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    ルシファーとメリーベルがひまわり畑に行く話。

    向日葵の肖像午後の光が斜めに差し込む羊小屋の中で、メリーベルは羊たちの毛を梳いていた。白い毛糸が指の間を滑るように通り抜けていく。規則正しいリズムが、小屋の中に静かな時間を作り出していた。

    「メリーちゃん」

    ルシファーが小屋の入り口に立っていた。灰色のマントが風に揺れて、まるで影のように見える。彼はいつも音もなく現れるのだった。

    「ルーシー」

    メリーベルは手を止めて振り返った。

    「どうしたの?」

    「あの……よければ、ボクと一緒にお出かけしない?」

    彼の声は相変わらず小さくて、羊たちの小さな鳴き声に混じって消えそうになる。

    「きれいな場所を見つけたんだ」

    メリーベルは羊の毛糸を籠に入れると、杖を手に取った。三日月の鈴が、小さく澄んだ音を立てる。

    「どこに行くの?」

    「ひまわり畑」

    ルシファーは頬を僅かに染めて答えた。

    「メリーちゃんが喜んでくれるかなって……へへ」







    小さな丘を越えると、世界が黄金色に変わった。

    地平線まで続くひまわり畑が、午後の太陽を受けて輝いている。それぞれの花が太陽の方を向いて、まるで巨大な黄色い絨毯のように広がっていた。風が吹くたびに、無数の花たちがゆっくりと波のように揺れる。

    「わあ……」

    メリーベルは思わず声を漏らした。

    「すごいじゃない!こんなところがあったなんて」

    ルシファーは彼女の驚いた表情を見て、ほっと安堵の息をついた。メリーベルが喜んでくれて良かった。
    彼女の笑顔が、ひまわりたちよりも眩しく見える。

    「一面のひまわりなんて初めて見た」

    メリーベルは畑の縁に立って、黄色い海を眺めていた。

    「まるで別の世界みたい」

    二人は畑の小道を歩き始めた。左右に立ち並ぶひまわりたちは、二人よりもずっと背が高く、まるで黄色い巨人たちに見守られているようだった。小道は畑の奥へ奥へと続いている。

    静寂が二人を包んでいた。風がひまわりの葉を擦る音と、遠くで鳴く虫の声だけが聞こえる。ルシファーは時折、メリーベルの横顔を盗み見ては、幸せそうな気持ちになった。






    「あ、見て」メリーベルが立ち止まった。「あそこに小さなひまわりがある」

    彼女が指差した先には、他のひまわりたちに囲まれて、膝丈ほどの小さなひまわりが一輪だけ咲いていた。周りの巨大な花々に比べると、まるで迷子の子供のように見える。

    「可愛い」メリーベルは小道を外れて、その小さなひまわりに近づいていく。

    ルシファーは彼女の後を追おうとしたが、なぜか足が止まった。畑の奥は薄暗くて、ひまわりたちの影が複雑に重なり合っている。まるで迷路のように見えた。

    メリーベルの赤い髪が、ひまわりたちの間に消えていく。

    「メリーちゃん?」

    返事がない。ルシファーは慌てて彼女の後を追った。しかし、一歩畑の中に入ると、方向感覚が狂った。どこから来たのか、どちらが出口なのか、分からなくなってしまう。

    巨大なひまわりたちが、まるで見下ろすように彼を取り囲んでいた。黄色い花弁が風に揺れるたびに、まるで手招きをしているように見える。そして、メリーベルの姿はどこにもなかった。



    静寂が重くのしかかってきた。

    「メリーちゃん……?」

    ルシファーは震え声で呼んだ。

    風が止んだ。ひまわりたちも動きを止めて、まるで息を潜めているようだった。この完全な静寂の中で、ルシファーの心臓の音だけが異常に大きく響く。

    メリーベルはどこに行ってしまったのだろう。彼女の声も、杖の鈴の音も聞こえない。まるでひまわり畑が彼女を飲み込んでしまったかのように、完全に姿を消してしまった。

    恐怖が胸の奥で膨らんでいく。もしかしたら、このひまわり畑には何か不思議な力があるのかもしれない。人を迷い込ませて、永遠に出られなくしてしまう力が。メリーベルも、その犠牲になってしまったのではないか。

