私は、神に仕える身なので。それで諦めてくれたら、どんなに面倒ではなかったか。…まぁ、此方から赴く手間が省けるという点だけは、喜んでも良いのかもしれませんが。
「え、それ全部テメノスさんへの見合いの申し込みなんですか?」
「ええ、そうですよ。全部、異端審問官である私への。」
こういう物は受け取らないと事前に伝えてあるというのに、彼等はどういう手段を使ったのか、気が付いたら私の元に封書が届いているのだ。一度会って欲しいという言葉を添えられた、自慢の娘だと言わんばかりに着飾られた若い娘の写真が。
でも見るだけ時間の無駄だしそんな時間もないので、私はそういうものは毎回全部燃やしている。例外なく、全部。
「最初は冬までとっておけば、薪の節約にもなるのではないかと思ったのですがね。保管する場所が勿体無いですし、燃やしてしまうのが一番安全だし手っ取り早いので。」
「安全?安全って、それらの封書には何が…。そんな綺麗に微笑まないでください、テメノスさん。余計に怖いんですけど!」
一度ぐらい目を通してあげては…と、封書を開けることなく一つずつ炎の中に投げ入れている私に、クリック君が少々可哀想になってきたと言ってきました。
心優しい彼らしい言葉だが、答えはNOです。これらが普通の見合い話なら、それで気が済むのなら好きなだけ同情してくださいとでも言ってあげる事は出来ます。でもこれは、全て異端審問官への見合い話。同情など、小指の爪の先程も必要ない。
「一人目、とある大商人の娘。教会の人間と関係を結ぶことによって更なる富を得ようとしている…のは見せ掛けで、真の目的は裏でやっている人身売買がバレそうになっているので、私を唆して事実の揉み消しがしたい。」
「は、え?」
「二人目、とある貴族の娘。実家の当主は代々聖火教の従順なる信者…というのは真っ赤な嘘で、裏で異端者の支援をしている。全ては、憎き聖火教会を破滅に追いやるために。」
「え、ちょっと、テメノスさん!?」
「三人目は…。」
指折り数えながらどういう人間達かと紹介してあげていたら、三人目に入る前にクリック君からストップが入ってしまった。これからがもっと凄いのに、残念です。
「だから言ったでしょう、異端審問官である私への見合い話だと。どいつもこいつも自分の保身やら野心やらしか考えていないので、同情など不要です。」
「……。」
「私に寄ってくるのは、大体こんなモノばかりなんで。…君に寄ってくる人間は、こうでない事を祈ります。」
その後直ぐになんてねと笑って見せたというのに、真に受けてしまったらしいクリック君は、少々怖い顔をしながら手伝いますとだけ言って、次々と封書を炎の中に投げ入れだした。
そんなに沢山一気に入れたら火が消えちゃいますよなんて声をかけたが、こんなもの一刻も早く灰にした方が良いと。
「…テメノスさん。」
二人して、じっと炎を見つめていた。全てが灰になる様子を、ただじっと。
そんな時ふと、名を呼ばれた。ちらりと横を見れば、彼は何故か不安そうな顔をしていた。
「僕は、貴方の信頼を得られてますか?」
実に妙な事を聞くものだと、思ってしまった。
疑っている様な相手に、ペラペラと内情を話すような人間だと私は思われて…いや、それはないか首を横に振った。きっと彼もグルグル考えているうちに分からなくなってしまったのだろう、炎は己の内面を写す鏡となる時があるから。
「そう、ですね…。」
ふむ…と、どう答えたものかと考えを巡らせる。
是非とも察してください、と言いたい所ではあるけれども。
「こうやって、君が横に居る事をごく普通の事として許している。…それが、答えでは駄目ですか?」
口からやっと絞り出した言葉は、本当に答えとなっているか判断出来かねる物だった。
けれども彼は何処かホッとした顔をしていたので、真意は伝わったと思いたい。