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    hico2号

    @hico2go

    ※腐向け/轟出とか

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    hico2号

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    pixiv掲載の「two pieces of cake」の社会人パロ設定の轟出です。これだけだと意味不明だと思います…💦本筋のネタバレはしないようにしつつ(笑)、後日少し打ち解けた二人の閑話的な話です。クリスマスデート(?)社会人パロ版。ほぼ初稿で粗いですが(後で直したい!)、いずれラブコメになる二人を感じて頂けたら嬉しいです🎄
    あと設計云々のあたりはサーッと薄目で流してください…

    ginger or caramel latte コーヒー、ミルク、甘いソースやクリームを足したもの。
     あたたかいラテか、はたまたフローズン状のビバレッジ。
     英語のようなフランス語のような、黒板に書かれたカタカナの羅列。一杯注文するのにも手間取りそうで、精神的にも物理的にも僅かあと一歩が踏み出せないまま、緑谷はカフェのメニュー表を見上げていた。無意識に下唇を親指で押しながら、真剣に何度も白い文字を視線がなぞる。
     大抵どこでも看板を探せば見つけられるメジャーなチェーン店であるのに、一人で訪れたのは初めてだ。なんとなくオシャレな人が多そうなイメージと、注文時に複雑なカタカナを言わなければならないという誤った知識が緑谷の足をいつも遠ざけていた。
     来るのか来ないのか、とちらちら伺うレジ店員と視線が合わない一歩引いた位置にいるものの、長くこうしているわけにもいかず次第に腰が引けてくる。
     誰かと来た時は、隣から「同じものを」と注文すればいいので気が楽だった。そしてふとひらめく。
     ……今回もその手を使えばいいのでは? 
     誰か他の客が来るのを待って、前の人と同じものを、と頼めば良い。そう考えて緑谷は少し肩の力を抜いた。
     駅前の目立つ店舗だ、きっとオシャレな客が程なくやってくるだろう、と一人頷く。
     容貌もスタイルも洗練された、ちょうど自分がこれから待ち合わせで会うような———
    「あの」
     不意に声を掛けられて緑谷は飛び上がった。
    「すいませんっ、どうぞ、並んでないです!」
     肩を跳ねさせて場所を譲り、声を掛けてきた相手の顔を見て固まった。今まさに頭に思い浮かべていた、緑谷にとって待ち合わせ相手でもある人物が、想像通りの洗練された客として目の前に立っている。
     驚きで咄嗟にリアクションがとれなかった緑谷と違い、轟は顎を少し上げただけだった。
    「やっぱり」
    「えっ、轟くん!? 早くない?」
    「お前もだろ」
     彼の人となりを知らなければぶっきらぼうに感じる物言いは轟の常だ。緑谷はそこは何とも思わないが、僅かに返答に窮した。
     職場の違う緑谷と轟が、仕事帰りにこうして待ち合わせることは初めてではない。大抵目的を決めずただ駅で待ち合わせて、その日によって食事に行くこともあれば何でもない話をしながら少し夜を歩いて、次の駅に辿り着いたらそのまま別れるだけということもあった。
     名前のない、友人未満知り合い以上の距離。事故のような出会い方をしたあの日から、轟は緑谷に対して「経過観察」のようなものを請け負ってくれているのでは、と感じて緑谷は申し訳なく思うことも一度ではなかった。
     それでも、轟は別れ際に必ず次会う約束を取り付ける。もう連絡先も交換してあるし、その時決めなければいけないこともないとは思うのだが、そうしない限り不機嫌そうに口を閉ざすから毎回緑谷は慌ててスケジュール帳を繰った。
     今日はたまたま仕事が早く上がり、緑谷が目的の駅に着くと待ち合わせの時間までまだ30分以上あった。予定より早く着いていることを相手に告げたところで迷惑だろうと思い、とりあえず改札を出てすぐ目についたカフェに足を向けたのだ。駅直結の商業ビル内にあるここは、駅に面して硝子張りなのでもし轟が早めに来ても客席から見えるだろうと思った。
