点Yの軌跡はある定点を通る「友一先輩、ただいま。」
京は帰宅後すぐに声をかけたが、部屋はシンと静まりかえっている。いつもならすぐに顔を見せるのに。
寝てるのだろうかと思い、リビングの友一のお気に入りのソファーの上を見るが、その姿は見えない。
「……先輩?」
昼間は陽当たりがよく、ぽかぽかになるソファー。
今は冷たい夜の闇が落ちているだけだった。
「せんぱーい?」
寝室をのぞいてもいない。
二人暮らしがギリギリの小さなマンションは、他に探せるところなんてない。
こんな夜遅くになっても家にいないなんて。
まさか家出とか。
僕、何か嫌われるようなことしたっけ。
それとも、事件とか事故とか。
心配すればするほど、思い付く事すべてに巻き込まれていそうな悪い予感に胸騒ぎがして、京は荷物だけ置いて外にとってかえした。
夜の闇に、黒い色は分かりづらい。
マンションの門扉の明かりを使ってスマホのアプリを起動する。
“検索”
結果が出るまでのほんの数秒が、永遠にも感じられた。
検索結果に従い、駅方向の公園まで走ったところで、こちらに歩いてくる人影が、よっと手をあげた。黒のパーカー、肩に大きめの荷物。あげてない方の腕に黒い丸いものを抱きかかえている。
「京、わざわざ迎えか?」
「先輩ー!こんなところに。探したんですよ。」
京は走り寄って、友一の腕の中に手を差しのべた。
「ほい。」
友一は抱っこしていた黒いもの、すなわち黒い猫を京に渡した。
「友一先輩、本当に心配したんですよー。どこ行ってたんですか、もう。」
京は渡された黒猫に頬を寄せる。猫は嬉しそうにミャーンと鳴いた。
猫の首にはAirtag付きの黒い首輪。
「……おい、京。本物への挨拶はどうした?」
「わざと放っておいてみました。拗ねるとこ見たくて。」
「わざわざこっち来てるのに、いい度胸してるじゃねぇか。」
少し悪人顔をしてみせた友一に、京はクスッと笑う。
「バイトお疲れ様、先輩。遊びに来てくれてありがとうございます。」
「週末は泊まりっていう約束だからな。……猫、逃げないようにちゃんとしとけよ。」
「昼間どうやら母が荷物持って来てくれてたみたいで。窓開けた隙に外出ちゃったようです。……荷物、持ちますよ。」
「いい。猫持ってろよ。」
「はい。ねぇ先輩、……本物の友一先輩に見つけてもらって良かったですね。」
猫はゴロゴロと腕に頭をすり寄らせる。
「お前さあ、猫を俺の名前で呼ぶのそろそろやめろよな。」
「いいって言ったじゃないですか。」
「最初はな。名前だけ友一で全然違うあだ名つけると思ったんだよ。」
「まさか。」
「俺の名前つけた猫をそのまま“先輩”って呼ぶなんて、どうかしてるぞ。」
「だって先輩が一緒に住んでくれないんですもん。せっかく親を説得して小さいながらも独立したのに。お金だって、ちゃんと自分で資金運用して一人立ちしてるんですよ。」
「お前……トモダチゲームでさんざん“自分で稼いだこともない子供”扱いされたの堪えたんだな。」
「そりゃそうです。僕は負けず嫌いですから。で、努力の結果がなかなか実らないので、ちょっとでも同棲気分を味わおうと思って。」
「正直、気色悪いぞ。」
「百も承知です。そして、嫌がる先輩は“かわいそうで仕方ないから一緒に住んでやるかー”って絆されませんか?」
「………ならねぇよ。」
「あ、返事遅れた。」
「うるせぇな。」
マンションに着き、部屋の鍵をあける。
友一は荷物を置くと定位置であるソファーに腰かける。膝にさっと猫が乗った。
やっぱりそのソファーには、友一先輩が一番似合う。
「お茶いれますね。猫と遊んでてください。」
「ん、ありがとう。邪魔するぞ、猫。」
友一はチュッと猫の鼻のキスをした。
「………先輩、僕には?」
「わざと放っておいてみた。拗ねるところ見たくて。」
「まったくもう!」
にやにや笑う友一に、京はいらっしゃいのキスをする。
この意外と子供っぽくはりあう可愛い人に、“おかえりなさい”のキスが出来るのはいつになるだろう、と思いながら。
《点Yの軌跡はある定点を通る / Q.E.D.》
付き合っているけど、同棲前。
以前このCPでハロウィン書いたけど、あれには猫おらんな。
どこかで整合性とらないと。