お題「秘密」 「龍星君、」戸惑ったように、それでいて切なげに名前を呼んでくる男。驚くほどに真っ直ぐで、からかい甲斐のある松野千冬の友人。そして、オレの恋人――花垣武道だった。
「よっ、武道。オハヨウ♡」
「お、おはよ…」
たどたどしい口調で挨拶を返した武道はぎゅうと鞄の取手を握る。それから、目を細めて視線をさ迷わせたあとで覚悟を決めたように口を開く。
「さっ、さっきの女の子、って…」
次第に小さくなる声音。その大きな眼には薄っすらと水の膜が張り、今にもぽろぽろ泣きそうだ。
「ん〜、道を訊かれてただけだって。あァ、もしかして妬いたぁ?」
「う、うん、妬いた。龍星君はモテるし、ホントはおんなの子と付き合いんじゃないのかなって…。だからオレらの関係を他の人には言わないのかなって思って…」
「あっはっはっはっ、ホントかわいい奴だなぁオマエ」
良くも悪くも素直。千冬にも似た真っ直ぐさ。
棄てられないように、飽きられないように、青春の一コマになんてさせてやらないと思って必死に足掻くこちらの事情などきっと知りもしない。
「ったく、そんな心配なんていらねェよ。武道が思ってるより、ずっとオマエのことが好きだわ」
「い、イケメンだ…」
「なになにもぉ、オレはずっとイケメンだよ」
まいったなぁ。この関係を秘密にしているのだって、ケースケ君や千冬が無意識に温めている恋心に気付かせないためってだけだ。――でも、
「なァ、みんなに知らせちゃおーヨ?」
それで不安にさせるくらいなら、あのふたりとだって戦う覚悟などいくらでも決めてやる。
「う、ううん。いい、んだ」
「武道」
「まだ、ふたりの秘密にしたい」
その間は、代わりにいっぱいキスしよう。好きなコにそう言われてしまえばオレだって男。きゅんと胸に来るものはある。
「まァ、そんときが来たらまずは壱番隊からだよなぁ。千冬、スゲェ怒りそうだけど♡」
オレが照れくさい気持ちを誤魔化すようにおどけて告げると武道はぎゅうと手を握って、ひとつうなずく。「そう、かも」
「はは、また妬いた?」
「や、妬いてない!」
意外とヤキモチ焼きな恋人についふくふくと笑む。武道もそれにつられるようにへらりと笑った。
「それじゃあ、まずデートの前に…」
ちゅ、と押し付けるように唇を合わせる。
「世界で一番、幸せな時間をチョーダイ?」
コツンと合わさった額。汗ばんだ手のひら。蒸気した頬は赤く染まり、何もかもが年相応の青い春らしい姿。
「こういうのは、オレしか知らないままでいて」
「うん」
この姿だけは、きっと武道以外には見せてやらない。