    「僕は、えっと、たまたま。早く着いたなら言ってくれればいいのに」
    「……あんま早く着いてるの知らせるとお前気にするだろ」
    「え……」
     すいと逸らされた視線。態度とは裏腹に、そこに確かな気遣いがある。
     緑谷は僅かに目を丸くした。
     きっと、駅前のこのカフェに足を向けたのも緑谷と全く同じ理由だ。
     こんな小さなやさしさをたくさん投げてくれる人だと、出会った夜から知っていた。
    「なんだ。ふふ、あはは、おんなじだ」
     ついおかしさと嬉しさに笑うと、なんとも言えない顔をして視線が戻された。
     笑うのは失礼だったか、と努めて唇を引き結ぼうとすると、「真顔になるな」と逆のことを不満げに言われたので緑谷はまた少し笑った。
    「でもちょうどよかった、注文の仕方がよくわからなくて不安だったんだ。一緒に頼んでもいい?」
    「……俺も、滅多に来ないからよくわからねぇ」
    「えっ、そうなの?」
     イメージは自分の勝手な思い込みだったと知る。後ろから来た客を避けて、轟も一歩引いた位置に緑谷と並んだ。
     二人して同じような顔をしてカタカナの羅列を見上げる。
    「……一緒に店員さんに聞いて頼もうか」
    「そうだな」
     一人ではないことで大きくハードルが下がり、並んで注文カウンターのメニューを覗き込む。そこにはいくつか写真もあるので分かりやすかった。
     詳しくないのでおすすめがあれば、と尋ねると、店員は生き生きとして、寒い季節のリピーターが多いメニューはこれ、限定のオススメはこれ、カップのサイズはこのとおり、と見本を出して色々と丁寧に教えてくれた。
    「ご一緒にフードはいかがですか?」
     ドリンクをそれぞれ頼み終えた所で尋ねられ、オレンジ色に照らされたショーケースに目を向ける。
    「何か食うか?」
    「轟くんがよければ」
    「……じゃあ、これとこれ」
    「かしこまりました!」
     轟が指差したものにびっくりして緑谷は思わず横から表情を見上げた。
     ショーケースからてきぱきと指示されたものを取り出す店員と轟の顔を見比べながら瞬きする。
     トレイに乗せられたのは、それぞれ水色とピンク色のクリームがトッピングされたカップケーキだ。
    「なんか、すごい見た目のいったね……」
    「一つはお前のだぞ」
    「えっ」
     轟はちらりと隣に視線を寄越し、少し呆れたような、心外だというような顔をした。
    「あれを一人で二個食うと思ったのかよ」
    「ええー……」
     どれがいいかと訊かれたところできっとすぐに返答できなかったことは予想が付くのである意味助かったが、こんな洗練された見た目を持ちながら轟は少し雑なところがある。自分をこうして気にかけてくれる事も含めて、緑谷から見て度々轟は『よくわからない行動をする人』だった。
     ならば代金を、と取り出そうとするところをさらりと躱され、カラフルなクリームのカップケーキが載ったトレイを轟が受け取る。
     すらりと背の高い彼が今日身につけているのは黒いノーカラーのロングコートだ。後ろ姿のシルエットからしてすれ違う万人が振り返りそうな格好良さなのに、ギャップがすごい。店員のやる気と親切はひとえに彼のお陰だろうと穿って緑谷は胸中で手を合わせた。

     クリスマスカラーのドリンクカップを受け取って、店内の端の方へ向かう。もとより長居をするつもりではないためか、二人共上着を脱がずに席についた。
    「どっち食う」
    「えと……じゃあ、こっちいいかな」
    「ん」
     轟にピンク色を渡すのをなんとなくためらって自分が選んだが、日本人的に馴染みのある見た目をとってしまったともいえる。どぎつい見た目の方を押し付けたと思われたのでは……と不安が胸に兆して正面の彼をちらりと見ると、ぺりぺりと紙のカップを剥がして早くも片手でかぶりついたところだった。緑谷はフォークを手にしたまま思わず固まる。
     正面からの視線を意に介した風もなく、轟はもぐもぐと口を動かしながら空いている手で飲み物に口を付けた。口の中の水分を持っていかれたのかもしれない。
