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    🟣文庫

    @azoa8a

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    友人に書いたもの記録する倉庫的な使い方をするはずです♪

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    🟣文庫

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    ⚠友人に書きました⚔hsbの夢です。
    ご理解ある方のみお進みください!


    カラーパレット
    肌着 蚊取り線香 深爪

    深爪いつからだろうか。


    「あら、素敵な藤の香りですね」

     どこの香水使われているんですか、とにこやかに店員さんが聞いてくる。いい香りがするのならそれは嬉しいことだが、何が問題かというと、私は今香水をつけていないのだ。そして、私にはそこまで香らない。ここ半年ぐらいにかけて、こうやって香りを指摘されることが増えた。
    なんとなく、要因はわかる。





    「ただいま~」
    「おかえりなさい、主」
    「あ、粟田口たちが言ってた期間限定のコンビニアイス買ってきたよ」
    「覚えていらっしゃったんですね、お優しい。すぐに粟田口部屋に届けて参ります」

     リビングからひょこっと顔を出してにこやかに廊下を駆けてきたのは、うちの近侍のへし切長谷部だ。一般男性よりも少しだけ大きいその体格に、生徒指導でもし出すかのような体育教師を彷彿とさせるジャージを着て、子供のように晴れやかに笑って玄関まで早足で駆けてくるのは少し微笑ましい。目に見えた贔屓こそはしていないが、私は長谷部がとんでもなく大好きだ。他の本丸に目を向けるとだいぶフリーダムな本丸もあったりするが、一応審神者業も仕事であるため刀たちへの接し方は偏りが無いように意識はしている。漏れ出る愛はどうしようもないため、たまに愛を伝えすぎるが(特に短刀たち)それでも特段強い想いを抱く長谷部には、他の刀にも気づかれないように意識して接してきたのだ。
    しかし最近はどうだろうか。

    「アイス、届けてきました。後ほど一期一振が礼に来るそうです。先に湯汲みを済まされますか?それとも軽食が必要でしょうか。俺で作れるものなら用意できますが」
    かなり長谷部の距離が近いのだ。こちらが意識していても、あちら側から来られるとどうすることもできない。









    「主、俺が近侍を務める回数を増やしてはいただけませんか」

    長谷部による言葉通りの上目遣いのおねだりにやられ、二つ返事で了承したのはいいものの、それ以降の長谷部の距離に私は戸惑うことしかできない。

    「主、これからどこに?俺も一緒に行っても?」
    「新しく買ってこられた洋服たちのタグが付いたままでしたので、切っておきました」
    「主が湯汲みされている間、不届き者が部屋に入らないように俺が見張っておきますね」(といいながら私の部屋に居座っていた)

    とか、極めつけは

    「主、爪が伸びてきましたね」

    そろそろ切りましょうか、と手をつかみながら爪と指の間をなぞられること。あまりに自然に取られた手とその顔の近さに私の頭は真っ白になり、爪先の裏に長谷部の指が触れてぞわぞわとした感覚とそのくすぐったさに肩を上げるしかできないのだ。
    しかもこうして触れられるのは1回だけではない。近侍にしてからは必ず月に一回はこうして私の爪と指の間をなぞってくる。最近はより頻度が増えたかもしれない。長谷部はいつも深爪で、私の爪に長谷部の深爪の指先があたったときの押し付けられる凹凸の食い込みや、そのとき感じる柔らかい深爪の指の肉がより長谷部を感じさせるものになり、悲鳴を堪えるのに毎度必死だ。その都度「あとで切るね」と手を引っ込めてその場から逃げるように歌仙のもとへと駆け込むが、私の手を握り指先を凝視する艶かな藤の眼差しが頭から消え去ることはないのだ。


     私を思考停止させる長谷部の素早い距離の詰め方が功を奏したのか、今では現代の自室にまで上がり込んできた。頻繁に現代と本丸を行き来するため、自室の襖から本丸へ繋がるご都合ゲートを政府から設置してもらったが、長谷部はもう自分の部屋を開けるかのような軽さで襖を開けてこちらでも面倒を見てくるようになった。
    「じゃあ汗もかいたしお風呂先に入ろうかな」
    「そうおっしゃると思っていました。替えの衣服とバスタオルは俺が脱衣所に用意しましたので、そのままで湯汲みに向かわれても問題ないかと」

