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    sushiwoyokose

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    sushiwoyokose

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    アルユリの療養中定食です

    回顧その昔、まだ背負う肩書が小隊長だった頃。雷迅卿の名はすでに「国の未来を背負う剣」として町中に響き渡っていたが、俺の力といえばおよそ人を救うに足らない不完全なものだった。広範囲に落ちる雷は、基本的に敵味方を区別しない。剣に纏わせて戦う分にはいいが、魔力を解き放って全力を出すには味方への被害を容認する必要がある。
    事実、退避が間に合わず部下に火傷を負わせるなどということはざらだった。魔物が散らばって照準が狂い、民家や畑を焼いてしまったこともある。いずれも俺に非難の声はかからず、むしろ命を救われるのであればこれくらい安いものと励まされるばかりだ。だが、少しだって犠牲の出る救いというのは俺の理想とする騎士道精神に反するもの。魔物を相手にする時は、囮のように躍り出て敵を引きつけて人気のない場所で単独撃破を行う。そんな無茶な戦法をとるようになるまで、そう時間は掛からなかった。
    「疾く駆けるのは地面だけで十分ではないかね」
    「は?」
    「命まで早駆けする必要はないという話だ」
    「もしかして、心配してくれているのか?」
    「……」
    「いっ、……っで! おい、そんな急に消毒液を……っ……ぐぅ……っ」
    右腕いっぱいに広がった火傷をてきぱきと手当てしてくれていたユリウスは、冷えた声で一言二言溢したのち、俺の返事には答えを寄越さずに思い切りアルコールをぶちまけた。る。酷く焼け爛れた傷口はこれでもかというほどじくじくと痛み、悲鳴に言葉を奪われる。思わず目の前の男を睨みつければ、人を小馬鹿にしたような意地悪い笑みに迎え撃たれた。
    「心配? ははぁ……そんな生ぬるいもので済むと思っているなら、君の頭はよほど呆けているよ雷迅卿」
    「な……っ」
    「一個隊の長が一人で飛び出して怪我をし、剣が持てないほどの怪我を負うというのがどれだけの事態かわかっているのかね。一兵卒でもあるまいに、君は己の責任というものを今一度自覚するべきだ」
    饒舌な説教に鮮やかな軽口が加わり、思わず眉が上がる。ユリウスの言い分は逃れようもなく正しいが、森羅万象を手のひらで転がしているような悠々とした態度が余計な棘となって腸を沸かした。冷静になろうと思ってなれるものなら、きっと俺はこの策士ともう少し早く友になれていただろうと思う。
    「……討伐対象は討ち取った。皆は怪我もないのだろう? 俺の腕一本はまぁ、ダメになったがこれもすぐに治る。なにがいけない」
    「今日の討伐対象は群れたスライムだった。数が多くなかなかの手強さではあったが、それでも各個撃破で十分に対処できたはずだ。君が一人飛び出していって、腕が焼けるほどの力を放つ必要が果たしてあったかい? その腕が治るのには1週間はかかるよ。君の脅威的な回復力を加味したとしても。その間本来であれば受けられたであろう討伐任務を他に回す必要がある。明日、いやこれからでも瘴流域から流れ着く強化された魔物が現れたら君は前線に出られないわけだが、この損失は果たして安いのかね」
    「剣を振るえないほどの傷じゃない」
    「……」
    「いっ、っだ……!」
    再び傷口にアルコールの雨が降る。またしても悲鳴をあげた俺に、ユリウスは微笑みを消して呆れたため息を吐き出した。
    「雷の降り注ぐ我が祖国では落雷による事故が後を絶たないが、歴史を遡って統計を比べると火事に始まる建物の損壊、または雷を原因とした死傷者の数は年々減少傾向にある。何故かわかるかい、と聞いたところで君は渋い顔をして回答より先に謎かけへの嫌悪を示すだろうから先へ進むが、集積された人の知恵が日々自然に争っているからだ」
    聞き捨てならない失礼が聞こえたが、よく的を得た失礼でもあった。喉まで出かかった文句を今度はどうにか飲み込んで、友の言葉の続きを強請る。
    「……。知恵、というのは?」
    「避雷針だよ。あれができてからというもの、レヴィオンの歴史からはぐっと雷の事故の表記が減るんだ。最近では雷を通さない白華晶と組み合わせて、雷の持つエネルギーをある程度コントロールした上で誘導することが可能になっている。勿論、それで全てを防げるかというとそうではないが……何もしないよりは遥かにいい」
    軟膏の染み込んだガーゼが、柔らかく傷口を覆っていく。先ほどまでの消毒と打って変わって、患部を扱う手つきは慎重で柔らかい。くすぐったいほどに優しい手当てに加えて、揶揄うような口調が神妙で静かな声音に変わるものだから、はらわたを沸かしたままではいられなかった。
    「例えば君の個隊にのみ耐雷の装備を備えるだとか、任務地で擬似的に力を誘う避雷針を立てるだとか。君自身の装備についても、これだけ自傷が通ってしまうのなら見直すべきだ。……思考をする暇があれば戦えというのがこの国の妙な筋になっているがね、それで負う無駄な傷など名誉でもなんでもない」
    「……。なぁ、ユリウス? やっぱりこれは心配じゃないのか」
    「……。一縷に縋り続ける国家に栄華がどうして訪れよう。これは警告だよ、そう、警告さ。君の語る祖国繁栄の夢が詭弁でないと信じて腹を割っている。さわりはよくないだろう、気を悪くする物言いというのは理解の上でね」
    薄桃色の瞳が少し、空を彷徨った。戸惑ったような視線はやがて俺を捉え、その顔がすでに苛立ちから脱していると気づくや否やふわりと花の咲くような笑みが友の顔を彩る。
    「ふ、柄になく急いてしまったな。生意気な口は謝ろう、喧嘩をしたかったわけじゃない」
    「ああ、最近わかってきたよ。お前、動揺すると口数が増えるんだ。頭を通さないで話すから言葉が強くなる。違うか?」
    「……さてね。それよりどうだ、君が許すというなら隊服の改造を試みてみるが。その力をもってしても、君が孤立しないで済む戦い方が編み出せれば百人力だろうからね。避雷の構造は若い頃に研究をしていたことがあるから、きっとうまくいく」
    「それは素晴らしい提案、だが。……小隊長の許可でどうにかできるとは思えんぞ」
    「くく、君は団長にえらく気に入られているだろう? うまくまとめて進言をするんだよ、そういう交渉術もこの先必要になってくる、演技力というのは時に戦場でも大いに役立つよ、アルベール」
    きっちりと包帯を巻かれて、傷は見えなくなった。痛みより、なにより、友の顔がようやく晴れたことにほっと息を吐く。そばで笑う彼の笑顔が、何より俺の安寧であったと気づいたのは、その後訪れた長い離別の間のことだった。


