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    sushiwoyokose

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    sushiwoyokose

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    古傷が疼くゆりぴのアルユリをいっぱいみたいわけで…

    傷薬たるものサントレザン城内に設けられた書庫は北向きに位置し、冬になると他の部屋よりぐっと空気が冷えている。ところどころに暖気を送る器具が置かれてはいるものの、部屋の広さが温もりをすっかり薄めてしまうのだ。
    「……、っ」
    その寒さで、体が軋んだのだろう。資料を捲るのに腕を動かした瞬間、腹に鋭い痛みが走った。思わず手を添えたそこは、生きるために死を抉った場所である。傷は塞がって久しいが、こうした痛みを感じることはままあった。
    (デストルクティオに異変はない、な。身体も特に……。いや、今朝から俄かに怠さはあったか。冷え込むとどうも古傷が反応していけないね。寒くなってきたというのに、あまり衣装を重ねてこなかったせいだろうな)
    最初こそ癒えた傷の反旗に驚き多少の動揺を得たものだが、今や慣れたものだ。冷静に頭を回し、痛みの原因を一つひとつ探っていく。星晶獣のコントロールは限りなく安定しているが、それでも星の力は未知数だ。些細な変化を見逃して、破滅に繋がる事態だけは絶対に避けなくてはならない。その決意は緩やかに未来に進み始めた祖国のためであり、破壊を齎す以外に力の使い道を見出し始めたデストルクティオのためであって、何よりどんな目に逢っても私の命を諦めなかった親友殿のためだった。
    ひとまず異常事態ではないことを確認し、細く息を吐く。そこでようやく、過保護な騎士が同じ部屋に居ることを思い出した。議会に使う資料を探そうと、揃って足を運んだのだ。はっとして顔を上げると同時、ばちんと閃光が弾けて、その眩さに瞬きを一つ。次に開けた視界には、端麗な顔立ちがずいと目の前に立ちふさがっていた。
    「どこか痛むのか」
    「別になにも、と言いたいところだが。そんな言い訳では納得しない顔と見える」
    「何もなさそうなら駆けつけやしない。白状しろ、言っておくが折れないからな」
    魔物を見据える時と同じ、強く凛々しい視線に苦笑する。この調子では、小さなうめき声を聞かれてしまったのだろう。生半可な過保護ではのらりくらりと躱されてしまうのをよく知っているが故、この男の寄越す心配はいつでも少しの脅しを孕んでいる。
    「古傷が疼いただけだよ。寒くなってくるとどうもね」
    「腹か。……あれだけの大怪我ともなると、流石に長引くな。最近は少し落ち着いて来たかと思ったが」
    「寒さにやられたんだろう。もう少し着込んでくるべきだったよ」
    「ああ……確かに、今朝は急に冷えたから。少し休め。小一時間座って、よくならないようなら今日は切り上げろ」
    「団長命令かい?」
    「どちらかと言えば懇願だな」
    鋭かった目線が緩む。柔らかに微笑んだ雷は、花でも抱えるような手つきでそうっと私の頬を撫でていった。溢れんばかりの慈愛に晒されて、鈍痛の続く腹の底に恥じらいからくるもどかしさが加わる。かつて、星の獣が齎した頭痛などに比べれば可愛い痛みだった。体調が優れないのは確かだが、だましだましに薬でも飲んでいれば執務を続けることも容易だろう。ほんの少し前の私であれば、優しい掌を振り払って無茶を選んだ。身を粉にすることが、咎人が生きることを許される唯一の道だと信じていたが故に。贖罪は私の使命だ。だが生きろと願ってくれたこの男の傍で、願われるまま健やかに生きることもまた、忘れてはならない使命である。
    「仰せのままに、団長殿。……お言葉に甘えることにしよう。無理を押して、動けなくなっても都合が悪い。君の執務室を借りても? 万が一力が溢れないとも限らないからね、見張りが欲しい」
    「任せておけ。俺の手の届く場所に在る限り、お前を苦悶の世界には戻さない」
    「ふふ、私の騎士はどうも口が甘ったるいな」
    頬を包む掌に自分の指先を重ねて、友の顔を真似てみる。笑顔が利いたか、言葉が利いたか。アルベールは驚きをそっくりそのまま瞳に写して、赤を零してしまいそうなほど美しい目を見開いている。雷の加護を宿す祝福された英雄を、罪を負った忌み子が独り占めるなどそれこそ石を投げられそうな贅沢だ。しかしこのごろの彼は専ら私のために働き、私を守るために動いて、私を愛してくれている。なれば、二人きりでいるときくらい、心の向くままに愛しい友を抱きしめてもよいのではなかろうか。
    生かされてからの私は、欲に随分と従順になった。どうしたって手放せなかった雷への本心を、隠すつもりはあまり、ない。
    「お前の、騎士」
    「ふふ、しみじみと繰り返すなよ。こちらが恥ずかしくなってくる」
    「噛みしめておかないと、夢かと思って……。いや、悪い、優れないんだったな。早く戻ろう、資料集めはまた今度だ。集めた分だけ持っていくか?」
    「そうしよう、戻すのも手間だ」
    「まとめて持つ。寄越してくれ」
    本の数冊くらい持っていける、と反論が喉まで出かかったが、差し出されたアルベールの手はそう簡単に引っ込まないだろう。言い訳を考えるほうが面倒と踏んで、大人しく数冊預かってもらうことにする。
    「落とすなよ」
    「そこまで間抜けな真似はしないさ。……、けっつまづいても迅雷で誤魔化す」
    「くはは、便利な雷で結構」
    妙に凛とした姿勢で本を抱えたアルベールに、照れ隠しの揶揄いを送って書庫を後にする。私の言葉を反芻しているのか、黙りこくってしまった友に倣って私も彼の言葉を繰り返してみることにした。苦悶に戻さないと言い切ったアルベールの言葉は、決しておめでたい妄言でも、甘ったるいだけの幻想でもない。ただ、ただ、ひたすらに暖かくゆるぎない決意。
    (それが、私にとっては何よりの薬だ。深い傷に対しても、過去の孤独に対しても)
    痛みも気怠さも、既に幾分か軽くなっているのは巡る慈愛が冷えた身体を温めてくれているおかげだろう。底知れないぬくもりにほうっと抜け出ていったため息は、安堵に満ちた音をしていた。
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