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    sushiwoyokose

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    sushiwoyokose

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    ユを寝込ませたのでアルベも寝込ませました(アルユリ)

    まだ俺の背負う肩書が、騎士団長ではなく小隊長だったころ。今よりも、さらに無茶が多かった若き時代の話だ。
    とにもかくにも、気を張り続けるのが得意だったが故。休息を忘れ、どっと働いて糸が切れたように倒れるというのを繰り返していた時期がある。どうも俺は「うまい具合にやる」という絶妙な生き方ができなくていけない。英雄になぞらえた力は幼いころから皆の期待の的であり、自らもまたその力を持ってして民を守るのが使命だと思っていた。だからと言い訳にできるものではないが、そもそもにして立ち止まるという選択肢がなかったのである。
    (……二日、眠るばかりで潰したな……)
    ベッドから眺める暦の恨めしいこと。任務に手を付けず、訓練にも出られず、ただただ眠るというのは俺にとってこの上ない屈辱だった。もう大丈夫なのではないか、と起き上がろうとして眩暈にやられ、空虚に八つ当たって舌打ちを零す。倒れるほどに疲れているのだから本能的に休めればよいものを、俺の頑固は体の欲求さえ押さえつける強大さを持っていた。
    行き所のない焦りを抱えながら悶々と視線を動かすうち、やけに控えめなノックが私室の扉を叩く。同僚が見舞いに来てくれたのかと思ったが、それにしては気配が静かだ。不思議に思って返事を出すと、予想だにしない声音が返る。
    「起きているが……、誰だ?」
    「私だよ。入っても?」
    「……! ユリウス? かまわないがその、散らかっているぞ」
    「へぇ。私の書庫に勝てるかね」
    「あれよりはましだが」
    「ふっ。失礼な奴だな」
    「お前が聞いたんだろ、お前が」
    扉越しに軽口の応酬を弾ませる。ぐらぐらと揺れる体の芯が、途端にしゃんと伸びるような気がした。友になったばかりの男が、まさか見舞いに来てくれるとは思わなかったからだ。ぼうっとしているところを見られたくなくて、無理くり身体を起こして待つ。とっくに許しを出しているというのに、扉が開くまではやたらと長い沈黙があった。
    「……、邪魔するよ」
    そろりと覗いたユリウスは、どこか困ったような顔をしていた。目的地を間違えたような、そう、迷子に似た顔である。手には大事そうに紙袋を抱えているが、それをひけらかそうともしない。
    「そういえば、お前に昼を届けに行くのもすっぽかしてしまったな。悪かった」
    「気にしている場合かい? そんなことより君の具合だ。演習場で倒れたと聞いたが……その調子であれば少しは回復しているらしいね」
    「おかげさまでな。わざわざ見舞いに来てくれたのか?」
    「倒れるほどに具合が悪いなら、あれこれ不自由をしているかもと思ってね。君のことだ、世話係には事欠かないだろうが強がって突っぱねてやいないかと。もっとも、見舞いも看病も手本を知らないから自信がない。私では到底、役に立てないかもしれないが」
    言いながら、友は申し訳なさそうに眉尻を下げる。相変わらず入り口に立ち止まっている男は、何も散らかった床に足をとられているわけではなさそうだった。
    (手本……。手本って、なんだ?)
    向けられた言葉の意味を、ぼんやりとした頭で咀嚼する。はて、見舞いとは手本を必要とするものだっただろうか。病人でも怪我人でも、寄り添って励ませば十分だろう。親しい仲ならば顔を見せるだけだって良い。それこそ子供の折など、親がそばにいてくれればそれで。
    (あ)
    そこまで考えて、もしやと仮説に行き当たる。世話を焼かれた思い出が、ないのかもしれない。
    「俺を想って来てくれたんだろう? それだけで十分に嬉しいよ」
    「まだ扉をくぐっただけだが?」
    「だから、それで十分なんだ。もう役に立ってる」
    できるだけ朗らかに、目いっぱい笑顔で答えてやる。するとユリウスはようやく、俺のよく知る少し憎たらしい顔で口角を持ち上げた。きっと、この二日間さんざ迷っていたのだろう。顔を見に行っていいものか、見に行くのならなにをしてやればいいのか。
    「女中に聞いたが、食事がとれていないらしいね。野菜のスープがあるがどうだい」
    「お前の手製か……?」
    「ふふ、そう怯えなくても。温泉クッキーやらなにやらと違って今日は真面目に厨房を借りて作ったさ。口に合うかは別の話だが」
    「……! 飲む」
    「なんだ、思ったより元気だな。お望みなら良薬もあるよ、こちらはとにかく体にいい薬草を煮詰めた煮汁だから本当に不味い。効き目は保証するが、驚くほどしこたまに不味いこともまた然りだ」
    「おい、まさかどっちもその紙袋に入ってるんじゃないだろうな。混ぜるなよ、間違っても絶対に!」
    いつも通りの応酬を繰り広げるうちに、身体の気だるさなど忘れてしまう。顔を見ただけで十分という言葉は、お世辞でも嘘でもなく本心だった。