    「だめだ……だめだ……」

    ルシファーの呼吸が荒くなった。メリーベルを失うなんて、考えただけでも耐えられない。彼女がいない世界なんて、意味がない。

    体の奥で何かが軋み始めた。いつもの、あの感覚だった。恐怖と絶望が混じり合って、理性の檻を壊そうとしている。

    「メリーちゃん……メリーちゃん!」

    ルシファーの声が裏返った。その瞬間、彼の瞳孔が真っ黒に広がり、指先に硬い爪が生えてきた。




    鋭い爪が、最初のひまわりの茎を切り裂いた。

    黄金の頭が地面に落ちて、花弁が風に舞い散る。ルシファーは次から次へとひまわりを薙ぎ倒していく。メリーベルを隠している黄色い壁を、すべて破壊してしまおうと。

    切り倒されたひまわりたちが、まるで彼の足元に跪くように倒れていく。静寂が破られて、茎の折れる音と花弁の散る音だけが響いた。

    「メリーちゃん……どこ……」

    彼の声は、もう人間のものではなかった。低く、野性的な響きを帯びている。それでも、その声には深い愛情と絶望が込められていた。

    さらに多くのひまわりが倒された。黄金の絨毯に、緑の茎と散らばった花弁の痕跡が刻まれていく。美しかった畑は、まるで嵐が通り過ぎたような姿になった。

    「ルーシー?」

    静かな声が響いた。

    ルシファーは振り返った。そこには、メリーベルが呆然と立っていた。彼女の足元には、ルシファーが切り倒したひまわりたちが、まるで彼女を守るように円を描いて倒れている。

    「ごめん……ごめんなさい……」

    人間の姿に戻ったルシファーは震え声で謝った。灰色の髪が汗で額に張り付いて、黄色い瞳には涙が浮かんでいる。

    メリーベルは静かにルシファーに近づいた。倒れたひまわりたちを踏まないように、足音を立てずに歩く。

    「ルーシー」

    彼女は彼の前に立って、優しく微笑んだ。

    「わたしはここにいるよ」

    ルシファーは彼女を見上げた。メリーベルは無事だった。それだけで、胸の奥の嵐が静まっていく。

    「きれいなひまわり畑を……台無しにして…っ」

    「大丈夫」


    メリーベルは倒れたひまわりの一つを拾い上げた。


    「花は、また咲くから」

    二人の周りで、まだ立っているひまわりたちが静かに風に揺れていた。まるで、すべてを許しているかのように。












    わたしは小さなひまわりを見つけたとき、心が躍った。他の巨大な花々に囲まれて、ひっそりと咲いているその姿が、なんだか愛おしくて仕方なかった。

    「待ってて」わたしは振り返ってルシファーに声をかけようとしたが、彼はずいぶん離れたところにいた。心配そうな顔をして、こちらを見つめている。

    小さなひまわりに近づくと、その花びらに小さな朝露が付いているのに気づいた。午後の斜めの陽光がその露に当たって、まるで小さなプリズムのように虹色に光っている。わたしは膝をついて、その美しい光の粒を見つめた。

    「きれい……」

    息を殺して見つめていると、花びらの一枚一枚が虹の欠片を宿しているように見えた。緑の葉っぱに付いた露玉も同じように光って、まるで宝石のようだった。

    背の高いひまわりたちに囲まれたこの小さな空間は、外の世界とは違って見えた。空がずっと狭く感じられて、まるで黄色い壁に囲まれた小さな部屋にいるようだった。上を見上げると、巨大な花の顔がいくつも見下ろしていて、まるで自分が小人になったような錯覚に陥る。

