降らずとも 木と木が触れ合う音を耳が拾った。微かな音であったが、一人粛々と情報の海に沈んでいた錦戸の意識を浮上させるには十分だった。
何時間振りか。ブルーライトを放ち続ける画面と文字で埋め尽くされた紙面から目を引き離し顔を上げた錦戸を待っていたのは、今しがた鳴った音に似た、柔らかく控えめな笑みを携えた青年であった。薫る深い青茶はきっと青年が手ずから淹れたものなのだろう、ふわりと漂う湯気が纏うのは芳ばしくよい香りだ。
「根を詰め過ぎると眼に文字が移ってしまうよ」
「……こんの?」
「そう、こんのだけに根」
口を中途半端に開いたまま未だ反応し切れていない当人を他所に、名前を呼ばれた紺野は、そういう錦戸の仕方のない所も含めて俺たちは好きだけれど、と緩く結わえられている艶やかな髪を揺らしながら、緩んだ口許を緩く握った指の影に隠して呟いた。
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