『愛の形は、』
「…恋愛?私にだって知識ぐらいはありますよ、知識ぐらいは。」
私の普段いる場所をご存知ではない?教会ですよ、教会。救いを求めて、様々な人々が訪れる場所です。
そんな所で日々お勤めを果たしていたら、勝手に色んな知識も身に付くというものです。此方が望んでいるいない関係無しに、何たって毎日色々な悩みが持ち込まれますからね。
「恋愛関係でという事で絞るなら、それこそ小さな一目惚れの話から、痴情の縺れまで。聞いて欲しいと言うから、聞いて差し上げてましたよ?どうしたって私は異端審問官の職務が優先されるので、時たまではありますが。」
でもまぁ、人から聞いていた内容だけではどうしたって知識が偏りがちですし、とても足りない。そういう場合は、自分で本とか読んで知識を身につけていくしかない。
知識がなければ、迷い子を正しい方へ導くことなど出来ませんからね。二人して迷子とか、笑い話にもならない。
「恋だの愛だの、やりたい人がすれば良いのですよ。…私?異端審問官の務めやら神官の務めやらで、そんな事に消費する時間も暇もないので。」
勘違いされると色々面倒なので言っておきますが、恋愛に嫌悪感とかある訳じゃないのですよ。
ただ自分がする事はないのだろうなと、思っていたんです。そして誰かとそんな関係になる事もない、と。
「貴方の一番傍にいる権利を、僕にください。貴方は、僕が全力でお守りします!」
「…君、護衛の経験でも積みたいの?」
ある日、そんな事を子羊くんに急に言われた。
ちゃんと毎回感謝は伝えてる筈なのですがと思った私は、
「そんな事しなくても君は十分やれてますよ、自信持ってください。」
笑ってそう言った。
そうしたら、遠くの方で誰かが転んだ様な音がした。ついでに目の前の子羊くんは、褒めてくれてありがとうございます!でも違う!!と悔しがっていた。
褒めたのに悔しがられるって、どうしてでしょうね。意味が分からない。
「好きです、付き合ってください!!」
「…今度は何の練習ですか、子羊くん。」
「僕は子羊じゃありません!それにこんな時に酷いです、テメノスさん…。」
別の日、子羊くんが私を相手に見立てて告白かプロポーズの練習を始めだした。
練習なのに本気になられたら困るからだろうと、私を相手に選んだ理由をそう推測した。私ならそんな間違いが起きる危険性もないだろうとの判断だろうが…何か少しイラッとしたのは、きっと気のせいだろう。
「君ねぇ、練習なんかしてないで、直接お相手さんに言って来たらどうですか?こんな所で油売ってないで、玉砕覚悟で突撃してきなさい。」
「練習と思われてる!?届いていないとは思っていたけれども、まさかそんな…。」
「こういうのは勢いが重要です、勢いが。…まぁ、その、本当に玉砕したらやけ酒位は付き合ってあげますから。頑張って、ね?」
苦笑している子羊くんに、この子は何故こんな慎重になっているのだろうかと私は首を傾げた。そして行き着いた先が、もしかして子羊くんが想いを寄せるお相手は既婚者なのでは?という事だった。
子羊くんの恋は応援してあげたいが、それはどうかと思…いや、私がとやかく言う資格は…とか少し考え込んでしまった。後日何処から伝わったのか、子羊くん自身から、彼の想い人は既婚者ではないと直々に訂正が入った。違う、と。
…では、君の想い人とは誰だ?
「さぁ、誰でしょうね。」
練習を繰り返し続ける彼、その度に首を傾げる私。時には彼をからかってみて、その反応を楽しんでみたりして。ずっと、ずっとそんな日が続いていた。
…そして今、私はとても困っている。いくら思考を巡らせても、彼の想い人の姿は未だに見えない。見えてこない。
それはこの際どうでも…いや、良くないか。何故こうも、私は彼の想い人が気になるのだろうか?胸の靄が晴れない、これは何だ?
「僕の事をいっぱい考えてください、そうしたら案外簡単に答えが出るかも知れませんよ?」
ねぇ、テメノスさん。
そう言って、彼は穏やかに笑っていて。
「それから、私は可笑しくなりました。何をするにも、子羊くんの影がちらつくようになってしまいました。本当に、意味が分かりません。意味が、分からない…。」
そういえばこの料理をこの前好きだと言っていたなとか、回復のブドウを買いに行ったのに頭では彼は怪我していないだろうかと考えていたりとか。
お互いにそれぞれの職務がありますから、ずっと一緒にいる訳ではありません。それなのに、私の頭の中に子羊くんが勝手に住み着いてしまいました。何を考えても、勝手に顔をひょこっと見せるのです。いくら思考の外に追い払おうとしても、ずっとそこにいる。頭を抱える頻度が増えてしまって、周囲に心配される事も多くなりました。こんな筈じゃないのに、どうして。
「そんなある日、私はとうとう思ってしまった。彼の想い人が、羨ましいと。彼に想いを寄せられて、あんなに想われて、と…。」
もうこうなっては、私は子羊くんの練習相手は勤まりません。だって彼が私を相手に練習を繰り返すのは、面倒な事になりそうにないからです。でも、私は…。
この芽生えた想いは、決して彼には悟られないようにしよう。そうすれば私はずっと、想い続ける事が出来る。誰に告げるでもなく墓まで持ってこう、そう決めてたのに。
「…では、貴方が言う通りに練習は終わりとしましょうか。」
何時までも練習を繰り返す君に付き合うほど、私は暇ではないし時間の余裕もない。
そう言って冷たく突き放し、今すぐ君の想い人の所に行けと背中を押した筈なのに。
「貴方が好きです。貴方の一番傍にいる権利を、僕にください。」
どうして彼は、私相手にその言葉を言うのだろうか。練習は終わりだと、そう言ったではないか。
「大切に思っています、誰よりも貴方を。…愛しています、テメノスさん。」