    いつから私の下着や衣服の場所を把握していたのか、なぜ風呂に入りたいと自信ありげに分かっていたのか、もうつっこむ気も起らない。褒めてくれと言わんばかりの胸を張った笑顔に、私は作り笑いでありがとう、と伝えてただただ風呂場に向かうしかなかった。




     今日は大雨だ。一日本丸で過ごそうと思っていたが、これでは短刀たちの遊び声は響いてこなさそうで残念だ。近々やってくるだろう梅雨の前触れだろうか。本丸に咲いていた春の花々たちも、これで一端見納めか。激しく降っている雨が跳ねて部屋に入ってこないように、襖を閉める。開けても閉めても変わらない肌にまとわりつく湿気をうっとおしく思い、上を脱いで肌着だけになる。誰かが訪ねてきても入室前に声は掛けてくれるだろう、その時に一度待ってもらって着直せばいい。湿気にやられ思考もおのずとゆるくなっていった。
    足元に程よいぬくもりを感じる。溜めていた書類と向き合っていたはずが、いつの間にか眠りこけていたみたいで、視界には木目の天井が映る。足元を見るとブランケットがかけられていた。横になっていた身体を起こそうと頭を持ち上げると、机に肘をついた長谷部と目が合った。

    「おはようございます、主。よくお眠りでしたね」

    垂れた藤の甘い瞳と目が合う。少し上ずったねっとりとした声は、寝起きで鈍く痛む頭に直接響いた。しかし同時にその低さを残した厚みのある声に、心地よさも覚える。いつの間にここにいたのだろうか。寝ていた私をずっと見ていたのだろうという予測も容易くつく。


    「おはよう。あれ、かゆいな。蚊にでも噛まれたかな」

    左の二の腕にかゆみが走り、噛まれた跡があるのか探そうと腕を上げると、長谷部がその腕を掴んできた。

    「失礼いたします。おや、本当ですね。蚊取り線香でも炊いておきましょうか」


    人差し指で噛まれた跡を軽くなぞられる。
    掴んだ腕を離し、長谷部は機敏に部屋の隅にある蚊取り線香を取り出し入口付近で炊き始めた。私はと言うと、指でなぞられた噛まれた跡が無性に痒く、ぽりぽりと掻くことに必死だった。

    「こら、主、いけませんよ。主の大切な肌が荒れちゃうじゃないですか」

    私の掻き方がよほどダイナミックだったのか、蚊取り線香を置いてこちらに振り向いた途端、すぐさま私のもとに座り、眉毛をはの字にして口を大きく開き注意される。

    「いいですか、こういうときはこうするんですよ」
    「いたっ……!」

    腕にちくっとした痛みが走る。腕に目をやると長谷部はまた私の腕を掴み、もう一方の手で噛まれた跡に指を食い込ませていた。

    「申し訳ありません、主。少々我慢してください。こうして嚙まれた跡に爪を食い込ませてバツを描くと、痒みもましになるんですよ。とは言っても、俺の爪は血が出てしまうほどに切ってしまうおかげで、食い込ませるほどの爪はないんですが」

    よし、できましたよと腕を離してくれた長谷部の顔は、先ほどの困り眉はどこかに行き悦楽が感じ取れた表情だった。いくら顔が好物で性格も振る舞いも好ましいと思っている刀でも、これにはどきどきした気持ちだけでなくちょっとした恐怖も感じざるを得なかった。
    人間と言うのは恐怖や不安に身が囚われたときに限って、頭の回転が良くなる。そして概ね考え出せることは良いことではない。ぐるぐると頭が回転し、友人たちとの気兼ねない会話を思い出す。




    「知ってる?香水を爪の裏側につけたらその香りがほのかに香って、触った相手に自分を忘れさせなくなるってテクニックがあるんだって。洒落てるよね~」



     爪に触れる長谷部の指の肉の感触が即座に蘇る。
     私を通して他人にも香る藤の香りは、忘れさせないどころではないものではないのか。



     雨に濡れた重く鮮やかな藤の色を思わせる溶けた瞳から、目を離すことはできなかった。痒みも消え失せた。部屋に籠もった蚊取り線香の匂いは吸い込んでももう匂ってくることは無く、鼻にまとわりつくのは立ち込めた濃い藤の匂いだけだった。
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