    ◇◇◇

    「ひどく……残ったね」
    「ん?」
    「天雷剣に焼かれた跡。君の肌にそういう火傷が散っているのは、久しぶりに見る」
    生死の境を彷徨った友は、順調に回復していると言って日により体調に斑がある。昨日は難なく出歩いて研究室と書庫とを行き来するほどだったが、今日はぐったりとベッドに沈み込んだまま微動だにしない。瞼を開けるのさえ億劫そうにしているあたり、相当優れないのだろう。元気のある時は「自分でやる」と言って聞かない包帯の取り替えも、俺にされるがままだった。
    ぼうっと手当てを眺めていたユリウスが唐突に俺の掌を指し示す。擦り傷に塗れた指先が盛り上がった火傷の跡を辿ると、ひりつくような痛みがぴりりと体を駆け上っていった。
    「っ」
    「ああ、すまない。まだ痛むのか」
    「治療を随分怠ったからな。応急手当てはマイムが丁寧にやってくれたんだが、その後ほっぽってしまって」
    「ふふ……、まぁ、激動の最中だったからなぁ。しかし、人の手当てにはとくと口うるさいくせに、自分のこととなるとこれだ。君という男は本当に、ねぇ」
    薄く笑ったユリウスの指先に、ぼんやりとした回復魔法が浮かび上がる。持っていた包帯やら消毒液やらを盛大に床に落としながら、慌ててユリウスを止めにかかった。
    「やめろ、それができるんなら自分を治せ」
    「そう焦らなくていい。この程度でどうとなるほど弱ってはいないさ、興が乗った」
    「ユリウス!」
    語気を強めて、友を諌める。ユリウスは怒責に怯むどころか口端を持ち上げて笑いながら、じっと俺の掌を癒し続けた。これだけ気怠げにしているというのに、腕を捕らえる力は信じられないほど強い。無理にでも振りほどきたい気持ちと、友の身体に余計な負担をかけたくない気持ちとが葛藤し、結局身動きが取れなくなる。今度は俺がされるがままになる番だった。でこぼこと不規則に盛り上がる火傷の跡が、少しずつ平坦になっていくのをもどかしい気持ちで見守る。柔らかな光を放つその腕は、俺の火傷などよりずっと酷い傷を負っているというのに。
    「……若い頃の君は、よく自分の力に焼かれていた。少し前までの私のように、力を持て余しているような様子でね」
    「ああ……」
    「だが、古来の英雄に似たその力は誰にとっても美しいものだった。たとえ誰が焼かれても、罪を問われないほどに。私は……それがずっと、腹立たしくてね」
    「……腹立たしい?」
    「常人の魔力は、暴発したところで家屋を吹き飛ばすような規模にはならない。己が魔力で体を焼かれるなんていうのも滅多にない異常事態だ。だというのに皆、その異常には見向きもしないで、英雄の力だと賛辞ばかりを口にする。君も君で、民草の思いに応えることができるならと、自分の傷には見向きもしない。わが国にとって、力とは何よりにも勝る崇拝の対象だったからだ。いずれその力が英雄自体を焼き殺してしまったらどうするのかなんて、きっと誰も考えていなかっただろうさ」
    赤みがかっていた手のひらに、正常な血の気が戻りつつある。俺にも回復魔法が使えればと歯噛みすると、空いたユリウスの片手がそうっと頬を撫ぜていった。
    「だがね……私とてレヴィオンの民だ。力への妄信には理解があったし、何より私自身が力を欲していた節さえ、ある」
    「……先王か」
    どこまでも己を軽蔑するような、短い笑い声が聞こえる。どこか悲壮感をも孕んだその声に、思わず友の掌を握り返した。これを一人にしては、いけない。淡い光が影に隠れて、にわかな温もりがじわりと二人の間に広がっていく。
