偶然だった。
「店員さんの一番好きな料理を一皿、頼めますか」
「はい。トマトのロールキャベツでいいですか」
姿かたちはどうみても死の間際にあった微かな記憶に残る大包平だった。勿論、髪の色は黒色である。ただ一心に見つめる瞳と少し寄せられた眉は変わらない。
だから確信したのだ。大包平も転生してきたんだ、と。
前世は不慮の事故で亡くなったとされているが、実際は審神者業によくある戦死だ。
ただ、本丸襲撃ではなく政府の建物へ赴いた際の敵襲から役人を庇い死んだのだった。我ながらあっけない。刀剣男士の魂も転生することがある、そう聞いたことはあったがもしあるならば初期刀が躍起になって今頃自分を見つけ出しているだろう、と踏んだ。そして結果現在までそんなことは起こらなかったため、私の周囲では無い事案だったのだと結論付けたのだ。
そうして何年経っただろうか、美の結晶と呼ばれるあの光輝く男が目の前に現れた。前世そして現世の自分を思うと素っ頓狂な声を出して叫ばずにいれたことは間違いなく奇跡だった。彼が前世を認識しているかどうかは怪しい。ただなぜ他の刀たちを差
し置き、大包平が自分のもとに現れたのか、考えずにはいられない。
なぜって、ちゃんと理由がある。
前世はそれはそれで楽しかった。戦っているにも関わらず、大人数の慕ってくれる男士たちとの日々は騒がしかった。
ある日、失恋して泣いて帰ったことがあった。失恋と言っても、気づいたのは後からで、友達のようにそして姉のように接してくれた女審神者から結
婚することになったと報告を受けた後だった。相手が男士だったか人間だったか、そこまでは覚えていない。単なる友や同業者だとも思っていなかったが、恋だったのだと受け止めたあとは、ただひたすらに淋しく、心にぽっかり穴が空き、気が付けば鼻水を垂らして泣きながら帰宅していた。ちょうど梅雨の季節だった。
「ただいま帰りました……」
玄関の戸を開けるとむわっとした湿気が少し弱まり、冷房のひんやりとした空気が肌に触れた。
「帰ったか、」
そのときちょうど鉢合わせたのが大包平だった。美の結晶。このときにはすでに極めており、本丸の主な戦力の一振りだった。彼の眼差しは心を物語り、彼の輝きは彼だけのもので、安い言葉で飾りたくないほどによく「人のできた」刀だった。彼は見つめ考えているだけでも、それがなにかを照らす。人のカタチをもつものとして人を見つめ、私が人であることをもって常に隣にいてくれる、そういう刀だと考えていた。
「いつからそうしている」
「1時間ぐらい前から」
ずびずびと鼻をすすりながら答える。
「傘は」
「差したくなかった」
「そうか」
そう言うと大包平は背を向けて歩き始めた。
もう興味がなくなったのだろう、そう思っていた。
「なにをしてる、お前の部屋へ行くぞ」
「えっ」
「お前のその顔を短刀や他のやつが見たらどうなると思う」
「やばいことになる」
それはまあ、大事になるのは確定だ。一分もせずに本丸中にこのことが知れ渡り、説明をするのはなかなか手こずる作業だろう。それについ先程気がついた自分の気持ちを、大勢に話す体力は私に無い。
「なら行くぞ」
スタスタと気持ちよさすらをも覚える素早さで再び足を歩み始めた。自分も追いつこうと小走りする。顔は見えないように、髪で少し隠した。
「主は緊急会議で帰宅したが顔を出せないと伝えておく」
そう言って私が自室に辿り着くとすぐに踵を返し多くの男士たちがいる居間へ向かっていった。
分かっていたが気が利く刀だ。
「伝えていた。それと、タオルはこれで足りるか」
数分後部屋に戻ってきた大包平は、ハンドタオルを3枚ほど差し出してくれた。
冷房が効き始めた部屋に寒さを感じていたので、ありがたくタオルで水気を取る。
「で、そこまでのやつなのか」
「は?」
よいせとふすまの近くに大包平が座った。
「お前の心をそこまでに掻き回すのならたいそうなやつなんだろう」
あぐらをかいて、手を膝にかけ質問された。本腰を入れて聞かれるようなことではない。たいそうなものではなく、気がついたら恋でした、もう遅いけど、というズッコケてほしいタイプのものなのだ。そうしないと私の気持ちも成仏できない。
「あぁいや、それがね、軽く聞いてほしいんだけど」
同業者、友達、先輩、どれもに当てはまって、どれにも当てはまらなかった。今日お嫁に行くって報告を受けてようやく自分の気持ちの居場所が定まり、そしてそれ以上この気持ちが行く宛が無くなってしまった。
大包平は畳の目を数えているかのように下を見つめまぶたの瞬きで頷いてくれていた。
「ほんとにこれだけで、気持ちが落ち着くまでの間こうなってるだけだから」
そう、本当にこれだけなのだ。
このときだった、大包平の様子が変だと感じたのは。
いつも大包平は話す相手の目を見る。丁寧に全てを汲み取っていてくれるのではないかと思えるほどに目と目を合わせて話をする。なのになぜか、このときはじっと畳を見つめたままで、目は合わなかった。
「大包平?」
「今から俺は情けないことを言う」
それが宣言だと分かったのは少ししたあと、彼と目がようやく合ったときだった。
「お前を涙に濡らしているその女が疎ましい」
正座しているその膝に置いてあった拳が、ぐっと力を入れたのが見えた。
「俺は今こんなにお前を泣かせることのできる女に心底羨んでいる」