     不意に向けられた視線が合って、緑谷は慌てて止まっていた手を動かした。フォークを置き、同じようにカップケーキを持ち上げる。
    「いただきます……」
     口にクリームが付かないよう首を傾けて齧り付き、同じように早々に飲み物に手を伸ばした。熱さで少ししか口に含めず、久しぶりのキャラメルの香りを吸い込みながら甘く湿った口元を拭う。
     皿の上に食べかけのカップケーキを戻すと、一口で緑谷の倍を減らした轟も同じ様に皿へ置いていた。きっと同じ感想を抱いている、と小さな安心があったので緑谷は声に出した。
    「なんか……甘い飲み物頼んじゃったから……」
     もう一口飲んで、轟も頷く。
    「悪ぃ……何も考えてなかった」
    「うぅん! でもおいしいよ!」
     コーヒーに合わせるべきケーキの類は、勧められて選んだ甘みのあるドリンクと同時に頼むものではなかった。二人共慣れていなかったせいで起きた失敗だ。一緒に来ていなければ起きるはずもなかった甘さの相乗効果にむしろ楽しくなりながら、緑谷は改めてフォークで残りの小さな山を切り崩した。
    「お前のより、こっちのほうが少しはマシかも」
     勝手にケーキを頼んでしまった手前気にしているのか、轟が自分のカップを指先で押してくる。机の上を僅かに滑ったそれに、緑谷はまたフォークを止めた。
     回し飲みを許容されているくらいには、自分は彼のテリトリーに入れているのか。じわじわと言葉をのみこんで、仄かな嬉しさと緊張で指先が震えた。
    「……じゃあ、いただきます」
     小さな飲み口に唇を寄せて、控え目に傾ける。まろやかなミルクの甘みの中に、ピリッとジンジャーが効いていて冬らしい。
     ほぅ、と余韻に息を吐いて、おそるおそる自分のカップも差し出した。
    「こっち、轟くんのより甘いけど、平気そうだったら」
    「……じゃあ」
     緑谷よりも長い指が、柄違いのカップを取り上げる。
     僅かに上向いた喉仏が動くのを、そわそわしながら見つめた。
    「……甘いな。うまいけど」
    「これだけで満足感あるよね」
     お互いのカップを戻しながら、緑谷はタイミングを見計らった。再度カップケーキを持ち上げて一口齧るのを、そうっと盗み見る。
    「……なにか、あった?」
     勇気を出して訊ねてから、耐えきれずにぱっと手元のカップに視線をそらす。
     轟がなんの仕事をしているか緑谷は詳しいことは知らないが、これまでしてきた会話から類推できるものはある。おそらく企画か営業系で、外に出ることも多く仕事で人と会うことに疲弊している様子は過去にもあった。
     今日もなんとなく、疲労やストレスを抑え込んでいる気がする。だから、ケーキにも目を留めたのではないか。
    「ぼ、僕じゃ話聞くくらいしかできないけど、その、気分転換くらいにはなるかもっていうか」
     自分は轟に話を聞いてもらったことで救われた。だから———
    「大丈夫だ」
     しかし短く告げられた拒絶ともとれるそれに、緊張から良く回っていた口がぴたりと閉じる。
     一瞬、ひどくがっかりしてしまったことに恥ずかしさを感じた。
     彼に悩んでいる何かがあったとして、自分に打ち明けてくれる可能性があると少しでも考えていたことが恥ずかしかった。
     厚かましい。おこがましい。自分は彼の、何のつもりだったのだろう。
     曖昧な頷きを返そうとして、けれど自己嫌悪から顔を上げるタイミングがわからない。
     いたたまれなくてテーブルの木目を数え始めたところで、静かに落とされた低い呟きを耳が拾った。
    「……もうなってる」
     緑谷がゆっくり顔を上げると、轟は窓の外を見ているようで視線は合わなかったが、聞き間違いではないはずだ。ほっとして、緑谷は口元を緩めた。
    「やっぱりケーキには不思議な力があるよね」
    「……あ?」
     彼に似合わないカラフルな見た目を選んだのも、きっと気分を変えようと思ってのことだろう、と緑谷は合点がいった思いだった。
    「気分を変えたい時に、つい目についちゃうし」
     ここに入ってよかった、と笑みを向けると、まだ疲労を滲ませた顔で轟は息を吐いた。
    「ああ、もういい、それで」
