驚かせたかっただけなんだドイツに来てみないか…レナートの誘いに旬は二つ返事で了承し、待ち合わせ場所にソワソワしながら影の交換で現れた。
随分早い時間を指定され、若干起きれるかと心配していたが影達に揺り起こされ寝ぼけながら無事寝坊せず済んだ。後で礼を言わなければ…
「やぁ、水篠ハンター…お久しぶりです」
「え…あ、レナートハンター…?」
お久しぶり…です。
落ち着いた声は確かにレナートの声だが、外見が違いすぎてマジマジと見つめてしまう。
「やはり、似合いませんか?」
「い、いや…その、驚いただけです…似合っています」
光に当たると透き通り、キラキラと日光に負けないぐらい輝いていた金色は見当たらず。
旬と同じか、それよりも黒髪が異彩を放っていた。
一瞬別人か、はたまた成りすましか…そんな考えが過ったが視界に入る魔力の質…波長は紛れもない、旬が知っているレナート・ニールマン本人だった。
興味と困惑…どうすればいいのかと、たじろいでる旬の姿にレナートは悪戯が成功して楽しいのか、意地の悪い顔をしていた。
「貴方のそんな姿を見れるなんて…試した甲斐がありましたね」
さぁ、行きましょうか
未だに困惑している旬に、手を差し出してくるレナートに旬は数秒眺めた後、手を重ねた。
「おいっ…水篠はん…っ…旬っ!」
「………」
先程まで肩を並べ共に歩いて市場を覗き、冷やかしながら買い物をしていたのに、途中から旬の機嫌が降下し、レナートの静止も虚しく、足早に市街を抜けて行く。
互いの手には朝市で買った焼きたてのバケットから始まりチーズの塊やソーセージといった食材や旬用にと購入したマグカップ等が紙袋から姿を覗かせていた。
楽しそうに市場を覗き、活気に押されたじろいでいた姿を見てレナートもまた楽しんでいたのに、なぜ旬の機嫌が急降下したのか分からず困惑するばかりだった。
「…交換」
「おい、しゅ…っ!?」
マルクトから離れ人通りが少なくなった途端、旬が能力を使用したのか、足元からブワリと影が膨らみ弾け闇に包まれる。
「…!?」
ほんの数秒で見慣れた部屋が視界に入りレナートは驚く。手にしていた紙袋もいつの間にかお互いの手から消え去っていた。
「君、の能力は知っていたが…すごいな」
「……」
純粋な称賛が零れてしまうが、そんなレナートに返事もせず力の限り腕を引っ張り連行する。
いつの間に間取りを把握していたのか、迷いなく歩く旬に何を言ってもこれは止まらないな、とレナートは諦め旬の行動にしたがった。
「まて、まてまてまてっ、旬!やめろ!」
好きにさせていたが、流石に衣服を着用したままバスルームに直行する後ろ姿に流石に焦り制止する、が、止まらない。
「やめろ、ばかっ!おちつ…ぶっ!!??」
「うるさい」
問答無用でシャワーノズルを向けられ温度調整が整っていない冷水を頭からかけられ硬直してしまう。
頭からバタバタと水が流れレナートが着ていた服やコートに水が染み込み変色し、ずっしりと重くなる。
「ちっ…!」
そんなレナートを気にせず旬はシャンプーを数滴手に取りレナートの頭…黒髪を力の限りガシガシと洗う
力が入りすぎて時折ぶちぶちと不吉な音が聞こえレナートは漸く我に返り、旬の手首を掴み今度こそ暴挙を止めた。
「やめろっ…、どうしたんだ旬?」
「…、…」
数秒の沈黙が続く。
旬が手にしているシャワーノズルから流れる水音が大きく聞こえた様な気がした。
お互いずぶ濡れで向き合い旬の返答を待つが、旬は俯き口を固く結んでいた。
「しゅん…旬…?僕が何か気に障る事をしたのか?…黒髪は嫌だったのか?」
執拗に髪を洗われればこの髪が気に食わないとさすがのレナートでも気付き旬に問うが旬は横に首を振り否定してきて困惑する。
「じゃあ、なぜ?…おしえてくれないか?」
声を荒げず優しく諭す。
本当は旬の暴挙に怒鳴っても良いのだろうが、理由無く行動する人物ではないのをレナートは知っている。
何より旬の口から聞きたかった。
「…お、れは…」
「ん?」
俺は、レナートさんの恋人…ですよね
吃りながら漸く口を開いた旬の言葉にレナートは目を見開く。
「何当たり前の事を…旬、君は僕の…」
「さ、さっき…訂正しなかったじゃないですか」
「……あぁ、そうゆうことか」
漸く謎だった点が繋がり合致した。
『お二人は双子なんですか?ずいぶん似てますね』
『、いいえ…自慢の弟なんです』
『まぁ、ご兄弟!かっこいいしオマケしときますね!』
数刻前のフィッシュマルクトに立ち寄った際売り子をしていた女性に掛けられた言葉だった。
「君は恋人だって訂正して欲しかったのかい?」
「…、ん」
眉間にシワを寄せ下唇を噛む姿に罪悪感が湧き上がるが、それと同時に嫉妬からこんな暴挙に出たのかと理解するとジワジワと愛らしさが募る。
「すまない…本当は訂正したかった…が、僕だけ浮かれてると思われたくなかったんだ」
許してくれ
全身ずぶ濡れで頭髪は泡まみれの、ぐしゃぐしゃで格好が全くつかないが誠意を持って謝罪する。
「…、恋人らしいこと、してくれたら許します…」
「無論…そのつもりだ」
未だいじけた雰囲気は見受けられるが、チャンスを貰えたのだ、仕切り直すために染色を落とす為の専用シャンプーを手にとった。