砂糖を吐きそうなほど甘い「おっ、フェイス~お前もこっち来いよ~」
シャワールームから戻ればフェイスに気づいたキースに呼び止められた。間延びしたキースの声に、テーブルの上に転がった数本の空き瓶。リビングのソファに寝転ぶ酔いどれキースがフェイスを呼ぶ理由は一つしかない。
「俺は明日、オフじゃないんだけど」
それを察したフェイスの返答は、もちろん拒否だ。フェイス自身、酒に慣れていないうえに呑むような理由が見つからず、数回に一回、誘いに乗ればいい方である。
「まだ何も言ってらい、だろ~」
キースの呂律が回っていない舌にとろけた瞳。十分な酔っ払いだ。昔と違い外まで迎えに行くこともないからマシになった方なのだろう。空に近いグラスをあおり、キースが片手を気だるそうにあげフェイスを手招く。
「そうじゃなくてよぉ、ちょっと、お前、オレを部屋に連れてけ~」
フェイスが二十歳を越えたとキースが気づいてからは、一緒に呑もうと言われるばかりであった。今日も誘われるのだと思えばフェイスの予想と違い少し驚く。それでも、部屋まで運べとは、このメンターは手間がかかる。
「え~めんどいなぁ。それに俺に貸しを作って、返せるの?」
「返す~すぐに返すよ~だからオレを部屋に連れてけ~」
駄々を捏ねるキースにため息を溢し、キースの腕を掴んだ。このまま部屋に連れていけば酒盛りも終わりだろう、でないと空ビンだけが増えジュニアの怒声の声量は限界を知らずに増すばかりだ。
「はいはい、わかったから、ほら自分でも歩いて」
さんきゅ~と覚束ない足でフェイスにもたれ数歩先のキースの部屋へと向かう。このままベッドに落とすかとフェイスが考えれば、そっちじゃねぇこっち、とキースが反対側のバーカウンターを指差し歩く。
「まだ呑むの?」
「ちげえよ、お前に返す、んだ」
フェイスの体から離れたキースはふらふらとバーカウンターへ向かっていく。
何をするのか。このまま部屋に戻っても問題はないだろう。酔っぱらって床で一晩を明かしてもキースがフェイスを咎めることはない。寧ろ、部屋の中ならば帰宅したディノが気付きキースを運ぶはずだ。
それでも、覚束ない手つきでカウンターのボトルを吟味し、これか?ん?違うな?こっちか?等と漏らすキースを放っておけなかった。目当てのボトルが見つかったのか、カクテルグラスに焦げ茶色の液体が注がれていく。
この逆三角形のカクテルグラスは今までキースの部屋で見かけたことがない。
「ちょこまかと注がなきゃならんから、めんどいんだよ」
昔に手のひらよりも大きいオールドファッショングラスを片手にキースはそう言った。そんな記憶も、広がる甘みのあるカカオの香りで目の前のキースへと戻る。興味が湧いたフェイスはバーカウンター横の黒いソファへと腰掛けキースの一挙一動を見守った。この部屋の特等席へと座ってもキースからは文句も何もない。今夜はフェイスが客人のようだ。
鼻唄混じりのキースがマドラーで軽く混ぜれば、フェイスの目の前に差し出されるカクテルグラス。
「ほら、すぐに返しただろ?」
カクテルグラスから香るショコラの匂い。横目でバーカウンターを見れば市販の生クリームが置かれていた。フェイスがショコラを好むため、チョコレートリキュールと生クリームで作られたカクテル。
「アハ、これ俺のため?」
「そうそう!お前、好きだろ?」
酔っぱらって上機嫌なキースの緩む口元に、期待に満ちた瞳、まるで褒美をねだる大型犬のようだ。そんなキースの期待に応えるようにカクテルグラスを傾ける。
まったりとしたくちどけに、チョコレートの奥深くから味わう微かなアルコールはフェイスにとって、とても呑みやすいものであった。
「へぇ、美味しいね」
「そうだろう、うまいだろ~」
フェイスが褒めれば酔ったキースは口元を緩ませ喜ぶ。日頃の気怠げな表情はどこへ行ったのか。
「じゃぁオレもこのまま、」
酒盛りを続けようと空いたボトルに手を伸ばそうとするキースの腕を掴んだ。そのまま残りのカクテルグラスの中身を煽り、キースの唇を塞ぐ。
酔っ払ったキースはただフェイスの口づけをチョコレートカクテルと共に味わうしかない。舌の上を滑るまったりとしたチョコレートカクテルとフェイスの舌。何でも器用にこなすフェイスの口づけは、とろけるショコラのようにキースを一方的に蕩けさす。
酔いと気持ちよさと甘さに翻弄され、キースの腕がフェイスの首へ廻された頃に離れる唇。
「あまっ…」
「キースにもお裾分け。お礼だよ」
離れる二人の体に名残惜しいとキースの隻眼が語る。
「んだよ、こっちのお誘いじゃないのか」
アルコールとは別の熱が籠ったキースの吐息がフェイスの身元で零れた。火照った体にアルコールの酔いとチョコレートの甘さ。再び近づく唇から二人とも溶けてしまうのだろう。