     轟がまた緑谷の方のカップを取り上げる。あ、と思ううちに、先ほどより大きく傾けて中身を飲まれたらしい。断りなく減らされた事には特に何とも思わないが、甘いと言っていたのに実は気に入ったのかな、と意外に思う。
     ふと、何となく今日の轟からいつもと違うイメージを受け取っていたのは白いセーターを着ているからだと思い至った。黒いコートが強い存在感を放っているが、室内では当然脱ぐだろう。彼が白を身につけているのは珍しかった。かっこいいなぁ、と心中で呟く。同い年というのが信じられないくらいで、羨ましささえ感じなかった。この後もし夕飯を食べにどこかに入るとしたら、そこではコートを脱いだ姿が見られるかな、とそんな事を考えた自分に驚く。なんだか恥ずかしくなって、誤魔化すように窓向こうへ視線を向けた。
    「……なんか、人多い……?」
    まだ水曜日なのに、とガラス向こうの駅から吐き出される人の波を見て呟けば、外回りの多い轟が頷いた。
    「今週から始まったからだろ。イルミネーション」
    「あ! もうそんな時期なんだ……」
    ここ数年、深夜まで事務所にこもる毎日だった緑谷にとって、年末年始のイルミネーションはとんと縁のない物だった。ライトアップの時間帯はまるで外に出た記憶がないし、気がつけば世間を賑わせるイベントは悉く過ぎ去っていた。仕事の忙しさで言えば、轟も同じようなものではないかと思う。
    「そういうの、ちゃんと見たことないや」
    「駅前一帯から、隣駅のホールあたりまで続いてる。この辺りの大手企業はどこも参加してて、それぞれ競うようにでかいツリーがあるぞ。いい集客になって毎年盛況らしい」
    「ほあ〜……」
     外から中が覗けるガラスの洒落た壁は、ビルの中で輝くツリーに惹かれて人々を引き込むのに一役買っているらしい。
     この辺りが一体になって毎年イルミネーションを盛り上げていると聞いた緑谷は、ふととある中庭の光景を思い出した。
    「この先のオフィス街にさ、美術館があるじゃない? あの、英国様式の煉瓦造の」
    「ああ、あるな」
    「知ってる!?」
     ここで緑谷が指したのは、その美術館の存在だけではなく、そこを誰が設計したのかだ。心得たように、轟は一つ頷いた。緑谷はぱぁっと顔を輝かせる。
     轟の仕事を正確に知らないまでも、何となく近しいものを感じてはいる。初めから緑谷の仕事についても凡そのイメージはついていたようだし、何より師匠たる建築家の名前を知っていた。いくらその道の巨匠といえど、興味がなければ一生知りようもない分野の名前に反応があったことに緑谷はいたく喜んで、打ち解けるのは思いの外早かった。
    「日本における西洋建築の父とも言われた偉大な建築家をリスペクトして、若い頃の師匠が手掛けた建物なんだけど」
     大手企業が所有する小規模な美術館で、この度のイルミネーションにも参加している。轟も当然企業名は知っていたし、特段訪れたことはないがその目立つ外観はすぐに思い起こす事ができた。
     設計の土台イメージは先人の知恵を借りながら、そこに緑谷の師匠ならではの大胆なアレンジが加わった建築は、都会のオフィス街に突然現れて人々を美術鑑賞という非日常体験へいざなう。ただ物珍しい赤煉瓦の西洋風というだけではなく、そこに訪れる人や街、空間、ビジネスを巻き込む彼らしいダイナミズム。そして何より、大都会にあって憩いの場として設えられた緑と噴水のある小さな中庭が、緑谷のお気に入りだった。
    「昼夜問わず、疲れた都会人の憩いの場になるように、って……」
     緑谷は昼にしか訪れたことはないが、ライトアップと聞いて少しの興味が湧いた。
    「僕が事務所に入ってから、あそこの老朽化に伴う一部修繕と、バリアフリー化のリフォームを請け負ったんだけど」
    「へぇ」
     そういえば一部が幌を被っていた時期があったかもな、と轟も思い出す。そう昔のことではないんだな、という月日の流れに対する驚きと、日常何気なく目にしていた光景に関わっていた人物とこうして面と向かって話している奇妙な縁に感慨深さを感じた。
     緑谷にとっては設計から工事の現場見学に至るまで、忘れられない仕事の一つだったらしい。
    「特に表には出てないっていうか、まだまだ何も出来ない新人だった僕に師匠の厚意でこっそり、って感じなんだけど」
