マスカットタルト ランドールがモンスターズ・インクに入社し、数ヶ月が経った頃。
仕事終わりにロッカーを開けると、中に見覚えのない箱が入っていた。
「……なにこれ」
箱の形状やデザインからして、恐らく中にはケーキが入っている。
なぜなら、会社付近で有名なケーキ店のロゴが箱に記されているからだ。
箱には送り主の名前が表記してある手書きの小さなカードが貼り付けられており、そこには『マイク・ワゾウスキより』と、書かれていた。筆跡もマイクのもので間違いない。
「ワゾウスキの奴……。何考えてんだか」
大学時代のことを思い出し、複雑な思いを抱えながら色々考えた結果。捨てるのはさすがにもったいないと判断した甘いもの好きなランドールは、ケーキを自宅に持ち帰ることにした。
——マイクからのケーキを自宅に持ち帰ったランドールは、フォークを用意しソファに座るとそっと箱を開けてみた。
箱の中には、マスカットタルトが入っていた。
ふんだんに盛り付けられているマスカットの明るい黄緑色と丸い形状は、送り主であるマイクにとてもよく似ている。
(ワゾウスキの奴……。わざわざ自分と同じ色のケーキを選ぶだなんて、自分のこと好きすぎるだろ)
まん丸で鮮やかな黄緑色のマスカットそのものがマイクによく似ていて、なんだか無性にイライラする。
そう思ったが、その直後にランドールは部屋を見渡し、自宅の家具や私物を自身の体色である紫色で統一しているのだったと思い出す。
(ま、俺も他人のこと言えないか)
とはいえ、ランドールは自分を好きになりたいという思いから、自分の象徴である紫色を好きになろうとしている。それは大学時代から変わらない。私物を紫色で統一するのは、それゆえの行動だ。
心の底から自分に自信を持っており、自分のことを心の底から大好きであるマイクとは、その点が大きく異なる。
普段、ランドールが勝ち気に振る舞っているのは、弱い自分を隠すためだ。
誰にも舐められたくない。二度と屈辱を味わいたくない。
それに、みんなから『アイツはすごい奴だ』と評価されたい。
そういった理由と非常にプライドの高い性格が重なり、弱い自分も弱気な自分も他人には絶対に見せないようにしている。
と、それはさておき。箱の中にメッセージカードが入っていることに気づいたランドールは、それを手に取り読んでみることにした。
『誕生日おめでとう。お前、甘いもの好きだったよな。照れくさいし、今まで言う機会なくて伝えてなかったけどさ。ランドールさえ良ければ、俺はまたお前と親友になってやってもいいんだぜ? 俺はその時が訪れるのを気長に待ってるからさ』
思いもよらなかったマイクの言葉に、数秒の間ランドールは言葉に詰まる。
「はあ、もう……。こういうの、ほんっと……いらない……」
ランディであった頃の、マイクと親友だった頃の自分はとっくに捨てた。
もうあの頃には戻れないし、戻らない。
そう決めていたはずのに、今は少しだけ……いや、かなり心が揺らいでいる。