    ◇◇◇◇◇

    「まったく君はいくつになっても休息と労働のバランスを理解しないんだ。陛下や三姉妹があれだけ気遣っているというのにどういう了見なんだい? 人の身体をとやかく気遣う暇があるならまず自分がきちんと自己管理をだね」
    かれこれ数分は続く友の説教は、その言葉の全てで的を得ている。しかし腰から伸びた触手までもが得意げな顔でうんうんと頷いているのには納得がいかない。
    「わかった、わかったからもう勘弁してくれないかユリウス。これでも一応病人なんだぞ」
    「療養中の私にはあれこれ説教をしたくせに? 不平等ではないかね雷迅卿」
    「それはお前が寝込めと言われているのを無視して実験を始めるからで……」
    「ふぅん? 似たような話を知っているよ。一度回復しかけたところ、まだ寝ていろという助言を無視して遠征に行った誰かさんがいてね。さて、誰だったかな」
    じろり、と据わった瞳が睨む先には無論俺の紅である。反論の勢いは見る間に失速していき、やがて沈黙となってしまった。主人の勢いに飲まれたのか、いつの間にか赤黒い異形の姿は消えている。
    (やれやれ、適わないな)
    国一番の賢人に、弁論で適うはずもないのだ。俺が親友を言い負かすことができるのは、小恥ずかしい愛だの恋だのそういう浮ついた言葉を並べ立てる時だけ。
    「……ふふ、おかしなものだねぇ。自分が叱られているときは心配性を鬱陶しいとも思うのに、いざ立場が逆転してみるとそっくりそのまま口うるさくなってしまう」
    俺がもごもごと黙ってしまったからか、友の瞳が少し焦りを宿して揺れる。愛情表現にとことん自信がないのは昔から変わらない。眉尻の下がった申し訳なさそうな顔もだ。
    (心配する必要なんてないのにな)
    少しの不満を一人ごちる。愛し、愛される間柄だ。棘のある言い回しに今更傷ついたりなどしない。そこに底抜けの慈愛が添えられていることだってわかっている。そもそもにして、あのユリウスがわざわざ部屋に来ている上に、風邪ひきの身に寄り添ってくれているという事実がすでに愛なのだ。だから、俺は何を言われたって辟易はすれど最後には微笑むことができる。
    けれど、おそらく。ユリウスはそうではないのだろう。
    ユリウスは、形無きものをおいそれと信じない。幽霊や迷信、それから心の類も然り。彼の見つめる世界に入り込むためには、なにか論拠が必要になる。では、ユリウスが論拠として信じるものは何か。現象であれば事実、迷信であれば歴史。心の理解に関しては、意外にも単純に「言葉」である。
    無論、聡い頭は言われたことをそのまま鵜吞みにはしない。態度や声音も加味し、意味を紐解く力は俺などよりよほど長けている。まつりごと、そして貴族社会に長く身を置いてきた人間だ。美しく整えられた外面の言葉を、正しい意味にほどいていくその能力には何度助けられたかわからない。
    誰よりも正しく言葉を理解する男。しかしまったく矛盾するが、「言葉をそのまま鵜呑みにする」ユリウスもまた、存在する。いい例が玉座の夜だ。俺が友を救い出せなかった罪深き日のこと。俺は王と対峙する異形のユリウスを見、王の言葉を信じた。親友とのたまっておきながら、友の事情を汲もうとしなかった俺の何たる愚かなことか。愚行は真相を知った後に詫びたが、ユリウスは言った。「君には何も言っていなかったんだ。あの場で見たことで判断を下せば、誰もが同じ選択をしたよ」と。だがその瞳には底なしの寂しさが潜んでいて、真っ黒い孤独にはわずかな怒りも混じっていたように思う。俺の状況を慮り、仕方がないと笑うユリウスもユリウスだ。だがその体には傷があり、ありありと膿んでいる。友を置いて、「王よ」と判断を仰いだ俺の言葉に、突き刺されて生まれた傷だった。その傷を嘆き、恨み、泣き叫んでいるユリウスもまたユリウスなのである。賢すぎる理性が心を置き去りにしているせいなのだろうか、ともかく彼の中には少しの二面性があった。今、彼を脅かしている不安は、
    自分の言葉が刃になっていやしないかという怯えだろう。
    「大丈夫だ、親友殿。ちゃんとわかっているから」
    「わたしの説教の内容かい?」
    「それももちろん、ちゃんと聞いていたからな。とんでもなく肝を冷やしてくれたんだろ、俺がお前の不調を知って真っ青になるのと同じように。愛情がひっくり返っていら立つ気持ちはよくわかる。だから、そんな顔をしなくたっていい」
    「……。その素直な白状を、きちんと自分の口からできるようにならなければいけないんだがね」
    「そう思っている、と伝えられるだけでも進歩なんじゃないのか?」
    「君が思うより、私の抱えるこれは重いよ」