     うろうろと視線を彷徨わせて、少しだけ言い淀む。
    「実はね、あそこの……ミュージアムショップ側の出入口アプローチと外灯」
     あまり大っぴらに言いたくない事なのか、次第に声が窄まっていくので轟は少し身を乗り出した。察した緑谷もテーブル越しに少し身を寄せてきて、何となく内緒話の態になる。ほんのり頬を染めて落とされた囁き。
    「デザインしたの、僕なんだ」
     ごくん、と残りのケーキを飲み込んだ轟は、急くように包み紙を丸めた。
     カタンとドリンクカップの底がテーブルを叩く。
    「行くぞ」
    「へっ? ど、どこに?」
    「根津八号美術館」
    「いいいいいいよそんな! そもそも、もう閉まって」
    「入口と外灯なら美術館閉まってても見られるだろ、問題ねぇ」
     早くも立ち上がった轟のコートの袖を緑谷は慌てて引いた。
    「ほ、ほんとに、そんな、別にわざわざ見に行くほどのものじゃ」
    「……そうだな。暗いと細かい所はよく見えねぇし、やっぱり別日に出直すか」
    「いいいいやわかったよ暗いうちに行こう!」
     残り少しだったケーキを急いで胃に収め、カップを手に緑谷も立ち上がる。轟は満足そうに顎で外を示した。

     成人してから初めて見るのではないかという規模のイルミネーション。昼間はなんてことのないオフィス街が、たちまち老若男女の溢れる観光地のようだ。
     目的の美術館前に差し掛かるあたりでは一旦人の流れが引いたものの、ビルとビルの間を抜けて小さな中庭へ出ると、またそこは数々の電飾に彩られてテーマパークのようになっていた。
     記憶とはがらりと違うその光景に、緑谷は瞬きする。思わず声が漏れそうになったほどだ。
     そこかしこで談笑し合うたくさんの人たち。けれど目に着くほとんどがどう見ても恋人同士だ。なんだか場違いなところに来てしまったのでは、と申し訳なくなって緑谷は隣の美丈夫から視線を外した。自分と連れだと思われるのも申し訳ない。先程から黙って辺りを見回している轟も少し居たたまれなくなってはいないだろうか。
    「……すげぇな」
     びく、と思わず反応してしまったが、周囲の客層について言ったのではないらしい。
    「本当に夜でも憩いの場所になってる」
     その言葉に、緑谷は視線を戻した。
    「設計した通りなんだろ」
    「……うん……」
     改めて、電飾に照らされた周囲を見渡した。
     オフィルビルに囲まれた立地であるので、美術館を訪れる人以外も中庭を通り抜けられるように設計がしてある。人の導線、陽当りの角度、風の通り道。全てを計算したうえで、そこに設置された噴水やベンチが昼夜憩いの場となるように。疲れた社会人が昼食に緑を愛でながら一息つき、あるいはベビーカーを押しながら噴水の傍らで涼み、あるいは見たばかりの芸術品についてベンチで友と語らう。
     今はきらびやかなイルミネーションを目当てに集まった人々が、寒さをものともせず大切な誰かと寄り添い合っている。
    「動線、カフェにも向かうようにしてんのか」
    「あ……そ、そう」
     緑谷が設計した出入口のアプローチには、バリアフリー化のリフォームでベビーカーや車椅子用のスロープが階段横に設けられていた。規定通りのなだらかな傾斜と幅を確保しながら、野暮ったい印象にならないよう手摺や装飾用のレンガで優美な曲線を描いている。ミュージアムショップを出ると、足元のタイルにはそのまま正面のカフェに足を向けたくなるような小道の演出がされていた。当然、カフェの入口も同時期にバリアフリー化されている。
     御伽の絵本の影絵のように伸びた黒い外灯は、ランタンよろしく電球を囲んで、今にも飛び跳ねそうな遊び心ある曲線を纏っていた。
     例えば、小さい子を連れて美術館へ入るのを敬遠している人も、ミュージアムショップやカフェで雰囲気を楽しめるように。
     例えば、入口の非日常感に惹かれて中庭を覗いた人が、芸術へ関心を持つ一歩となるように。
    「だからお前に任せたんだろうな」
     黙って緑谷の説明を聞いていた轟が、何でもないことのように言った。
     じんわり、蝋燭に火が灯ったように、歓喜と懐旧が混じり合ったような感情が胃のあたりから湧き起こる。