    そして、不思議なことに音の響き方も違っていた。わたしの声は普段よりもこもって聞こえるし、風の音も遠くから聞こえる。ルシファーが呼んでいる声も、まるで別の世界から届く声のように感じられた。

    時間の感覚も曖昧になっていく。陽光の粒を見つめていると、まるで時間が止まったような静寂に包まれた。鳥の声も虫の音も消えて、ただ自分の呼吸音だけが聞こえる。

    小さなひまわりが、わたしだけにこの特別な瞬間を見せてくれているような気がした。


    やがて風が吹いて、露玉が葉から滑り落ちた。虹色の光が消えて、現実の色彩が戻ってくる。わたしは立ち上がって、ルシファーのもとに戻ろうとした。

    しかし、振り返ったとき、わたしは息を呑んだ。

    ルシファーが倒れたひまわりたちに囲まれて立っていた。彼の周りには、切り倒された黄金の花々が無数に散らばっている。まるで嵐が通り過ぎた後のような光景だった。

    「ルーシー?」

    彼は振り返った。その顔には、深い後悔と恐怖が刻まれている。灰色の髪が乱れて、黄色い瞳には涙が浮かんでいた。

    わたしは理解した。ルシファーがわたしを探して、必死になっていたことを。そして、その恐怖が彼の力を暴走させてしまったことを。

    倒れたひまわりたちは、確かに美しい光景を破壊していた。でも、わたしにはそれが破壊ではなく、ルシファーの愛の証のように見えた。彼がわたしのことをどれほど大切に思っているか、その深さがひまわりたちの散乱した姿に表れている。

    「ルーシー」わたしは彼に近づいて、優しく微笑んだ。「わたしはここにいるよ」

    彼は震えながらわたしを見上げた。謝罪の言葉を口にしているが、わたしには彼を責める気持ちは全くなかった。

    「きれいなひまわり畑を……台無しにして…っ」

    「大丈夫」わたしは倒れたひまわりの一つを拾い上げた。その花はまだ鮮やかな黄色を保っている。「花は、また咲くから」

    わたしはルシファーの手を取った。彼の手は冷たくて、わずかに震えている。

    「それに」わたしは彼の目を見つめて言った。「わたしを守ろうとしてくれたんでしょ?ありがとう、ルーシー」

    ルシファーの瞳に、安堵の光が戻ってきた。わたしたちは静かに手を繋いで、倒れたひまわりたちの間を歩いた。

    風が吹いて、散らばった花びらが舞い上がる。黄金の雪のように、わたしたちの周りを優しく包んでいく。この光景も、きっと美しいものだ。

    ルシファーの愛が作り出した、特別な美しさなのだから。






    帰り道、メリーベルは振り返って畑を見つめた。

    夕日を浴びたひまわりたちは、まだ立っているものも倒れているものも、みな同じように金色に輝いていた。切り倒された花々は地面に横たわりながらも、その黄色い顔を太陽に向けている。

    「ルーシー」

    メリーベルは静かに言った。

    「まるで絵画みたい」

    ルシファーは彼女の横に立って、同じ光景を見つめた。破壊されたはずのひまわり畑が、今は一枚の美しい絵のように見える。立っているひまわりと倒れたひまわりが織りなす模様は、まるで誰かが意図して描いたかのような調和を生み出していた。

    「ボクが……台無しにしてしまったのに」

    「違う」メリーベルは首を振った。「あなたの心が描いた絵よ。愛と恐怖と、それから……」

    彼女は言葉を探すように空を見上げた。

    「それから、わたしを守ろうとする気持ちが、全部この風景に込められてる」

    二人は黙って、その光景を記憶に刻んだ。

    これは向日葵たちの肖像だった。そして同時に、ルシファーの心の肖像でもあった。混乱と愛情と後悔が、黄金色に染まった一枚の絵として、静かに夕日の中に佇んでいる。
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