原因、アグネア君の摩可不思議の舞が暴発した。以上。
「どうして、僕だけ…。」
「さぁ、日頃の行いじゃないですか?」
落ち込むクリック君を見下ろし、困ったモノですねと溜め息をついて見せた。そう、見下ろしているのだ。私が彼を。別に私が高い所に立っているとか、彼が地面に崩れ落ちているからとかではない。今彼は、アグネア君が踊った摩可不思議の舞のせいで、子供の姿になってしまっているのだ。見た感じでは3~4歳ぐらい。
だから何時も少々見上げる位置にあった彼の顔が、今では随分と下の位置にある。少し新鮮な感じがした。彼はかなり不満そうだが。
「ふふ、随分と小さくて可愛い子羊くんになってしまいましたね。」
「僕は子羊なんかじゃ…、いや、こんな体では反論出来ないですね。剣も握れないとは、僕はどうやってテメノスさんをお守りすれば…。」
「子供を盾にする大人とか、地獄絵図でしかないです。…少しでもその素振りを見せたら、私が君を身を呈して全てから守りますからね。」
そんな事しませんよと慌てて返事するクリック君の目線は、物凄い勢いで私から反らされた。本当に何を考えているか分かりやすくて、此方としてはとても助かる。
子供になったクリック君を診察したキャスティの予測では、摩可不思議の舞の効果は1日程度ではないかと言っていた。子供に戻る機会など滅多にない機会なのだから、堪能すれば良いのにと思う。…まぁ、被害を受けたのが自分ではないからこんな事が言えるのだけれども。
「それにしても、どうして会う人会う人私がとうとう子供を産んだと言うのでしょうね。私が男だって、皆も知っているでしょうに…。」
「そんな事知りませんよ、エルフリックの加護とか思ってるんじゃないですか?」
「拗ねてますねぇ、そういう態度とると本当に子供っぽく見えますよ?クリック君。」
口を尖らせて不満そうな顔をしているクリック君と手を繋いで、歩幅も子供のそれとなってしまった彼に合わせてゆっくりと歩く。
何故か会う人会う人、皆して私の横にいるクリック君を見ては、クリック君はこの事を知っているのかと私に言う。知っているも何も、横にいるのがクリック君本人なのに。
一番酷かったのは、クリック君の友人のオルト君だ。出会い頭に何も言うなと言われて、挨拶もさせてくれなかった。
「…安心しろ、テメノス。必ず奴には認知させるし、責任も取らせる。だから少しここで待っていろ、良いな?」
それだけ言うと、物凄い勢いでオルト君は何処かへ走っていってしまった。
遠くからクリック・ウェルズリィイイ!!!とオルト君の叫び声が聞こえたので、クリック君を探そうとしていたんですね。残念な事に君のお探しのクリック君は、ここにいます。
「産める産めないの問題を横に置いても、私とクリック君の子供がこんな大きい訳ないでしょうに…。せめて赤ん坊ですよ、赤ん坊。」
3、4年前とか私達まだ知り合ってませんよとブツブツ言っていると、クリック君が僕はそんなに無責任な男に見えるのでしょうかと言った。
「皆さんは、子供を連れたテメノスさんを見て、早く僕と話をしろと言う。オルトだって、僕を早急にこの場に連れてこようと走っていった。…僕は、テメノスさんに一人で子育てさせるような男だと、無責任な男だと、思われていたんでしょうか。」
もしそうだとしたら、とても悲しい。絶対にそんな事させないのに。
そう悲しそうに、悔しそうに言うクリック君に、そうではないと思いますけどねぇとだけ返した。
皆はきっと、何らかの奇跡で子供を授かってしまった私が、クリック君に何も告げずに姿を消したと勘違いしたのだろう。だから皆して最初に言ったのだ、彼はこの事を知っているのかと。
「覚悟を決めて手を取った、だから私はもう逃げないと思うんですけどねぇ。…そんな事したら、失礼じゃあないですか。」
「テメノスさん?」
不思議そうな顔をして私を見上げるクリック君に、何でもありませんよと私は笑ってみせた。
何処までも真っ直ぐに私と向き合おうとした彼、それに出来る限りは応えたいとは思う。そう、出来る限りは。
「一度ついてしまった印象を変えるのは大変そうだと、そう思っただけです。」