     確かにあった自分の道筋、その誇り、そしてそれを誰かに認めてもらうこと。気がつけばそんな単純なことさえ置いてきてしまっていたんだ、と唇を噛んで目を閉じた。
     師匠がいてくれたからだけじゃない。
     そこに訪れてくれる人の喜ぶ顔を想像しながら仕事をするのは、楽しかった。
    「……轟くんは」
     言いかけて、逡巡して俯く。
     本来誰かが受け取るべき彼のやさしさを、誰かに代わって自分が運良く受け取ってしまっているような気がして。
     ただ彼に見つけてもらっただけの何の取り柄もない自分は、ここにいるべきではない、早く退かなければ、との焦りと罪悪感があった。
     緑谷に使ってくれる時間や言葉を、受け取るべき人がいるのではないか。
    「こ、恋人とか、…………あ、その」
     言った途端、振り返った轟が眉間に皺を寄せたのが見えて、慌てて謝った。きっとプライベートに必要以上に踏み込まれるのは好きではないと分かっていたのに、それでも尋ねずにいられなかった自分の弱さを恥じる。
     けれど返ってきたのは、まるで迷子のような声音だった。
    「謝んな」
     そっと伺うと、先程の緑谷のようにうろうろと視線を彷徨わせて言葉を探しているように見える。
    「……恋人とかいねぇ。一人暮らしはしてるけど、物はほとんど移動させてないからタイミングを見計らって実家にもよく出入りしてる」
     いないのか、という驚きと、突然の返答にぽかんとして反応が遅れる。
     轟は緑谷を見ながら少しだけ首を傾けた。次はお前の番だと促されている気がして、慌てて口を開いた。
    「ぼ、僕も、恋人は……いない。ていうか、いたことない。一人暮らしで……でも、お母さんも普段一人だから、よく帰ってる」
     似てるね、と付け足せば、またぶっきらぼうにもとれる頷きが一つ返ってくる。いらないことも言ってしまった恥ずかしさは笑って誤魔化すことにした。
    「俺も、そういう踏み込み方がわかんねぇ、から」
     電飾に照らされる整った顔付きを見上げていると、視線が向けられて目があった。周囲のライトが目の中で度々反射しているのが、綺麗だなぁと思う。
    「俺は、言いたくねぇことははっきりそう言う。だから、何訊いてくれたっていい」
    「……うん」
     緑谷が頷くと、轟はどこかほっとしたように肩を下げた。
     はっきり言ってくれるのは、対等に見てくれているからだ。嘘をつかない人だから。とてもやさしい、人だから。
     断られることも、こわくない。
     だから緑谷は、初めて自分から尋ねた。
    「次は、いつ会える?」
     ばっと振り返った轟が、僅かに目を見開いている。
     数拍の後、いつもスケジュール帳を開いてあたふたする緑谷とは違い、彼は淀みなく答えた。
    「明々後日」
     頭の中でその返答を鸚鵡返しして、緑谷は首を傾げる。
     ———しあさって?
     今日が水曜日なので、土曜日にあたる。仕事が終わった平日の夜以外、二人で会ったことはない。休日だからといって特段予定はないが、何かあるのだろうか。
     すると緑谷の頭の中を読んだように、轟が僅かに口の端を上げた。
    「次は明るい時間帯に来るぞ」
    「だっ……だからいい、ってば……!」
     思わず噎せかけて、手に持ったままだったドリンクの残りを呷る。するとジンジャーの味がして驚き、また噎せそうになった。いつの間にかあべこべに手にしていたのだとようやく気付く。
     ———と、いうことは。轟の手元、顔と視線を上げて、口元が耐えきれず震えた。
    「っふふ」
    「なんだよ」
     緑谷は笑いをこらえながら、数メートル先、外灯の下に見えるゴミ箱を指差した。
    「あそこのゴミ箱にうまく入ったら、いいよ」
     怪訝そうな顔をしながらも、轟は手に持っていたカップの残りを一気に呷った。そして緑谷と同じように噎せかける。図ったな、というような目線を寄越しながらも、ゴミ箱目掛けて空のカップを放った。
     果たして全て予想通りにきれいなシュートまで決まったものだから、緑谷は声を上げて笑った。



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