EGOISTE「ふーん、これが友一君の香りですか。」
真次が、高級そうな小さいガラスの瓶の蓋を開けて、小さな紙に香水を吹き掛けクンクンしていた。
照明を落とし気味にしたリビングのテーブルには包装紙が畳まれている。
「買ったんだ?」
「もちろんです。活気のあるスパイシーなトップノートからはじまり、ミドルノートからラストノートの爽やかさは草木の自然を感じる現代的な……」
「恥ずかしいから読み上げるなよ。」
「つけてもいいですか?」
「いいけど……」
真次はトントンとソファーの空いた席を軽くたたく。
「こちらに来て下さい。」
「え? ……俺?」
「友一君の香りでしょう。私がつけると思いました?」
「だって、“つけてもいいか”って言ったから。」
「私が、友一君に、つけるんです。どうせ付け方なんて知らないでしょう。」
「ほっとけよ。」
それでも隣に腰を下ろす。真次は自分の手首の内側にシュッと香水を出した後に俺の手を取り手首の内側同士を軽くこすって香りを移す。
最後に首の頸動脈のあたりに手首をあてる。反射的に緊張したら、
「さわるだけですよ……」
静かな声に力を抜くと、手首から首筋にも香りが移された。フワッとした香水の香りが自分にも届くようになる。その後、首すじに顔を埋められた。
くすぐったい。
「なるほど、爽やかスパイシーで素敵ですね。」
「あの……これ、天智や四部も同じなんだけど……」
「何言ってるんですか、同じ香水でも使う人間が違えば少しニュアンスが代わります。30分もたてば友一君だけの香りです。」
「ふーん?」
大型犬が主人にクンクンなついているみたいでちょっと可愛いな、と思って頭をぐりぐり撫でていたら、いきなり唇が触れ甘く噛まれる。
「ッ!……お前!」
突き放そうとしたが、背中に腕が回されていて距離が取れない。諦めて力を抜くと、そのまま長めにきつく吸われた。
「見えるところにつけやがって。」
それが何か、とばかりににっこり笑われる。
「香水って、結局は誘惑するためのものでしょう?香料の多くは元々媚薬にも……」
「黙れよ、真次。」
ムカッとしたので、俺からもわざと首の見えるところに噛みついてやった。
「お返しだ。」
「じゃあ、お返しのお返し……」
いやいや、要らねぇから。どさくさに紛れてシャツめくるんじゃねぇよ。
「おい、真次。香水の香りを楽しむんだろ。余計な事すんじゃねぇ。」
「そうですね。じゃあ、キスだけ……」
真次は、俺の髪を撫でながらついばむような軽いキスを繰り返す。
どこからか、慣れない香りが強く届いた。あぁ、そう言えば最初にこいつは自分の手首につけていたっけ。
初めに感じたスパイシーさはもうなくなっていて、ほのかに甘いような、木の香りがした。いつもの真次とは違う不思議な優しさに目を閉じる。
触れあうだけから、唇を挟むキスに代わり、舌をふれあわせ、最後は深く絡ませる。
音をたてて離された後、額に、頬に、目頭に、また唇に。上がる体温に、香りが強くなった気がした。
浴びるようなキスと香りに包まれソファーに押し倒される。
結局こちらが音を上げて寝室に行こうと誘う頃には、ただのお香の香りになっていたような気がするのだけど、人肌におおわれてよく分からなかった。
*
「真次、それ隠してくれない?」
「どうしてです?」
こっちはシャツのトップのボタンまで止めているのに、真次はいつも通りの首周りが広く開いたVネックのシャツを着ている。
昨日の名残の赤い痕が目に入るたび、殴りつけたくなる。
「……外出るときは隠せ。」
「友一君が香水つけてくれるなら。」
いつものにっこり笑顔を、とりあえず叩いておいた。
《終》