「俺、ホテル好きなんだよね。湯船あるから。」
「は?あんたどんなボロ家住んでんだ。」
「ほぼ寝るだけの家だからな…」
脳内でボロアパートに一人で寝起きするこの人を想像して、ちょっと笑えた。こんなに綺麗な人なのに、本当に大雑把だ。
セックスはするけれど、俺はこの人の事を何も知らない。聞ける立場にいない。所謂セフレという関係になって随分と経つ。
心地よい関係は、踏み込むことをとどまらせる。
この関係を壊してしまうのが怖かった。…まったく自分らしくない。普段の振る舞いを知っている者が今の自分を見たら驚く事だろう。
そのくらい、本気の恋になってしまった。
最初は見た目から。次にセックスの相性。その次に人柄。今更になって順番を間違えたなと思う。そのせいで今、ぐだぐだと二の足を踏んでいる。
最近では鬱陶しがられない程度にホテルに行く前にデートに誘ったりしている。まぁこの人はデートなんてものではなく、知り合いと寄り道程度の気持ちだろうが。
少しでもいい雰囲気になればいいという俺の作戦は今のところ全敗だった。
今日なんて、特に気合を入れていたのだ。
この人の誕生日だから、少し遠出して海を散策して少し早めの夕食は夕焼けの美しいレストランを予約して。
それなのに彼は「こんなに祝われたの何年ぶりだろう?本当にありがとな、ロー!」と涙ぐんで無邪気に言うものだから、楽しんでいる彼の気持ちに水を差すかもしれないと思うとなにも言い出せなくなってしまった。
結局二人で帰りの車、いつも通り車内で盛り上がり、いつも通り場末のラブホになだれ込んだ。
気持ちは沈んでいたけれど俺はこの人に恋をしているので、裸を見れば当然のように身体が反応してしまう。
そして冒頭のピロートークに至る。
この時間は、いつもあまりプライベートな事を話さないこの人の口が軽くなる。ちょっとずつ聞き出したこの人の情報を、なんとはなしにスケジュール帳にメモをするクセがついてしまった。
タバコが止められないヘビースモーカー。野菜が好きでパンが嫌い。子供の頃からドジっ子で、小さな傷が沢山ある。爪が長いのが気になってつい深爪してしまう。いつもつけてる腕時計は恩師に貰った宝物。実は末っ子。
そんなちょっとした事を聞くたびにこの人の事がどんどん好きになる。
「風呂入りたいけど、眠いかも。後回しでいいかぁ。」
今日は朝からでかけたのでつかれたのか、彼は大きなあくびをする。俺も正直なところ緊張していたのもあって疲れていた。
うとうとしていると、頭の下に腕を入れられぐっと引き寄せられた。
この人は寝るとき、俺のことを湯たんぽかなにかと思っているのか抱きしめて寝る。眼の前の胸に耳を押し付けると、心臓のとくとくという音が鼓膜に響いた。
この人が生きているだけで幸せだ。自分の人生に、こんなに泣きたいほどの幸福が訪れるとは想像もしたことがなかった。
半ば意識を失いかけたところで、話しかけられる。
「なぁ、今まで意地悪してごめん。」
「そんな…こと…」
「いやしたよ。いっぱいした。」
「ん…」
「おねむか〜?」
「コラさんも…ねよ…」
ぎゅうと抱きしめると、ぎゅうと抱きしめ返される。
「あ……て…ぜ…ろぉ。」
コラさんがなにか言っていたようだが、俺はそのまま意識を失った。