    「ふ……。まぁ、それはもういい。今となっては愚かしい欲求さ。話を戻そう、とかく、理解があるからこそ、腹が立つ理由が本当にわからなかった。傷ついた君を見るとひどく苛立つが、なぜそう思うか検討がつかない。あの頃の私は本気で頭を悩ませたものだよ」
    繋いだ手を、友がゆるく握り返す。気づけば癒しの光は消えていて、触れ合う肌には痛みのかけらも残っていなかった。すっかり滑らかになった掌の上を、ユリウスの指先がなでつけていく。
    「宝が傷付けば、腹も立つ。簡単なことだと、いうにね」
    ぱ、と手を離したユリウスの視線が、俺の瞳を覗き込んだ。どこかあどけない顔をした友は、ふと口元を緩めると花の咲くような笑みを浮かべる。春のそよ風が部屋を通った気がしたが、あいにくの雨で窓は全て閉め切ってあるはずだ。
    「……、昔、警告だと言って無茶を随分叱られんだが」
    「うん」
    「俺はそれを、心配だと言ったがお前は聞かなかったな。どうだ、訂正なら受け付けるぞ」
    「くふ、ふふ。意地悪なやつ……。そうだねぇ、心配だった。昔から、今も……ずっと君が心配だ。自分なんかよりよほど大事で、だから命を放ってでも、君だけ助かればいいと思ったんだよ」
    「……」
    反射的に強く手を握り返す。骨が軋むほどの勢いに込められているのは、あまりにも自己を軽んじる友への怒りだ。だが俺とて、どうだろう。もし友の立場に俺が立っていたのなら、きっと身を呈して友を庇ったに違いない。
    「わからなくは、ない。だが、かなり、猛烈に、心の底から腹立たしく思う。俺にとっての宝はお前だから」
    「まだそう言ってくれるかい。こんなにも迷惑をかけたのに?」
    「関係ない。理屈じゃないんだ、きっと。お前がいない世界で、俺は息の仕方もわからなかった」
    握り込んだ手を引いて、傷だらけの体を抱きしめる。血の通った温もり、命の音たる脈動の感覚。城のどこからも消えてしまっていた友の香りが鼻腔を満たすと、どうしようもなく目頭が熱くなる。
    「互いに自分を優先できない質というんなら、互いに守ればそれでいいと思わないか」
    「ふ……。言うと思った」
    「二人一人でいないといけない。俺たちはそういう運命なんだ」
    「自分が絡め取ろうとしている糸が、果てしなく面倒にこんがらがったものだと言うのは理解しているかい?」
    「離れられなくなるくらい、思い切り絡まってしまえばいいんだ」
    抱きしめる力を強めると、ユリウスは困ったように一つため息を吐いた。しかし数秒おいたのち、くすぐったそうに笑い始める。疲れからか少し掠れたその声は、随分と幸せそうだった。
    「私は……生きるよ。私の宝を、守るためにね」
    「……っ! ……、……、ああ……、俺も……。俺も、お前を守るから……」
    何か、格好のつくことを言いたかった。しかし言葉が決まる前に、声は情けない嗚咽に変わっていく。ひたすら友を抱きしめるばかりの俺を、ユリウスもまた抱き返してくれた。
    「……っ、馬鹿野郎……、本当に……、心配を、かけて……」
    「ふふ……、すまない、すまなかったね」
    「違う、でも、お前ばかりじゃないんだ。俺も、大馬鹿で」
    「んふ、ふふ、ははっ……。いい、もういいよアルベール。理屈はもういい、悔いるのは、よそう。……私たちは生きていくんだ、そうだね」
    「ああ。……っ、うん、そう……生きて、いくんだ……二人一緒に」
    泣き慣れていない喉がひきつれるのを、暖かな手が必死に宥めようとしてくれている。大丈夫だよと繰り返される優しい声音に、もう嘘はない。涙に霞む視界の奥で、ぼんやり見える友の顔は俺の好きな美しく綺麗な笑みだった。

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