搭乗者たちより先に進んでるジャスフリ・アスランとジャスティス
ジャスティスを核爆発させる。
薄々気づいていた、ミーティアの試運転の時や演習の時、機体の整備の時。
何よりも永遠を冠する戦艦から発進したとき。
パイロットがアスランが、この戦争を終わらせるために、命の使い時を探していることを。
その時が来ないことを願っていたが……
ストライクルージュがリフターに邪魔されて、はるか後方に下がっていく。
自爆コードを入力し終えたアスランが座席に深くもたれかかる。
狭い天井を見上げる彼にジャスティスは語る言葉を持たない。
自爆するのは嫌ではない。アスランとの付き合いは数か月に満たないが、己の性能を使いこなすこれほどのパイロットに出会たのは奇跡だ。
だから彼が望むならそれに殉じるのがMSとしての使命だと思う。
あの、兄弟は。
フリーダムはどうだろう。
彼のキラも、アスランと同じく、世界のために命を使おうという意志を見せている。キラの場合はアスランと少し違う、フリーダムが言っていた。
自分の居場所がわからなくて、だから美しく優しい人たちのために命を使おうとしている、そのために産まれてきたんだと思っている、と。
フリーダムが怒りそうだ、キラの居場所になるはずのアスランがここで死に、それを止めようとしない兄弟の俺を。
最期の時を静かに迎えるはずが、ジェネシス内部の出入り口にお迎えが来ていた。
コックピットの中のアスランが驚いている。
驚きながら、ハッチを開いた。
あぁ、よかった。
アスランがゆっくりと外へ向かう、どうせこれが最期になるのだから少しだけ姿を見せようか。
その赤い背中を、押してやる、優しくではなく蹴りつけるように。
真ん丸に見開いた翡翠色の双眸が空っぽのコックピットを映して、呆然としている。
彼の綺麗な唇が言葉もなく、え……と困惑の形になった。
アスランを乗せたルージュのコックピットが全速力で駆けていくのを見送った。
アスランの背負うものが少しでも少なくなるように。
ジェネシスは。
これは、俺が連れて逝く。
・キラと夢枕
孤島の孤児院が津波に攫われて、アスハ邸所有の別荘に引っ越してきてから、キラは夜ごとに不思議な夢を見る。
元々、眠りが浅く、すぐに目を覚ましてしまうのだが、数分という僅かな間に夢を見るのだ。
起きた時にはもう夢の内容を覚えていない。
汗びっしょりになって泣きながら起きるような、戦争の夢でないことは確かだ。
蒼い光と赤い光がチカチカと光りながら、キラの周りを飛んでいる。
手のひらに乗るくらいの小さな光だ。
光の中に人の形に似たシルエットが見える気がするが
あれ……ぼくって目を開けてるのかな、閉じてるのかな?
キラ、キラっってば!
光に名前を呼ばれる。蒼い光が興奮したように上下する。
まだ、いいんじゃないか?
赤い光からも声がする。
でも、でも……早くジャスティスの次の器を作ってほしい
もう器の作成ははじまってるだろ
ううん、戦闘データの反映と調整はキラじゃなきゃできないよ
そう悠長に構えたられないのもわかるが……
蒼い光と赤い光の会話らしい。
キラの前で二つの光は至近距離でくっついたり、離れたりしてふわふわと漂っている。
どうしてぼくの名前を知っているの?
