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    sushiwoyokose

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    アルユリ定食 どかっ デストル添え

    撚り合うこころふと視線を遊ばせて、そこにアルベールがいると何でもないのにとても嬉しい。幼子が母か、あるいは父を見つけた時、花の咲くように笑って駆けていくことがある。長らく私はその感情を理解できずにいたけれど、きっとああいう子どもたちの心にはこの暖かな喜びが広がっているのだろう。安寧を得られる者の傍にいるということは、たったそれだけのことのようでいてとても難しい。そして、途方もなく幸福なことだ。
    「なぁ、アルベール」
    「ん」
    書類を眺めている友は、私の視線にとっくに気が付いているはずだった。流石は騎士と言うべきか、紅眼は人の気配に敏感だ。手元ばかりを見ているようでいて、あどけない大きな瞳は恐らく部屋の全てを見渡している。
    「今日の予定は?」
    「……。お前との打ち合わせがある、騎士団と対策本部の運営予算についてのな。そのために資料を読まされているんだが」
    「それは重々、存じているとも。私とて君がそれを読み終わるのを待っているのだからね。聞きたいのはそのあとだ」
    「あと? ……今日は珍しく急ぎの執務がないから、兵の鍛錬に顔を出して抜き打ちの稽古でもつけてやろうかと思っているが」
    「それはいいね。騎士団長直々の稽古とあっては若いのが喜ぶだろう。ふふ、加減を間違えて訓練場を燃やすなよ雷迅卿」
    「……」
    揶揄うような笑みを真正面から受け止めたアルベールは、軽口に反論することもなくぐっと唇を引き結んでしまった。次いで書類をばさばさと机の上に放り投げ、腕を組みながらじっと私の顔を眺めはじめる。真剣も真剣な友の表情たるや、資料を眺めている時よりもよほど難しい顔だ。
    「稽古は……明日でもいい」
    「おや、珍しいことを言う。明日は雷雨を通り越して嵐かな。せっかくの機会なのに先送りにするなど、君らしくもない」
    「最近はスケジュールを詰めすぎないように気を使っているから、隙間の時間も多いんだ。機会は今日ばかりじゃない」
    「ふ……。若い頃の君に聞かせてやったら腰を抜かすんじゃないかい。このところの君は随分健やかな生活を送るようになったね。帰るのも早いだろう? 仕事一筋で食事はおろか、眠ることすら忘れるので有名だったあの雷迅卿がねぇ」
    「どこぞの研究者にそのまま返す。……お前も、このところは早く帰るし、よく眠ってよく食うだろ」
    「はて、そうだったかな」
    「激動を経て、穏やかな時間を大切に思うようになったのは俺だけじゃないんだ。つまりお前も、今日はそれなりに暇なんだろう」
    「……」
    「だからさっきの予定を問う質問は……、問いかけじゃなくって、誘い文句。違うだろうか」
    私を射抜くアルベールの瞳は信じられないほど真っすぐだ。しかし同時に、どこか自信がなさそうに情けなく眉を下げている。十中八九の自信があっても、一、二を外すのが怖いのだろう。
    アルベールという男は、簡単に恐れを抱くような男ではなかった。いつだって勇敢で、己を、雷を、剣を、全てを信じて力とする。そんな、力強い男だった。彼を臆病にしたのは私、なのだろう。彼が持つ純粋さを利用して、幾度となく友「だけ」を生かそうとした私に対し、このところのアルベールはいつでも疑いの眼差しを向けてくる。選択を違うまいと必死に本心を探り、言葉の真意を訝しむ姿は少し痛々しくもあった。
    父を手にかけ、咎を背負ってから星の獣を受け入れるまでの一年足らず。永遠のように長かった苦悶の時間の中で、無論私に余裕などなかった。極限と言っていい状態で選び取った、友を置いていくという選択は、アルベールにとって本当に酷なものであったと理解はしている。けれど誤っていたとは思っていない。私を友と受け入れて、誰より愛してくれた親友が無事でいる。それに勝る幸福などないのだから。
    「私に詳しくなってきたね」
    私の口をついた返事が正解を表す二重丸だと気づくのに、アルベールはたっぷり一分ほどの時間を要した。ぱ、っと明るくなった顔は無邪気に笑って、「わかりにくいやつ」と素直な悪態をついてくる。
    彼ばかりを生かしたいと思う私の心は、紛うこと無き愛だった。けれどアルベールは、私のいない世界をどうやら愛せないらしい。生きるのなら私と一緒が良いと言う。それが君の幸福なのかと問えば、アルベールはらしくもなく涙で顔をぐちゃぐちゃに汚し、それ以外にないと深く頷いた。以来私は、時折親友に甘えを見せることにしているのだ。慣れない開示はどうにもひねくれて、わかりづらくなってしまうけれど。歪曲した兆しを、アルベールが決して見逃さないと信じている。
    「私のほうも今日でなくたっていいんだが、譲ってもらうとするかな。サンドイッチのおばさまから、はす向かいのパン屋の話は聞いたかい? 日暮れに焼きあがる夕方限定のバケットがあってね、これが筆舌に尽くしがたいほど美味いらしいんだよ。おばさまが大興奮して絶対に食べるべきというから気になってしまってねぇ。一緒に捕獲を、どうかな」
    「はは、何を頼まれるのかと思ったらパンのお使いか。おばさんが言うならよっぽどなんだろう。よし、少し早く出て確実に手に入れようじゃないか。丁度芋が甘くなる季節だし、俺はお前のシチューも食いたい」
    腹が減ってきた、と呟きながら、アルベールは放った資料を手に取り直した。楽しみがあるからと言って、執務をおざなりにする雷迅卿ではあるまい。仕事をすっぱり片付けたうえで早退きできるよう、一層集中するつもりなのだろう。
    「決まりだ、腹の虫が歌いだす前に終わらせるぞ。待っててくれ、すぐ読み終える」
    紅眼に潜む鋭い瞳孔が、せっせと文字を追いかけ始める。集中を邪魔しないように友をじっと眺めに戻ると、腰から伸びた触手がもがもがと口を開いた。代わりの話し相手になりに来た……というわけではなく、純粋に腹の減る話題につられたようだ。シチューは触手の分もある? とそわそわしながら聞いてくるので、頭の中で思わず笑う。
    (ああ、たくさん作ろうね。余ってもういいと言うくらいに)
    膝の上で上機嫌に伸びている触手を撫ぜて、紙の捲れる音を聞く。じっと友の横顔を眺める時間は、やはり延々幸福だった。
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