夜空を見ればそこにはまんまるとした綺麗な満月が目に入る。
片手には酒、いい月見酒ができるだろう。
周りが静かであれば。
「っうっう…ぼくは、ぼくはぁ…!」
自分の隣で泣いてる金髪のトルペに男は少し、いやだいぶ呆れていた。
トルペが酔っ払うといつだって話す内容は団長のことばかり。
いかに団長が素晴らしいか、いかに団長が完璧かを豪語したあとに、自分の卑下がはいる。
飲み会になればいつものことだが、今日はそのいつもにスパイスを追加することにした。
「なぁ、トルペ。団長っていくつか知ってるか?」
「ふぇ?…いくつかって年齢ですか…?」
「そそ、若いだろ?」
男の言う通り団長は顔だけ見ればひどく若く見える。ただその貫禄からかにこりと静かに笑う姿は随分と大人で30代と言われても納得できる。
20代にも30代にも果ては40代にも感じる不思議な団長。
「…???さ、30歳とか…?」
酔っ払ってまともに働かない頭を使ってトルペは解答する。
男はまぁそうだよな。と慣れているような反応を示すと、トルペの酔いが吹き飛ぶようなことを告げてきた。
「団長、お前と同じ22だよ」
「…………へ?」
◆
「えええええ!!!???」
「うわっうるさっ!?お前そんな声も出たのか」
「で、出ますよ!だって、あのっ、あの団長さんが!!??」
「うるせぇうるせぇ!落ち着け!」
男はなんとかトルペを落ち着かせると、こほんと咳払いをして話し始めた。
「実は前団長は今の団長の父親でな。その父親の遺言で次の団長はあの人って決めてたんだよ」
「そっ、そうだったんですね」
「あぁ。まぁ本来ならまだ現役の歳で、まだまだ譲る気は無かっただろうが。4年前に不慮の事故でな…」
「……うぅ。団長さん…」
今にも泣き出しそうなトルペに、まだ酔っ払ってるなと思いつつ、男はずっと思っていたことをトルペに話した。
「…18歳の時からこんなでかい楽団の団長になって、さぞプレッシャーが強かっただろう。
俺たちも知らない仲じゃなかったからもちろんサポートは全力でしたし、必要なら代わりに表に立つこともした。でも、それに甘えず今の団長は必死に一人前になろうとしてそれが染みついちまった」
当時の誰にも頼ってはいけないというある種の脅迫概念に支配されていた団長は、見ていて痛ましいほどだった。
「大丈夫」の一点張りで、本当に大人が必要な時以外は自分1人でなんとかしていた。
下手に容量があるせいで出来てしまっていたのも、それに少し甘えていた自分達も良くなかった。
「ま、俺なんかが心配なんてしても余計なお世話だろうが。トルペ、お前さえ良ければ団長の友達になってくれないか?」
「…友達、に?」
トルペはキョトンとした顔を浮かべると、もう一度友達と復唱する。
「…団長には同年代の友達はいなくてな。忙しさもあって外にもなかなか行けない。お前にしか頼めないんだ」
「……わかりました!行ってきます!!」
「え、あ、まて!トルペ!今行ったらお前絶対にっ……あー」
真剣な顔つきで頼めばトルペは意気揚々と広場を飛び出していった。
しかし、それができたのは酔っているからだとすぐに判断した男は、今後のトルペのために止めようと思ったがすでに遅く。
翌日どんよりとしたトルペを見ることになると確信しつつ、今度話す時はシラフの時にしようと反省した。
◆
1人ぼんやり夜空を眺めている。
他は宴会で喧騒を遠くで聞きながら1人でいるこの時間は今の団長にとって、肩の荷を下ろせる貴重な時間だ。
月はいついかなる時でも同じようにそこにあるが、今日はなんだか特別に見える。
「……」
しばらく月を眺め、満足してくるりと部屋の中に向き直る。
1人のこと時間はひどく落ち着く。
完全に気を抜くことはできないが、笑顔を作らなくていい。
そんなことを思っていると。
「団長さんっっ!!!!」
「!?」
普段では絶対しないような勢いある扉の開け方をしながらトルペが部屋に入ってきた。
よくよく見ると顔が真っ赤で、少しお酒の匂いがすることから酔っているのは容易に想像できる。
一体なにがあったのかと、少し焦っているとトルペが近寄ってきて団長の手を握った。
「っトルペくん?」
「あのっ、そのっ。だだだ団長さんと同い年って…聞いてっ」
「そうだね?」
「だからっそのっ!」
焦っているのか、緊張しているのか、酔っていて頭が働かないのか、はたまた全部なのか。
トルペは途切れ途切れになりながら、キチンとはっきり大声で、伝える。
「僕とパートナーになってください!!!」
「……っへ?」
トルペから告げられた言葉は予想外のもので団長は思わず固まってしまう。
同い年と聞いてパートナーはどう考えても繋がらない。
きっと別の何かを言いたかったのだろうが、団長にとってトルペからパートナーになってほしいと言う言葉は衝撃的すぎてフォローも出来なかった。
トルペはというと、固まっている団長の様子に気づいたのか自分が口走ってしまったことを思い出す。
サァッと血の気と酔いが引いていき、トルペは慌てて訂正した。
「あああああの、ちがくて!すみません!!」
「だ、大丈夫。わかっているよ」
「そ、そのっ!お友達になってほしいんです!!」
一世一代の告白かと思うほど一生懸命に言ってくるトルペになんだか少し癒される。
そして同い年の意味を理解できた団長は、笑ってトルペの手をそっと握る。
「それはもちろん。喜んで」
「!!いいいいいいんですか」
「あぁ、断る理由はないし、同年代の友達はなかなかいないからね」
「あ、ありがとうございます!」
「友達に敬語使うのかい?」
「ありがとう!」
素直なトルペにすくすく笑っていると、トルペもなんだか恥ずかしくなったのか、赤かった顔をさらに赤くしながら、「えへへ」となんともふにゃふにゃに笑う。
「さ、トルペくん。もう遅いからもう寝るといい」
「はい!じゃなくて、あぁ!
また明日!」
「うん、また明日」
嵐のようにきて嵐のように去っていったトルペの背中を見送ると、部屋にまた静寂が戻る。
しかし、どきどきと五月蝿く鳴る心臓だけは静かになりそうもない。
「……大丈夫、バレてない…。」
ぎゅぅっと少し強く胸を押さえて、深呼吸をする。
それでも頭は冷静になってはくれないが、幾らか思考はできるようになった。
(…友達をパートナーに言い間違えるのは、どんなうっかりなんだい。全く)
団長はそっと窓を開けると、冷たい空気を吸い込んだ。火照った頬が膜を張り寒さを感じない。
(…脈が収まらない。眠気も吹き飛んでしまったし、どうしようかな)
また月を見上げる。
いつものようにそこに浮かび続けている月は、少しだけ位置を変えたようだ。
「…月が綺麗だね。トルペくん」
もう部屋にいない彼の名を呼ぶ。返事はなく、そこにあるのは静寂のみ。
遠くの喧騒ももう人が少なくなっていることがわかる。
団長はそっと窓を閉めると、カーテンで月を隠した。
己の恋も同じように見ないふりをするように。