夢見心地の頭の中がふわふわしたまま、キラは無意識に手を伸ばした。
トリィを指に止まらせるように。蒼い光がキラの指先に触れる。冷たいのではと思っていたが、ほんのりとあたたかい。
お前にはまだ器があるだろ
赤い光のさとすような口調に蒼い光が反論する。
だってはやく君と手を繋ぎたいんだもん
もだもだ片想い中のキラとアスランと違ってぼくらは進んでるんだからさ
「はぁっそんなこと言われる筋合いないんだけど」
キラは自分の大きなひとり言で目を覚ました。
時刻は午前3時過ぎ。朝焼けは未だに遠い、夜中だった。
・ズゴックくんとフリーダムくん
ズゴックという赤い機体は、MSから見るとぶっちゃけ芋臭い。
ずんぐりむっくりな体形だし、フリーダムたちよりも一回り大きい。あの図体でどんくさくないのは中にいるアスランのおかげに違いないとフリーダムは思っている。
だいたいどうしてアスランがいるのに、ジャスティスが来ていないのか。
ミレニアムに乗って宇宙に運ばれて、作戦を説明されても、フリーダムはぷんすこしていた。
不機嫌オーラに怯えて、デスティニーとインパルスは格納庫の隅で縮こまっていて、芋臭い真っ赤な機体は堂々とフリーダムの近くにいるから余計に気に入らない。
ズゴックがいなければ大事な大事なキラが死んでいたことはわかっている。
命の恩人だと。
でもフリーダムはジャスティスに会いたい。だってもう一年近く会ってない。
キラとアスランはちょこちょこ連絡を取ったり、生身で会えるから羨ましい。
世界を駆けた大きな戦いなのにどうしていないんだろ?
そうして決行された作戦も、やっぱりフリーダムは気に食わなかった。
アスランが自分に乗るのはいい。キラの恋人だし、ジャスティス越しに気配を感じてきたから違和感もない。
どうしてこいつにバックハグ……♡されて移動しなきゃなんないの
ミラージュコロイドを使用するためだってわかっているけど、会ったばかりのMSに後から抱き着かれたまま身動きすることなく運ばれるのは嫌っ!
移動中も、なんか喋りなよ!って話しかけても、無視されるし。
唯一、声を聞いたのは、作戦遂行中だ大人しくしていろという小言で、それもくぐもって聞こえた。分厚い装甲をしているからだよ。
……でも、声だけはよかったかな。くぐもってたけど、ちょっとぞくっときた。
赤い装甲がパーンと弾けて、中から飛び出してきた赤い機影を、フリーダムが見間違えるはずがない。
はわわわわわわ……
最高のタイミングで自分を庇ってくれた。
しかも!
芋臭いずんぐりむっくりな外装から飛び出してきたのが、最強にカッコイイジャスティスだ。
フリーダムの限界を超えた炉心の温度が急上昇する。
コックピットから、キラの悪態が聞こえてきた。ごめん、キラ……でも君だってアスランが最高にカッコイイタイミングで助けに来てくれたら、黄色い声で叫んじゃうでしょ。
VPS装甲が落ちて灰色になったフリーダムの心は桃色に染まっていた。
ジャスティスは月面に降り立つと、そのまま黒い機体と戦い始める。
近接格闘系の頂点同士がぶつかり合う、フリーダムはしっかりとカメラで細部まで見届ける。
ジャスティスの動きは光の軌跡を描くように素早い。録画してスロー再生したい!どうして録画機能がないのか、あとでキラに注文をつけよう。
舞い踊るような戦い方は惚れ惚れするけど、ダンスの相手は自分ではなく一度は自分を殺した機体なのでフリーダムの炉心は再び嫉妬で燃え上がった。キラが拳を叩きつけてくるけど、今だけは甘んじて受け入れる。
ごめんね、キラ……すぐそこにラクスが新しい翼を届けてくれるから、そしたら頭も冷え……あぁaaaaaまって、ぼくってさっきジャスティスにバックハグして移動してたってこと?ヤバッ……無理……
・夜空のデート
オーブ沖の海面を二つの光が飛び回っている。
流星と見間違う美しい光の軌道は、曲線を描き、時には競うように水平線へ並んで伸びていく。