    火照る指先に、冷えた肌が触れる。いたわるような手つきはどこもかしこも愛情に塗れていた。こんなに愛おしく触れてくれるというのに、何を心配することがあるのだろうと思う。いや、ああ、違う。こんなに愛おしく触れてくれているが、彼からしたらそれでは足りないのだろう。「これ」というのはおそらく愛だ。もっと、もっと。伝えたいものがあるらしい。
    「いまだに、君の看病係を私が独占していいかどうか迷うことがある。ご存じの通りこの口は皮肉か小言を通さなければ甘言の一つも囁けない。だから……もっと、相応しい誰かがいるのではなんて後ろ向きなことを考えてしまう。君はもう覚えていないかもしれないが、はじめて君の看病に行こうと思った時からそうさ。毎度足踏みするのをやめられない。看病にふさわしい料理を拵えては、迷惑を考えて自分の胃にしまい込んだりもしている」
    「……まて。食べ逃した料理があるのか?」
    真剣に話を聞いてやるつもりだったが、瞬間的に沸いた悔しさに思わず声をあげてしまう。ユリウスが「きちんとした」料理を提供してくれるのは俺が弱っているときくらいのものなのだ。ただでさえ貴重な機会だというに、それを逃しているなどと聞き捨てがならない。
    「……うふ、ふふ……、ふふ、あはは……っ。ふふ、いいねぇ、そういうところだよ」
    どこか薄暗い顔をしていたユリウスに、晴れやかな笑顔が舞い戻った。まぶしそうに目を細めながら俺を見つめた親友殿は、握ったままの手を愛おしそうに撫でてくれる。
    「ここに来るまで、君に会うまでは毎度不安なんだ。けれどそういうふうに、倍のぬくもりを返してくれるものだから、手放すまいと決意が新たになる。強欲なことだがね、相応しくないからといって、諦められるものではなくなってしまうのさ」
    握りこまれた掌。――左手の薬指に、意地悪くユリウスの爪が這う。明確に痛みを与えようと突き立てられた薄い刃は、肌に赤く沈む跡を刻み込んだ。
    「なぁ、傲慢な私でもいいかい?」
    「……。もう少し俺を見習ったらどうだ?」
    「ん……?」
    「俺たちは互いにどこかで鈍感だろう。だから大事に思う気持ちなんて、いくら厄介でも、面倒でも、傲慢だってかまわないんだ。空から引きずり落とすくらいがちょうどいい」
    跡の残る手で、ユリウスの左手を捕まえる。同じ位置に爪を食い込ませ、こちらは電流を流してやった。風邪引きの頭が少し呆けているせいで、思っていたより強い稲妻がほとばしる。よほど痛々しく刻まれた赤に、友はこれ以上なく嬉しそうな顔をした。
    「そうだね」
    うっとり微笑んだユリウスは、何を思ったか俺の唇を勢いよく食んだ。疲労が祟ったのもあるが、今回俺が寝込んでいる原因は風邪である。移ったらどうするのだ、と瞬間的に引きはがしたが、赤を濃くしたユリウスは不満そうにこちらを睨みつけてくる。
    「っ、こら、お前が寝込んでしまったら元も子もないだろ……!」
    「そうしたほうが早く治る。もらってやるとも、そういう愛情表現だ」
    「だめだ。誓い合っただろう? お前が傷ついて守られるなど、そんな献身を認めてなるものか。……いてくれるだけでいい」
    「気が済まない」
    「じゃあ、うまい料理でも作ってくれ」
    「不味い良薬もつけていいかい?」
    「それはいらないと言いたいところだが、身に染みて効果を実感しているから何とも言えんな」
    「ふふ、どれだけまずいと前置いても口にしてくれるあたり、君のお人よしも大概だね」
    ぱっと離れていく体温を目で追いかける。柔らかく微笑む友の表情に、今度は俺が眩いものを見る目で彼を見つめた。
    「心配した。とても。私まで心配性にさせないでくれよ、アルベール」
    「……、善処する。お前も善処しろ」
    考えておく。小声で言い残した親友は、青い上着を翻してすたすたと歩き去って行ってしまう。向かう先はキッチンだろう。具合はどうだと家を訪ねてきたとき、山ほどの紙袋を抱えていたのを知っている。
    「粥がいい。ちょっと前に作ってくれた、木の実が入っていてしょっぱいやつ」
    傲慢を見せつけるようにリクエストを出すと、遠くからけたけたと笑い声が聞こえる。返事はそれだけだったが、おそらく俺の要望は通るだろう。ユリウスはもう、愛を知らない男ではない。
    (俺が教えたんだな)
    ぞく、と込み上げた悪寒は風邪のものか、己の知らぬ凶悪な独占欲か。今は、その正体を理解しないほうがいいかもしれない。じりじりと燃える底なしの情愛は、ユリウスのいう「それ」とはたしてどちらが重いだろう。答え合わせは、健やかに快復した時へとっておくことにした。
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