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    *実在する場所や人物、キャラクターとは一切関係ありません。

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    RGZのツアーライブが観たい、こんな演出が観たいというメモ。
    *以前ツイッターに載せたものの加筆修正
    2022.11

    Victory belongs to the most persevering. ライブに行き慣れた人間ならば諳んじることも容易いだろう、注意事項を並べたアナウンスがドームの天井に散り消えた。同時に埋め尽くされた客席のざわつきが予感によって静まり、その自らが作った静けさに、握られたペンライトや団扇、はたまた手のひらの汗かも知れないそれらの皮膚の下で脈打つ心臓の音が急き堰く。
     カウントダウンはなく、始まりは滑らかなものだった。暗くなった会場の前面、巨大なプロジェクターが白い光を放ち、弦楽器だろう細く美しく後悔を歌う旋律に合わせて映る影が蠢く。ひりついた観客の視線を受けてすらりとした形を浮かび上がらせ、その背後、紫から緑、赤と白が交差し、色は揺蕩い、そして観客席とステージ、全てを黒い覆った。
     瞬きの内の静寂。秒数にすれば僅かなひとときだと言うのに、どうしてか、その数秒は特別長く感じられた。期待、覚悟、恐怖、固唾を呑む音が聞こえそうな無音。膜を破ったのは、落雷だった。黒を輝かせる如く左右正面から紫のライトが観客の頭上の空間を切り裂き——
    「 ——!」
     中央に集った影。三階だとて双眼鏡もカメラの機能も、観客には必要がなかった。
     三対の眼差しが煌々と輝いている。ただそこに居るだけだと言うのに、目が惹き付けられ震える。観客一人一人持つ感情は異なれど、方向性が示されれば熱となる。そして埋め尽くす数万人の熱は、口火を切った若々しくも挑発する歌声に促され、抑えきれない歓声として発露した。震え揺れる会場。熱が手を伸ばし求める先は一つだ。切望。増え閃くストリングスを従える煌めきが、観客の予感を超えるものになるという確信に塗り替えた。
      
     カメラと戯れ介して画面の向こうと交流し、会場を笑わせ、軽快なリズムに乗る。足を振り上げ腰を落とす、ふわりと靡いたジャケットの裾の鮮やかな軌跡が視線を奪う。
     映画の主題歌としてグループの名前を世に広めた英詞のロックナンバー、初期に発表され現在も根強い支持を得ているハウスミュージック調の応援ソング、鋭く強い印象を塗り替えその色の深みと豊かさにファンをも驚かせたスローテンポで退廃的なバラード。ダンス、歌唱、舞台演出、全てを賭けて詰め込み観ている者を圧倒させる怒涛としか言えぬパフォーマンス。高性能のマイクが微かに拾った荒い三人の呼吸がドーム内の空気に解けたその後、照明が絞られ暗くなった舞台から人がはけて行く。
     よしこの間にと一息吐こうとした観客席の、その雰囲気をアリーナのさざめきが止めた。いち早く気が付いたのは、階下の様子を疑問に思いながら見おろしていた階上の観客だった。点いたライトに照らされた三点を見てどよめいた。
     革張りの玉座が三つ。腰を下ろしているのは黒、白、灰褐色に身を包んだ三人だった。一目で分かる仕立ての良いスーツに、ウィングチップ、チャッカブーツ、プレーントゥーン、各々の性格から選ばれたかのような艶やかな靴。片方の肘掛けに脚を、もう片方に背を預け閉じた目蓋に表情を隠し口許だけ笑む人に、腕と足を組み静かに場を睥睨する人、肩幅に開いた膝に肘を置いて両手を組みその隙から眇めても溢れ輝く色をライトに輝かせる人、座り方も纏う色もそれぞれだというのに、同一の惹き付ける力の強さがあった。姿に見入っている内に移動し役目を果たした椅子からゆっくりと立ち上がる様は映画のワンシーンであったし、それこそフェイクのようなリアルだった。

     *
     
     安吾は頭上から舞台が降りて来るのを音と動いた空気で確認した。比喩ではなく、センターステージの左右に道が作られるが如く、分厚い天井が床になって行く。
     涼しい目元の直ぐ横を伝う汗を傍らに控えるスタッフに拭って貰い、OKのサインを出す。
     同じ呼吸はない、同じ鼓動はない。ステージに上がる人、ステージに魅入る人、それを支える人、すべての人間は等しく今を消費している。同じ時間はもう来ない。だからこそ、と軽やかで確かな足取りで眼前に拓けた段差を踏み締め、作られたばかりのセットの頂点へ、安吾は駆け上がる。衣装のスパンコールが閃いて極彩で尾を描き光が乱れ飛ぶ。
     まだ見ぬ世界を、まだ至らぬ光の先へ、高みへ、艶めく色がドームを染めた。

     *

     肺が息をするのをこばむ。一曲分、冷やした喉がまた熱くなってひり付いている。それでも客席で確たる強い感情によって振られるライトを、そのさらに奥の表情を見て、千紘は苦を平伏せさせる。その面に浮かぶ笑みは千紘の内面を表すかのように煌めき、必死に押し出している筈の高温は吐息の端まで柔らかくて優しい。向こう側からの熱に浮かれて行く。
     そっちがその気なら、己に、誰にも負ける訳にはいかない。今この世界で一番熱を持つのはオレなのだから。全員、ついてこいよ、と音を揺らす喉の奥から上を示す指先の先まで全てに力を込めて千紘は笑う。
     刻み、刻まれて、センターステージの真ん中、真っ白な衣装を多色のライトに染めて明けない夜を歌う姿は、見た者の瞳に焼き付いた。
     
     *
      
     どの客席からも窺うことが叶わない奈落に反響する歌と振動。迫り出し装置の平らな箱の傍らで、十夜は上階から届く声を耳にして己の口角が上がっていることを自覚した。
     袖口を百合を模したカフスボタンで留める。あれからもうどれだけの月日が経っただろうか。仕立てられたばかりのこの衣装を身に付け、国内各所を飛び回り、ゲリラライブを決行したことが随分と昔に感じる。
     長めの作りになっている黒いグローブの中に手を滑らせ、指を動かす。ぴたりと肌に馴染んだ。
     一際大きな歓声が上がった。時間だ。舞台装置へと上がり、目線をスタッフへと投げる。間髪入れず待ってましたとばかりに力強くグットサインを返されて、目を細める。
     俺は際限のない、果ての見えない世界で生きることを選んだ。だからこそ、掴み取ったものを手放す気など毛頭ない。ステージも、視線も、競うことの出来る相手も。掴み取り続ける。誰にも邪魔をされない力を手に入れて、誰も見たことのない頂の景色を他の誰でもない俺の身で魅せる為に。
     そしてその場にはあの二人も居るような予感がするのだ。
     
     無造作に、恣意的に、広げた両の腕で幾多の熱を受け止めながら歩を進める。幾重にも重なる光線を受けて輝くステージ上で三つの影が並び立った。
    「——」
     ドーム全体が脈動する。
     始まりの音に湧き上がった歓声は、この夜収まることなく、高く高く響いて空にまで届いていたという。
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