確か最初は、私が子羊くんを有無を言わさず強引に抱きしめた事だった気がする。ハグはストレス発散の効果があるらしいですよ、なんてそれらしい理由をつけて。
その時の子羊くんは、本当に酷い状態だった。何があったかは絶対に口にはしない癖に、その顔は酷く疲れ果てていて。無理矢理口を割らせても良かったのだが、それで話が拗れるのも面倒で。でも放置する訳にもいかず、考えに考えた結果が抱きしめてやる事だった。落ち着くまで、何があったかを彼が話そうと思うまで。
「何か失敗したのなら、次同じ事を繰り返さなければいい。君の頭は、お飾りではないでしょう?考える事も、予防策を練る事も出来る筈。」
「……。」
「君が頑張っている事は、私が知っています。私が、君の努力を認めて差し上げましょう。だから大丈夫ですよ、今まで通り励みなさい。…良いですね?子羊くん。」
結局その時の子羊くんに何があったかについて、私が知る事はなかった。子羊くんは何も言わなかったし、私もあえて聞こうとしなかったから。
ただ数日後に再び子羊くんと会った時には、その顔に疲れや影は全く見えなくなっていた。だから恐らく、彼を悩ませている事柄は解決したのだろう。
「おやおや、今日は甘えん坊な日ですか?子羊くん。」
「僕は、子羊じゃありません…。」
「甘えん坊の部分に関しては否定しなくて良いのですか、君は。」
その日を境に、子羊くんは時々私に甘えるような仕草を見せるようになった。
ねだられるままに抱きしめてやれば安心したように笑い、気紛れに頭でも撫でてやれば気持ち良さそうに目を細めた。
まるで大きな子供のようだと、思う時もある。思うだけで、口には出さない。これで拗ねられても、面倒なだけなので。
「やれやれ、困った子羊くんだ。」
別に彼を甘やかすのも彼に甘えられるのも嫌ではないので、特に問題はないと思う。
嫌ではないと気付いた時は少々驚いた、だって彼が甘えてくる時は私は本当に何も出来なくなるのだ。今までしていた事を全て中断する事を余儀無くされるというのに、それでも嫌ではないと思うなんて。普通嫌がるものでは?と気付いた時に思った。
…でもまぁ、彼に少しでも安堵出来る場所と時間が与えられるという事に比べたら、些細な事だろう。甘えてくる彼を今更振り払う様な事も出来ず、私は考える事を止めた。考えた所で、結果は同じだろうから。
「甘えん坊な子羊くん、今日は何をお望みで?抱きしめてあげましょう、頭を撫でてあげましょう、お望みであれば添い寝でもしてあげましょうか?」
君が望むなら、何でもしてあげましょうね。
そう言うと、私の腕の中にいる子羊くんはとても嬉しそうに笑って…―。