大概にしてほしい。そんな言葉が口から出かかるが目の前の男かが嘘をついているようには見えず、それどころかそう言われてみればそんな気がしてしてきている自分がいて、どうにかなりそうだ。
    だから一服の際、同期に自分の隣は水木の席であることを確認してみたのだが首を捻ってそんな名字のやつは会社にはいないだろうと言われてしまう。他にも何人か聞いてみたが返答は皆同じだった。水木を俳優みたいで素敵だと言っていた女性社員ですら同じことを言っていた。
    俺は頭がおかしくなってしまったのだろうか。……否、おかしいのは周りだ。先日までいたやつの存在を無いことにするなどやることがいくらなんでも陰湿すぎると腹を立てたが、なぜかどこかで水木という人間が存在しないと認識してしまっている自分もいて……どちらが正しいのかわからなくなってしまった。

    念のためと、仕事の帰りに水木の家に立ち寄ってみるとそこにはちゃんと見知った家が立っていた。安心感を求めるように早足で門扉に近寄るがそこでピタリと足が止まってしまう。そこにあった筈の表札はなかったからだ。恐る恐る門扉に手を掛けて開いてみると、キィと軋む音がして門扉はすんなりと開く。もしかしたら何かしらの理由で表札をはずしていたのかもしれないと思いながら玄関へと進み、呼び鈴を鳴らすが返事はない。
    今度は庭に回り込んで中を覗いてみると室内は薄暗く、中の様子を見ることはできなかった。もしかしたら留守にしているのかもしれないと門扉の前で待っていたが誰も帰って来ず、その日は諦めて帰ることにした。

    その日の晩、俺は夢の中で水木の家にいた。縁側に腰かけ出されたお茶を飲みながら隣に腰かける水木と話をしていた。夢であったが思うように動けたので明晰夢というやつだろうかと試しに俺は今日の朝起きたことを話してみると、水木は少し悲しそうに笑みを浮かべてすまないと謝ったので、なぜ謝るのかと尋ねた。
    その時の水木はどのように返事をしようかと少し困った表情を浮かべたので、どうしたのだろうかと思わず手を伸ばそうとしたが時間切れだという言葉と共に目の前の景色が消え去り、ふと気がつけばカーテンの隙間から差し込む朝日を浴びていた。
    昨晩の夢はなんだったのか……考えたところで解答が出る筈もなく。気にしつつも仕事をしているといつの間にか一日は終わっていた。
    その日も仕事帰りに俺は水木の家に行ってみたのだが誰もおらず、まるで誰も住んでいないかのようなそんな雰囲気すらあった。水木が俺に黙って引っ越すだろうかと思ったが、あいつならやりかねないとどこかで思う自分もいた。
    立つ鳥跡を濁さずというように、周りにわざわざ自分の存在を忘れるよう頼みながらどこかへ去っていったとでもいうのか。そんな風に思ってみると、なぜだか笑えてきて笑ってしまった。
    それから毎日のように水木の家を訪ねてを繰り返していると背後から声をかけられたので振り返って挨拶をすると相手も同じように挨拶をして、このところ通っている理由を尋ねられたので正直に答えた。
    すると、いつだったか同期に水木について尋ねたときと同じ反応をされこう言われた。


    ここはずっと空き家でそんな人が住んでいたことなんて無いよ、と――


    頭を打たれたような気分だった。ぐらぐらと視界が揺れるような気がして、その後、どうやって家に帰ったのかも覚えておらず気がつけばまた縁側で水木の隣に腰かけていた。水木はいつも通り俺に話しかけ、俺はいつも通りに返事をする。そして今日あったことなど色々と談笑する。
    それが当たり前の事で普通の事だ。誰も水木を覚えていないというなら俺だけは忘れないでいれば良いだけの話なのだから。


    それから俺は、あの家に住むための手続きをした。そしていつも通りに会社に行き、いつも通りに帰宅して……ふたり分の食事を準備して寝る前は縁側で晩酌をする日々を過ごした。家に帰れば水木がそばにいて笑いかけ、話をしてくれる。
    そんな充実した毎日を送っていたが、日を追うごとに俺のそばから人が離れていった。人々は俺が狂っていると口々に言い、医者をすすめるようになったが全て突っぱねた。
    水木はちゃんとそこにいる、そこにいるのだとそう告げると諦めたようにまたひとり去っていった。
    そんな日々を過ごしていたある日の晩、水木は珍しく正座をして話があるといったので同じく座り直して正座で向かい合った。そして、水木の口からは聞きたくない言葉を聞いた。

    そろそろ俺の事は忘れて真っ当に生きてくれ、と――

    俺は首を横に振った。それは厭だと、断ると何度も言った。水木は俺が独りになっていく様子をずっと見ていたようで、それが自分のせいだということもわかっているんだと自分を責めた。水木は人でないものへと変わってしまったと気付いた日、このままではいられないと思い徐々に人から認識されないように動いていたのだそうだ。
    その中には俺も含まれていて同じように少しずつ認識からはずそうとしたがどうしても出来なかったと震える声で言った。
    俺の事が好きで、俺にだけは忘れられたくなくて忘れさせることが出来なかったと絞り出すような声で水木がそう言ったのを聞いた瞬間、水木を抱き締めていた。ずっと欲しかった言葉を漸く得られたと満ち足りた気分になった。

    俺も、水木の事が好きだ。叶うならずっとそばにいたい……そちら側に連れていって欲しいと、そう願うと水木は躊躇い、首を振ろうとするのを制止して唇を重ねた。
    俺はお前のそばにいられるならどうなったって良い。ひとりで生涯を全うするくらいならお前とここにいる方がずっと幸せだとそう告げると水木は目を伏せて涙をこぼした。
    こぼれる涙をぬぐった水木は本当に良いんだなと確認をしてきたので勿論だともう一度水木を抱き締め、それから口づけを交わした。


    秋が終わり冬が始まる朝、空き家に住んでいた男は忽然と姿を消した。
    だが、男が消えたことを気にとめるものは誰もいなかった。
    水木と共にあると誓ったその日から、男は人々から存在を認識されなくなったけれど、男はずっとそこにいた。
    今までと変わらず、その家で水木とふたりで暮らしている。
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