その光がフリーダムとジャスティスだと、わかるのは、見ている自分が整備員だからだ。
さて、フリーダムなら乗っているのはヤマト准将だ。
ジャスティスなら……数奇なことに、ジャスティスの系列の機体が現在のミレニアムには2機存在する。
アスカ大尉の再建されたイモータル・ジャスティスと、現在ターミナルから訪れているザラ一佐のインフィニット・ジャスティス二式だ。
緊急性がなく、平穏な夜空を楽しむように飛んでいるなら乗り手はアスカ大尉ではなく、ザラ一佐だろう。
本来はMSの私的利用は罰則の対象になる。
世界監視機構コンパスの地位でキラに勝るのは、総裁のみ。ミレニアムではキラがトップの階級であり、アスランは規則に縛られない立場にある。
2人が幼馴染の一言では片付けられない関係なのは、短い付き合いの、アスラン・ザラと対面したことなど片手で数えるだけしかない整備員の男にもよ~く理解できている。
流れる空気が甘くなるし、身体の距離が異様に近いし。
幼馴染だとしても同性相手に寝癖を直させたりしない。
フリーダムが海面スレスレを飛行していく。その後ろをジャスティスがついてまわっていると、フリーダムがアームを伸ばして海につけて大きな飛沫をあげた。
潜水機能もあるから問題ないとはいえ、カメラには水滴もつく。
そうするとお返しとばかりに、ジャスティスが先回りして水飛沫をフリーダムに浴びせた。
浜辺でキャッキャするカップルの真似事をMS越しにする人ってはじめてみたな。
ミレニアムの甲板で夜風にあたりにきた整備員は遠い目をしながら見つめた。
缶コーヒーを片手に夜空を見上げ続けると、鋼鉄のカップルは飽きもせずに、親密な時を過ごしているらしい。
夜の海を満喫するように飛び回り、星空の中では、二機は手を器用に繋いでくるくると回った。
星空でダンスするカップルか。
MSから降りて甲板を准将の権限で立ち入り禁止にして逢瀬を楽しめばいいのに。
なんでMSに乗ってるんだろうな、世界を救えるくらい強い人たちの頭の中ってわからない。
フリーダムの腰回りにはレールガンがついてるけど、ジャスティスがお構いなしにその腰に手を添えている。
空中で静止しながら見つめあい続けるので、そのうちキスというかデュートリオンビームを撃ちあいそうだ。
そういえば、改修と修復の際にデュートリオンビームの照射と受信パーツ2機分がモルゲンレーテに、何度も誤発注されていた。
ヤマト准将、めっちゃキレてたなぁぁ
穏やかな人でも、怒らせると怖いというか。まぁ一度や二度でなく何回もだった。
さすがに堪忍袋の緒が切れたらしい。
MS越しとはいえ人様のデートをずっと観察しているのも、悪い気がして甲板から離れることにした。
食堂にでもいけば、きっと誰か話し相手はいるだろう。
「……………………えっ」
やってきた食堂。
まだ消灯時間には早いせいか、雑談を求めたクルーたちのがいる。
複数のグループの中、隅っこのほうで、今まさにデート中のはずのキラ・ヤマト准将とアスラン・ザラ一佐が、席を隣同士にしながら談笑中の様子だった。
…………………えっ?あれ?…………………
じーっと見ていると、翡翠の綺麗な目がこちらに気づいて、紫の双眸とも目が合う。
慌てて会釈すると、向こうも軽く頭を下げてくれた。
少し離れた席に座り、失礼にならないよう静かに見ていると、だいぶ長いこと話し込んでいるらしい。
自室に帰って2人でゆっくり話ことさえ忘れている様子で、2人の前のコップは空っぽだ。
同時に気づいたらしい、キラとアスランの手が水差しへと伸びる。水差しを掴んだキラの手の上にアスランの手が重なった。
電撃にでも撃たれたように2人は慌てた様子で手を離した。
ハッと顔を合わせるとお互いの肩が触れるか触れないかの至近距離にあることに気づいて、頬を染めた。
「あっ……」
「ごめん……」
「ううん、ぼくも……」
2人はもじもじしながら思春期の中学生のように見つめ合っている。